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10年間で1兆円の公金投資 JAXA宇宙戦略基金とは 内木 悟 宇宙航空研究開発機構

内木悟 JAXA

2024年3月、内閣府、総務省、文部科学省、経済産業省が連携し、JAXAに「宇宙戦略基金」を設置した。宇宙産業に10年間で約1兆円を投じる、国内で例のない大型プロジェクトだ。2月には第一期総額3千億円の投資先が発表された。JAXA内で基金運営を指揮する内木悟氏に話を聞く。聞き手=小林千華 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2025年8月号より)

内木 悟 宇宙航空研究開発機構のプロフィール

内木悟 JAXA
内木 悟 宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙戦略基金事業部長/新事業促進部長
ないき・さとる 東北大学法学部卒業後、1991年に宇宙開発事業団(現JAXA)に入団、種子島宇宙センターに配属。その後、国際宇宙ステーション条約協議への参加、理事長秘書、プロジェクトマネジメント推進、法務等の担当を経て人事部長、調達部長を歴任。2024年6月より新事業促進部長として宇宙産業の競争力強化や裾野の拡大、宇宙技術を使った新産業の創出等を担いつつ、同年7月より宇宙戦略基金事業部長を兼務。

豊富な知見をもとに宇宙産業を後押し

―― JAXAといえば、名前の通り「研究開発」のための機構という印象があります。宇宙産業とはどのように関わっているのでしょうか。

内木 宇宙航空研究開発機構という名の通り、研究開発を本業とする機構です。しかし2012年のJAXA法改正により、本来の業務に産業支援を加えることが決まり、それにより正面からビジネスに関与できるようになりました。これまでJAXAが確立してきた技術を産業と結び付け、国益につなげていく仕組みができたということです。

―― 具体的な取り組みを教えてください。

内木 特徴的なものを3つご説明します。まず1つ目が、15年頃から行っている宇宙ベンチャーの支援。現在JAXA発ベンチャーが15社立ち上がっています。

 2つ目が、18年からの「宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)」。民間企業から事業のアイデアを募り、事業化を目指す共創活動です。産業に対して金銭の投資ではなく技術でもって貢献するという、JAXAの独自性が表れている取り組みです。これまでに300件以上のご提案を頂き、そのうち50件がJ-SPARC活動となり、昨年度までに14件が事業化に至りました。

 3つ目が民間企業への出資です。これは法改正により22年度から実現しました。しかし多額の出資で企業をサポートするというよりも、JAXAがまず出資することで、民間からの資金がそこに投じられやすくなる状態をつくる、という意味合いが強いですね。実際に2つの企業に直接出資しているほか、ファンドを通じて行う間接出資もしています。

JAXAの役割は後方支援 民間ビジネス育てる狙い

―― 今年2月、JAXA宇宙戦略基金の第一期採択結果が発表されました。基金創設以降、どのような反響が寄せられてきましたか。

内木 世界的にも大反響と聞いています。日本が宇宙分野にこれだけの投資をするのかと、ある種の期待感を持った声も大きいようです。

 もちろん国内でも、基金創設が決まって以来、産官学それぞれからの期待を感じました。まず金額が10年で1兆円規模と非常に大きいことはもちろん、技術開発テーマについても、宇宙技術戦略(※)において重要とされるものを参照しながら慎重に選んでいるので、勝ち筋として有効だというお声も頂きました。

 JAXA内では、基金創設を受けて昨年7月に宇宙戦略基金事業部が立ち上がりました。当初40人ほどのメンバーでスタートしましたが、第一期採択、第二期公募開始を経て60人ほどに人員が増えています。

―― 本基金において、JAXAはどんな役割を担っているのですか。

内木 JAXAの役割はあくまで基金の運営です。基本方針は政府が定め、われわれはその方針に従って公募を行い、審査、採択を担います。しかし採択しただけでは「産学官による宇宙活動を加速する」という基金の最終目的にたどり着きにくいので、追加で2つの役目を負っています。まず、JAXAの持つ知見をもとに、各企業・組織へ助言・支援を行うこと。そしてステージゲートを設け、要所ごとに取り組み状況をモニタリング・評価することです。この評価の際は外部の有識者とも連携し、客観的な視点でマネジメントをしていきます。

―― 基金運営体制では、「JAXA主体ではなく、民間企業・大学等が主体となる」と定められています。これはなぜですか。

内木 これも政府の設計ですが、世界で「官主導から官民連携の宇宙開発へ」という流れが加速度的に進んでいる中、日本も民間企業のスピード感で民間企業を育てていく、民間主体の流れをつくらなければならないというのが、基金の趣旨のひとつだからです。

 JAXAはもちろん宇宙航空分野で豊富な知見を持っていますが、本基金ではあくまでサポート側に回り、実際の審査や評価はJAXAから独立した主体に任せる、というのが宇宙戦略基金の基本方針なのです。

―― 第一期の運営を経て、反省点はありますか。

内木 1月の宇宙政策委員会で、本基金のプログラムディレクターを務めていただいている一般社団法人SPACETIDE代表理事・石田真康さんから、第一期を振り返っての提言をしていただいたんです。その中にはJAXAが対処すべきものもありました。

 例えば第一期では、7月から2カ月ほどの期間で全22テーマの公募を行い、スピーディーに審査を進めてきました。ただ応募者にとっては、十分な検討期間がなかった、準備が間に合わなかったという面もあったのかなと。基金としてはやはりできるだけいろいろな方々に参入してほしいですし、より良い提案をいただきたい思いがあるので、第二期ではもっと応募者の裾野を広げることとテーマに応じて十分な検討期間を設けるべきだと考えています。実際に、第二期では、全てのテーマの公募開始時期の目安を早期に公表するなど、検討期間を確保できるよう努めています。

―― JAXAとして、今後どうなれば宇宙戦略基金が成功したとみなせますか。

内木 一言で言うのは難しいですね、いくつかのレイヤーで考えられると思います。まずは、政府による基金の創設目的にいかに近付けたか。次に、その具体的な指標として政府が定めるKPIをどれだけ達成できたか。さらに、JAXAの基金運営についても、テーマごとの成果目標が設定されているので、スケジュールに沿ってしっかり成果を出していく必要があります。

 加えて、JAXAの産業施策としては、本基金も含むさまざまな施策を通して産業競争力の強化を目指したいと考えています。日本はアメリカなどと比べて宇宙産業では出遅れている感がありますよね。基金等を通して、さまざまな事業の中で1つでも2つでも、日本が世界で存在感を示せる分野が生まれてくれればいいと思います。

 国内でも、これまでは宇宙について考えたことのなかった分野の方々が、宇宙でどういうことができるか、宇宙産業の中でできた技術をどう生かせるか考えてくれるフェーズになってきました。JAXAとして、基金の運営に限らずさまざまな活動を通して、多角的に宇宙産業を支援できる機構でありたいです。

※日本が宇宙領域で開発を進めるべき技術を見極め、開発 スケジュールをまとめたロードマップ。