宇宙ビジネスの隆盛に合わせ、国内外のコンサルティング企業でも宇宙ビジネスの専門機関を設ける会社が増えている。昨年、「宇宙・空間産業推進室」を設立したPwCコンサルティングの榎本陽介氏に、同社に寄せられる相談の実態を聞いた。聞き手=小林千華(雑誌『経済界』2025年8月号より)
榎本陽介 PwCコンサルティングのプロフィール
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えのもと・ようすけ 日系大手通信事業者を経て現職DX人材育成や新組織立ち上げなどの変革支援案から、新規事業開発、産学連携事業開発といった戦略関連案件のコンサルティングを多数経験。PwCコンサルティングの宇宙ビジネスチームに立ち上げ時より参画、2024年2月から宇宙・空間産業推進室の事務局リーダーを務める。
今収益化が望めるのは安全保障分野だけ?
―― PwCコンサルティングでは昨年2月、「宇宙・空間産業推進室」を立ち上げたそうですね。
榎本 立ち上げたというより、もともとあった組織を拡大したという方が実態に近いです。
当社には、国内のコンサル企業でも比較的早い2018年に、宇宙ビジネスコンサルの専門チームができました。17年に内閣府が「宇宙産業ビジョン2030」として、30年代早期までに国内宇宙産業の市場規模を、当時の2倍となる約2・4兆円に拡大する目標を掲げたのがきっかけです。この頃から、非宇宙系企業でも新領域のビジネスの選択肢として、宇宙産業に関心を持つところが増えてきました。
―― 国内外の他のコンサル企業も、宇宙ビジネスのコンサルを手掛けているところはあります。その中でPwCの特徴はなんでしょうか。
榎本 PwCは14年、航空・防衛・宇宙の専門チームを持つアメリカの戦略コンサルファームを買収したこともあり、欧州を中心とした海外の宇宙産業の知見にも強いです。北米にもチームがあり、現地の伝統的な宇宙企業やベンチャー、政府機関を含めて古くからつながりを持っているため、国際的なナレッジを生かしたコンサルティングを強みにしています。
―― 実際に、宇宙ビジネスに関してどういった相談が寄せられますか。
榎本 宇宙ビジネスは、非宇宙系企業も含めさまざまな業界から企業・組織が集まってくる領域なので、顧客となる企業もさまざまです。「宇宙ビジネスが盛り上がっているが、実際どれくらいチャンスがあるのか」といったライトな疑問から、具体的な事業戦略策定のサポート依頼まで、幅広い声が寄せられています。
具体的な事業領域(図参照)でいえば、近年ロケットなどの製造開発や打ち上げのコストはかなり落ちてきているので、それらを使う11:リモセン(リモートセンシング)、12:位置情報、13:通信・放送などの事業領域が特に盛り上がっている印象です。ただ、まだ投資フェーズのビジネスなので、これらの分野で現在大きな収益を上げている企業は世界的にも多くありません。
現時点で最も収益化の可能性が高い領域は、安全保障ですね。逆に言えば、現時点でこの分野以外に収益性が見込める宇宙ビジネスはほとんどないといえます。本来やりたいことが安全保障領域の事業ではなかったとしても、マネタイズのために今この領域で稼ぎどころをつくっておくというのが、今の宇宙企業ができる堅いやり方でしょう。
―― やはり民間企業同士でビジネスを成立させるのはまだ難しいでしょうか。
榎本 そうですね。現在の宇宙産業は、安全保障領域を除くと顧客の需要に応える形ではなく、供給サイドから始まっているビジネスがほとんどです。ですからまずは政府、官庁が最初の顧客となり、需要を支えることで宇宙ビジネス企業を支援する動きがもっと強まってもいいと思います。

宇宙を基幹産業にするには今後10年が勝負
―― 宇宙産業に影響を及ぼすさまざまな外部要因の中で、最も注視すべきものはなんでしょうか。
榎本 地政学リスク、法規制、気候変動、金融市場など、さまざまな外部要因が複合的に影響を及ぼしてくるのが宇宙産業です。その中で強いて言うなら、やはり地政学リスクは特に大きく関わってきます。現状だと米トランプ大統領の動向に左右される面はありますし、中国との関係性も課題です。
ただ、宇宙ビジネスに限らず今の日本には、そうした外部環境の変化に左右されない強さが求められると思います。国がある程度明確に指針を打ち出しながら、産学官で連携しつつ、国全体が一大セクターとして宇宙産業振興に向かうべきときだと考えます。
また、日本の宇宙ベンチャーは、技術力の高さとニッチな市場をとりに行く力が優れています。他の領域のベンチャーと比べてビジネスも社内文化もグローバルな企業も多いですから、そうした企業はより長く生き残っていくかもしれません。
―― 日本から宇宙系ユニコーン企業が生まれる可能性はありますか。
榎本 あると思います。今後日本でも新しく、企業価値が10億ドルに及ぶような企業が出てきてもおかしくありません。
ただ、実現するにはスタートアップ業界全体の盛り上がりがもっと必要だと思います。宇宙ビジネスに限らず、国内でスタートアップへの投資の流れがもっと強まれば、不可能ではないですね。
また、宇宙戦略基金を見ていてひとつ不安なのが、もしこれだけの額を投資しても想定しただけの結果が出なければ、今後宇宙産業に資金が集まらなくなるのではということ。少なくとも何領域かで日本が世界で戦えるレベルにならなければ、アメリカや中国に完全に出遅れてしまい、宇宙産業で日本が覇権を握るのは不可能になります。僕はこれから10年が勝負だと思います。

