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資産運用会社の育成こそ 本当の資産運用立国だ 篠田 丈 アリスタゴラ・グループ

篠田丈 アリスタゴラ・グループ

NISAに代表されるように、日本では貯蓄から投資を促すべくさまざま制度が変わってきた。しかし、課題も残る。富裕層向け運用サービスを展開し、ファンドの設定・運用やコーポレートファイナンス業務等も手がけるアリスタゴラ・グループ。2011年からCEOを務める篠田丈氏は、30年以上におよぶ株式市場の経験から、日本の資産運用立国の方向性に疑問を投げかける。聞き手=和田一樹(雑誌『経済界』2025年9月号より)

篠田 丈 アリスタゴラ・グループCEOのプロフィール

篠田丈 アリスタゴラ・グループ
篠田丈 アリスタゴラ・グループ CEO
しのだ・たけし 1985年に慶應義塾大学を卒業後、日興証券ニューヨーク現地法人の財務担当役員、外資証券会社でエクイティ・ファイナンスの日本及びアジア・オセアニア地区最高責任者などを歴任。その後、BNPパリバ証券で日本のエクイティ関連ビジネスの責任者を務めるなど、資本市場での経験は30年以上。

NISAはいい制度だが政府の方向性には危機感も

―― 日本政府は数年前から資産運用立国を掲げています。状況をどう見ていますか。

篠田 これまで多くの日本人は、金融リテラシーが高いかどうかは別として、結果的に正しい選択をしてきたと感じています。

 というのは、かつて日本が経済的に成長している時代は株や不動産に投資し、デフレに入ってからは現金比率を高めてきた。もちろん、個別の事情を見ればさまざまですが、全体像としてそういう見方はできると思います。

―― 一方で、現預金が膨らみ過ぎてしまい、それを投資に回そうというのが、特に岸田政権後の政府の動きです。

篠田 それがいわゆる資産運用立国と呼ばれるような方向性ですね。ただ、あまりにも政府が個人に投資を推奨しすぎるのは危険な兆候ではないかなと危惧しています。

 例えばNISAは、長期間にわたってドルコスト平均法で積み立てていけば、20年、30年後には極めて高い確率で資産を増やせる制度ですから、これはいいことだと思います。一方で、足元ではいろいろな制度を拡充して個人でも未上場株に投資できるようにしようとしています。こうした動きを見ていて、結構危険だなと感じるわけです。

 私はさまざまな証券会社での業務やアリスタゴラ・グループのCEOとしての経験から、これまでいわゆる富裕層と呼ばれる方々を多く見てきました。財を成した方の多くは、未上場株に投資したがります。結果はというと、もちろんケースバイケースですが、ほぼ負けていると言っても過言ではありません。

 そもそも日本のVCによる投資成績を見ても、未上場株はそこまで勝っていない領域です。プロが頑張ってもそんなに勝てない世界ですから、個人が気軽に手を出せば負けて当然です。ですから、国が積極的に未上場株に個人の資金を流そうとしている動きは、ちょっと怪しいなと感じるわけです。

―― 資産運用立国の流れは正しくとも、中身は精査が必要という立場ですね。

篠田 そもそも、資産運用立国という言葉の定義があいまいです。

 よくある理解としては、個人の金融リテラシーを向上させたり現預金を投資に回るようにさせたりする。こうしたコンセプトでしょう。これはこれで大切な動きだと思いますから、間違ってはいないと思います。

 ただし、NISAを例に見ても分かる通り、投資をする個人が増えた結果、日本国内に投資せず海外に資金が流出しています。

 であるならば、世界の名だたる運用会社に負けないレベルまで日本の運用会社の質を高めて、海外の投資家から日本に資金を持ってくる。個人の投資を促すとともに、運用会社のレベル向上にも力を入れることが、資産運用立国としては重要なのではないかと思います。

運用会社の新規設立はひたすら赤字が続く構造

―― 日本の資産運用会社のレベルを上げるためにどんなことが必要ですか。

篠田 日本の構造的な課題として、新興の運用会社が育ちにくい環境があります。ここは何らかの改善策が必要かもしれません。

 米国の場合、政府系も含めて大きな資産を運用する会社が新興運用会社を育てるために一部の資金を預ける仕組みがあり、チャンスがあります。

 対して日本は、言い方が難しいですが逆に資産運用会社が育ちにくい環境にしているとも言える状況があるのです。

 自分自身も運用会社を立ち上げたのでよく分かりますが、新規で運用会社を立ちあげるには非常に大きなコストがかかることに加えて、収益がついてくるのに時間がかかります。運用会社というのは、運用している資産からしか収益が得られません。例えば、1億円を預けてもらって運用して、そこから1%もらうとしても年間100万円しか得られないわけです。金融庁からは運用会社に要求される人材要件などもありますから、最低限の人員で立ち上げるにしても、最初はひたすらキャッシュフローの赤字が続いてしまいます。

―― 赤字覚悟で立ち上げ、地道に成績を残し続けて預かり資産を増やし、ようやく新興運用会社が生き残れる構図ということですね。

篠田 そうです。しかも、投資信託を作るためには受託銀行が必要ですが、日本は受託銀行がそもそも少ない。加えて、基本的には投資信託運用の経験がないところとは取引をしてくれないので、形式的にはオープンだと言っても実際の道は極めて狭いわけです。他にも、金融庁の免許取得や運用会社が関係する協会の入会にかかる費用も数百万円規模で資金がかかってきますし、何とか投資信託を始められても決済に使用する証券保管振替機構のシステム費用も高額です。

 ですから、資産運用立国と銘打って投資資金をテコに国力を高めようと考えるのならば、もちろん個人に投資を促すことは悪いことではありませんが、それ以上に世界の投資資金を呼び込めるように運用会社の質を高める必要があり、そのためには新興の運用会社が育つ環境を整備することも重要だと思うのです。

含み損が出ている時ほど顧客と丁寧に向き合う

―― 篠田さんがアリスタゴラ・グループのCEOになって10年以上が経過しました。この間、どんな哲学で顧客と向き合ってきましたか。

篠田 お客さまの資産を増やす。これは当たり前のことですね。そのためには、お客さまの状況や考え方を深く理解することです。人によって資産状況が毎日気になる人もいればほったらかしに近い人もいます。リスクを取りたい人も取りたくない人もいますし、中には実際にちょっとリスクを取ってみたら意外と平気だったなんて人もいます。それぞれの気質を理解して最適な資産運用を提案するのは心がけてきました。

 コミュニケーションの面で言えば、数量的に説明することを重要視しています。市場はどうしても上下があるものです。例えば4月のトランプショックで株式市場は一時大きく下げましたよね。含み損が出ている時ほどこまめに説明をし、逆に今はお得に買える時期だし、今抜けたら損が大きいですよといった対話を丁寧に続けてきました。

 このようなコミュニケーションを重ねてきた結果、お客さまも安心して一時的に含み損があっても動じず預けてくれる。そんな関係が今につながっている要因だと思います。