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今抱いている「畏れ」を忘れない 日本生命新社長のつなぐ襷 朝日智司 日本生命保険

朝日智司 日本生命

2025年4月、日本生命保険副社長だった朝日智司氏が新社長に就任した。前社長から引き継いだ中期経営計画に熱意を燃やし、中でも地域社会に根差した事業推進に注力する。国内保険営業の経験が豊富な朝日氏が社長となり、国内事業に立ち返る日本生命の今後を聞いた。聞き手=小林千華 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2025年10月号より)

朝日智司 日本生命保険のプロフィール

朝日智司 日本生命
朝日智司 日本生命保険
あさひ・さとし 1963年、大阪府生まれ。87年に京都大学経済学部を卒業後、日本生命に入社。営業企画、人事企画、総合企画と企画部門で経験を積み、関東営業本部や東京中央総合支社長などを歴任。2014年執行役員、23年副社長、25年4月に社長就任。

国内営業チャネルの強さは生保会社の大きな長所

―― 4月1日付で社長に就任されました。指名された際の心境はいかがでしたか。

朝日 昨年11月末頃、指名報酬諮問委員会で次期社長候補に推薦するとのお話を頂き、まずは責任の重さを感じて身も震える思いでした。前社長の清水(博・現会長)、その前の筒井(義信・現特別顧問、経団連会長)がつないできた金融・保険業界のマーケットリーダーとしての立場を、私が受け継ぐ。畏怖の念さえ抱いたというのが正直なところです。しかし、これまで自分を育ててきてくれた日本生命において、私が果たせる役割があるのなら心を決めて尽力しようと決断しました。

 就任に向けて緊張感は増していき、4月の就任時にも「畏れ」のようなものを強く抱きました。先日総代会も終え、社長としての第一の区切りを迎えましたが、こうした感情はこれからも忘れてはいけないと思っています。

―― 日本生命にはバブル期の1987年に入社しています。なぜ日本生命を選んだのでしょう。

朝日 京都大学では経済学部にいたので、漠然と金融業界を見ていました。中でも私の場合、幼少期からよく保険営業の職員の方が家に来ていたこともあり、生保会社に親しみがあったんです。学校から帰ると、母親はいないのに営業職員さんはいる、ということも自然にありました。

 さらに、生まれ育った関西に根差した会社がいいと考えると、かなり絞られる。その中でも日本生命に 早い段階でご縁があった、という流れで入社を決めました。

―― キャリアの中ではさまざまな部署を経験しつつ、主に国内の保険営業を担当されました。特に印象深い経験はありますか。

朝日 30歳の頃に営業管理職となった際、ベテラン営業職員の生命保険金支払い手続きに同行させてもらったことです。手続き自体は淡々と進んだのですが、最後にお客さまがそのベテラン職員に、「あなたがいたからこの保険に入り、ここまで続けられた。本当にありがとう」との言葉をかけてくださったんです。

 われわれはある意味、契約をきっちり履行して手続きを行っただけです。それなのに、こんなにお礼を言っていただけるのはなぜか。やはり生命保険という商品とその関連サービスが一体となり、お客さまの人生に伴走し続けられるからです。それがきちんとできていれば、当たり前のことをやり続けるだけでもお客さまから感謝される。これが生命保険のひとつの真髄だと感じました。

 まだ入社して10年もたたない頃でしたが、生命保険の何たるかを学んだ忘れられない思い出です。

―― そのベテラン職員の方は、普段朝日さんから見てどのような仕事ぶりだったのでしょう。

朝日 当時30歳の私から見ればかなりの経験を重ねた先輩という印象でしたが、契約の獲得件数がずば抜けて高い、いわゆる優績者ではありませんでした。ただ堅実に仕事をされる方で、長く勤めていたためお客さまの数も多く、ご挨拶に行けば台所に通してもらえるような方でした。

 お客さまとこうした信頼関係を築ける営業職員の存在は、生保会社としての大きな強みなのだと改めて感じましたね。

―― 経歴全体を振り返って、今後の社長業に最も役立ちそうな経験はなんですか。

朝日 2006~09年まで総合企画部に在籍し、前会長・筒井や前社長・清水の下で働いていました。

 その中でちょうど08年、当社を含む生保10社の保険金不払い問題が発生し、金融庁から業務改善命令を受ける事態になりました。また、ほぼ同時期にリーマンショックが重なった。他社の動きを見ても、10年に第一生命さんが株式会社化するなど、この時期は生保業界全体にとって曲がり角でした。同時に、単なる帳簿上の数字だけでなく、経済価値ベースでリスク管理を行う考え方の導入も始まりました。

 こうした時期を経営企画の根幹を考える部署で過ごしたことで、その後また営業や事務の現場に近い部署に配属された際にも、時代の変化に適応する大局観を持って自分の仕事に向き合えたと思います。

デジタル技術も活用し顧客基盤をより強固に

朝日智司 日本生命
朝日智司 日本生命保険

―― 不透明性の高い現代で、どのように会社を牽引していきますか。

朝日 国内の生命保険事業の在り方が最も大事だと考えています。中でも、特に営業職員チャネルが基軸であることは今後も変わりません。

 しかしこのチャネルは、コロナ禍で直接お客さまのもとへ伺えなくなったことで、壁にぶつかりました。それからデジタル顧客基盤を整え、今では1千万人以上のお客さまとデジタルでつながれます。これを利用して、コロナ禍が明けた現在もリアルとデジタルの両方でコミュニケーションを取っています。

―― デジタルでは「お客さまの家の台所に通してもらえる」関係性は築きにくいのではありませんか。

朝日 あくまでリアルとデジタルをうまく使い分けることが大事です。リアルではできなかったけれど、デジタルによって実現したこともあります。

 例えば、現在地方自治体と提携して進めているがん検診の受診勧奨活動。がん検診を受けたか、受けなかったか。受けなかったならそれはなぜか。どうなれば受けるか、などのアンケートを実施し、結果を踏まえて営業職員から直接ご提案できることはご提案しつつ、その方の属性や回答内容に合わせて、デジタルでも適宜がん検診に関する基礎知識を配信することもできています。また、お客さまへの接点はリアルとデジタル両方で持ちつつ、どんな形でご提案したことについても、デジタルで情報を残します。

 また今後はAIも積極的に活用し、情報解析やお客さまとの接点の持ち方についてのレコメンドをさせていきたいとも考えています。

 こうした活動を地方自治体と協働して進めていき、ただ保険商品やサービスを提供するだけでなく、チャネルの提供価値を増大させていく。そしてそれが地域社会の課題解決にもつながる、という形を目指します。

―― 清水前社長は、海外での大型出資に注力されていました。この方針は今後も引き継ぐのでしょうか。

朝日 そもそも相互会社としての最大の使命は、お客さまの利益の最大化を図ることです。そこで清水前社長の代で、2024―26年の中期経営計画を打ち出し、われわれの使命とその中で海外保険会社に出資することの意義を改めて整理しました。中計の中でもこれが最も重要な果実だと思います。

 ただ儲かるかもしれないからという動機ではなく、冷静にリターンを見据えて投資をして、場合によっては再投資も重ねてわれわれの資産の安定化を図る。そして戻ってきた配当は、お客さまにも還元する。こうした方針を明確化した上で、それに値する事業を選んで投資を行う。この考え方に沿って昨年12月、米レゾリューションライフへ82億ドル(1兆2千億円)の大型出資が実現しました。

 今年度以降は新たな案件に手を出すというより、これまで積み重ねてきた案件のPMI(M&A成立後の統合プロセス)に注力し、出資効果の強靭化、リスク管理を図っていきます。

―― インタビュー冒頭、「日本生命において私が果たせる役割があるのなら尽力する」とおっしゃいました。その「役割」とはなんだと考えますか。

朝日 日本生命という会社が社会の中で果たしてきたものをいかに受け継ぎ、後につなぐかだと思います。特に今は中計の2年目に当たります。清水前社長の代からのこの計画をまずはシームレスに引き継いで、グループ全体で実現させていくことが最初の役目です。

 今回の中計では、日本生命グループが担う生命保険、介護、アセットマネジメント、保育、ヘルスケアといった各事業を統合的に強化し、誰もが安心して暮らせる社会をつくる「安心の多面体」としての経営を目指しています。これは言い換えれば、サステナビリティ経営の高度化。事業を通して人や地域社会、地球環境に対して何ができるかを考えながら経営をしていきます。

 人に対しては今後も生命保険を提供していく。地域社会に対しては、われわれは国内の生保会社ですから、国内保険事業を軸にしながら地域社会の課題解決にも取り組んでいく。そして地球環境に対しては、カーボンオフセットやESG投資などへの対応を強化します。

ゴールを切れることはない 社長としての「役割」とは

―― 中計の中で、朝日さんが特に重要と考えるポイントはなんですか。

朝日 一つ一つの目標を、いかに地域社会に根差して達成させていくかです。地域によって、置かれる状況も抱える問題もさまざまです。しかし、当社に限った話ではありませんが、これまでは販売施策や戦略を全国一律で進めてきました。それでは本当に地域社会に寄り添った経営はできません。

 そこでこの数年間、われわれは全国47都道府県と包括連携協定、個別連携協定を締結し、各地で健康や青少年育成、スポーツ振興などの取り組みを進めてきました。私自身もこれまで副社長として、各地で知事とお話しすることがありましたが、やはり地域によって在り方はさまざま。われわれだけで独りよがりな施策を打つのではなく、コミュニケーションを取りながらニーズを汲み、できることを探していかねばならないのだと痛感しています。

 当社グループの「安心の多面体」の主体は、全国に99あるそれぞれの支社です。彼らには、一律で言われたことだけやるのではなく、地域の在り方と自分たちの志の方向性を合わせて支社運営をしてほしいと考えています。

―― 在任中、何を達成すれば役割を果たし切ったことになるでしょう。

朝日 ゴールを切れることはないと思います。就任したばかりの今抱いている「畏れ」を忘れず、いつか役割を引き継ぐまで励みます。