トランプ関税の影響で世界的な景気の減速や物価上昇などが影響し、日本経済の先行きには不透明感が漂っている。
しかし中部経済は製造業に回復の兆しが見られるなど、独自の創意工夫で最悪期を脱しつつある。現状と今後の展望を中部圏社会経済研究所代表理事の宮本文武氏に聞いた。(雑誌『経済界』2025年11月号より)
宮本文武 中部圏社会経済研究所のプロフィール

トランプ関税で中部5県の輸出額は6700億円減少
中部5県(愛知、三重、岐阜、静岡、長野)の経済状況は、いい意味で足踏みが続いているが、日本全体をみると「トランプ関税」の影響で不安定な状態となっている。物価上昇に加えて消費の落ち込みが懸念されている中で、特に影響が大きい製造業の今後が気になるところだ。中部圏社会経済研究所の宮本文武代表理事は次のように語る。
「政府がトランプ大統領と粘り強く交渉した結果、相互関税は15%になって、自動車関税も4月以前の25%から15%で合意しました。この関税上昇による中部経済への影響を試算したところ、中部5県の合計では6700億円の輸出額の減少となりました。また、産業連関表を用いた地域への経済波及効果を試算したところ、中部5県の企業の売り上げは、1兆3500億円の減少となります。付加価値ベースではどうかというと4千億円の減少で、予想以上に影響が大きいと思います。また2025年度の中部5県の経済成長率は1・6%と推計されていましたが、トランプ関税の影響によって0・5%下押しされ1・1%になる見通しです。経済成長率が3分の2になるということは、非常に大きな影響です」
今後、日本企業が対米輸出で関税の影響を受けるのはもちろん世界経済全体が停滞することが懸念される。加えて米中対立による中国への影響が懸念される中で、需要の減少やレアアースの輸出規制による半導体産業への影響も大きく、日本も無関係ではない。例えば今年4月に一時、中国のエアラインがボーイング製航空機を輸入しないと発表したが、日本企業もボーイングのグローバルサプライチェーンの中にあり、大きな影響を受ける。政治的対立が経済活動に直接、影響を及ぼすこともある。
「中国は素材をはじめとして、いろいろなものを生産して輸出していますが、最大の輸出相手国である米国向けが減少すれば一気に商品が市場に流れて供給超過となり、価格が大幅に下落するリスクがあります。米国の対中政策や中国の対応には、これまで以上に注視していく必要があると思います」(宮本氏)。
日本全体が停滞する中、5月には製造業が回復の兆し

中部5県:愛知、三重、岐阜、静岡、長野
出所:中部圏社会経済研究所
さて、中部地域についていえば、4月は全国と同じく製造業の生産が落ち込んだが5月は前月比で生産が回復しているのが実態だ。中部圏は全国とは少し違う動きとなっており、5月には生産が回復している。
「景気の悪化が想定される中で、中部地域の景気が横ばいということは非常に評価できます。産業基盤の力強さが要因だと思います。平均所得も相対的に高いのですが、背景には堅調な消費があります。さすがに景気は落ち込むと思っていたのですが、そうならなかった一因はトヨタ自動車の存在が大きいと思っています。対米輸出の関税上昇分を飲み込んで価格を据置いたことや、駆け込み需要もありましたが、販売数量を維持しようとする姿勢で生産活動の水準を落とさなかったことが要因だと思います。トヨタ自動車には協力工場もたくさんありますが、生産活動の水準を保ったことで景気への悪影響を避けられました。トランプ大統領の発言に右往左往しないしっかりした企業の経営方針がいい結果につながったと思います」(同)
中部圏は投資も落ちていない。円安で蓄積した利益をしっかりと投資に回しており25年の設備投資は前年度比で増加基調になっている。人手不足の解消に向けた省人化、省力化技術など、生産性向上のための投資が、全国をけん引する経済成長につながっている。
非製造業の省人化は業種によってバラバラだ。例えば最近の飲食店では、どこの店に行っても顧客にタブレットを使って注文させるように、サービス業の省人化、省力化の取り組みは進んでいる。
一方、省人化の取り組みが一番遅れていて心配なのは建設業といわれる。慢性的な人手不足に加えて資材も高騰し、経営が悪化して人手不足倒産も起きているのが現状だ。そのような状況の下、2024年問題(時間外労働の上限規制)に直面し、企業は報酬を含めた待遇改善策を実施せざるを得なくなっている。人手不足が解消されたわけではないが、少しずつ改善する方向に動いている。問題は建設コストの高騰分を価格転嫁できるかどうかにある。最近のマンションやビルは昔に比べると高値になっており、ある程度の価格転嫁はできているが、より一層、待遇改善や省力化に向けた技術開発に取り組み、人や設備への投資を加速していく必要がある。
また、建設業で働く人はどうしても現場に行く必要があるが、現場での作業はタブレットなどのIT機器を活用して効率化を図る努力が必要になる。
次世代の産業を創出するオープンイノベーションの取り組みも急務だ。「製造業に強い中部圏の強みを生かしてディープテック系の技術を核にした新産業創出が望まれます」と宮本氏が語るように、産官学が連携したスタートアップ育成のエコシステムが求められている。

