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創業者・桑山氏の精神を継承し不妊治療分野で世界標準を確立 澁井史昭 リプロライフ

リプロライフ社長 澁井 史昭

2022年4月から保険適用対象となった不妊治療。生殖補助医療の最先端医療技術を提供するリプロライフは卵子と胚の凍結・融解におけるパイオニアであり、卵子凍結保存法に革命をもたらした創業者・桑山正成会長の想いを受け継いでいる。(雑誌『経済界』2025年9月号より)

澁井史昭 リプロライフのプロフィール

リプロライフ社長 澁井 史昭

リプロライフ 社長 澁井史昭 しぶい ふみあき

「凍結卵子を無駄にしない」約70カ国・500万件超の実績

リプロライフは2010年に設立。会長の桑山氏はヒト卵子の凍結保存の実用化に成功した生殖補助医療の先駆者として知られる。同氏が編み出した「クライオテック法」は現在では世界中の生殖補助医療に寄与。卵子・胚凍結をよりシンプルかつ正確に行えるリプロライフの技術は世界約70カ国で使用され、500万件以上の体外受精治療症例数の実績を誇る。

社長の澁井史昭氏は、「われわれのビジョンは『命を紡ぐ喜び』を共有し、世界中に広げていくことです。患者の大切な卵子は命の源であり、一つも無駄にはできません。卵子の生存率をいかに上げられるかが重要です。当社製品は高ガラス形成能と卵子・胚操作性向上を実現した新溶液により、より高い生存率の達成に寄与してきました」と話す。

凍結された卵子を融解した時の生存率はおよそ90%とされるが、卵子の数は患者の状況によっても左右される。

「例えばがん患者の女性は抗がん剤治療や放射線治療を受けている影響で妊娠する力である『妊孕性』が低くなっており、数個しか卵子を採卵できない場合もあります。卵子が何個生存しているかが勝負なので生存率に関わる溶液の質は重要です」

リプロライフの主な客先は大学病院や総合病院ではなく不妊治療を行うクリニックだ。現場で胚や卵子を取り扱う胚培養士の声には常に耳を傾ける。

「不妊治療は長年にわたって保険適用の対象外だったため、大規模病院の診療科目としてはほとんどありませんでした。クリニックなどで働く胚培養士の方々は当社の製品を取り扱う現場のお客さまであり、ユーザビリティ向上のためにも積極的に意見を聞く機会を設けています」

桑山氏の創業精神をあらためて強く持つ必要性を感じている澁井氏は、胚培養士の声を元にした新商品の開発に力を注ぐ。

「業界のパイオニアではありますが、その地位に甘んじているわけにはいきません。新商品をどんどん投入し、バリエーションを増やしていく必要があります。桑山は不妊治療の分野で世界を変えました。その開発マインドを受け継ぐわれわれは商品開発にもっと積極的であるべきですが、商品企画は桑山のアイデアを源泉とするものが多く、組織が大きくなるにつれ、『普通の会社』になってきました。桑山の創業の思いである『世界中の不妊患者を救う会社になる』ためにも、今一度創業精神に立ち返りさらにステップアップしたいと思っています」

医療機器開発にスピード感を「開発が楽しい」環境を整備

医療機器は大手製薬会社などが研究・開発・承認に長い年月をかけて製品化している場合もあるが、澁井氏はスピード感を求める。

「当社の強みは不妊治療を手掛ける大規模クリニックとお付き合いがあることです。商品化に向けた試作は気軽に行い、実際に使ってもらい、ユーザビリティを向上させながら少しずつ適用事例を増やして一般化しています。多くのクリニックに採用されれば多くの患者を救うことになります。『社運を懸けたプロジェクト』などとコストと時間をかけている余裕はありませんし、開発者にとってもプレッシャーになるだけです。『医療機器は商品化まで時間がかかる』という常識を打破する会社を目指しています。それができれば桑山のように再び不妊治療で『世界を変える』ことも夢ではありません。世界を変える製品は自分たちの近くにあるのです」

研究開発力の源泉は「人」にあるが、同社には人材育成プログラムなどはなく、OJTを推し進めている。

「研究開発力は、『人を増やすこと』ではなく『減らすこと』です。一つの製品開発に担当は1人でいい。足りない部分は外部パートナーの力を借ります。内部から湧き出る企画や研究開発力には限りがあります。会社がプログラムを用意して学ばせるよりも、他者から学ぶ機会を増やし、『開発が楽しい』と感じてもらえるようになればうれしいです。その上で率先してもっと勉強したい人のために会社のサポート体制の整備を進めていきます」

少子高齢化が加速する中、22年4月から保険適用が始まり、東京都では23年7月から不妊治療に対して助成金を交付。不妊治療のさらなる普及が見込まれている。

「コロナ禍前は人前で『不妊治療中です』と言うことすらはばかられる風潮がありましたが、現在はそのような雰囲気も薄れてきました。不妊治療の認知度向上とともに急がれるのが胚培養士の国家資格化です。命を扱う医療従事者にもかかわらず、薬剤師や看護師のように国家資格化されていないのは業界の損失であり、地位を向上させなければいけません。それにより患者はさらに質の高い不妊治療が受けられるようになります。当社は売上高のKPIは定めていません。営業は数字を追いかけることになりますし、大切なのは『いかに多くの患者を救えるか』に尽きます。実際に途上国向けに利益は追求していません。われわれの製品を一つでも多くの施設で導入してもらうことが目的です。桑山の創業精神を受け継ぎ、弟子たちが新しい世界を切り開けるよう邁進します」

不妊治療で悩む多くの人たちを救うリプロライフ。桑山氏の創業精神はしっかりと継承されている。 

会社概要
設立●2010年7月
本社●東京都新宿区
従業員数●50人
事業内容●ヒト卵子・受精卵(胚)の凍結デバイスの開発・製造・販売
https://reprolife.jp/ja/