昨年12月から続くフジテレビの〝中居正広問題〟。SNSでは、「テレビの終焉」「フジが大リストラをする」「系列ローカル局が倒産する」「テレビは真実を伝えない」「ニューメディアの時代が到来」と見聞きする。実際はどうなのか。映像メディアやコンテンツの研究者と番組制作者に話を聞いた。文=ジャーナリスト/吉田典史(雑誌『経済界』2025年11月号より)
マスメディア業界の人権意識は10年遅れ

スポンサーがフジのCMにいつ復帰するか。マスメディアで騒がれ始める前から、大和大学社会学部の岡田五知信教授はトヨタの動きに注意をしていた。同社がCMスポンサーに戻ると多くの企業が後を追うかのように戻ると予測していたからだ。
「広告界に最も大きな影響を与えるトヨタが特に問題視したのは、フジの対応にある。被害を受けた女性社員の人権への配慮が著しく欠けていると受け止め、CM出稿を停止した。トヨタはグローバル化を推し進めている。海外で労務管理の在り方に批判を受けたりしてビジネスと人権について組織として学んできた。それだけにフジにも厳しい姿勢だった」
トヨタが7月にCM再開した頃から、確かに大企業が続く。8月現時点で復帰は1月の約10時間に及んだ記者会見前の約3割だが、岡田氏は秋以降に9割程が戻ると見る。立教大学社会学部の砂川浩慶教授は、こう投げかける。
「一斉にスポンサーを降り、一斉に復帰するのは日本的ではあるが、違和感がある。なぜ、そのような判断をしたのかと丁寧な説明をする企業がほとんどない。放送局の電波は国民の共有財産。総務省のもと、各局がそれをいわば占有している以上、高いモラルが求められる。その意味をスポンサーは心得るべき」
NHKから民放まで、さらに新聞や出版も含め、マスメディア各社はビジネスと人権の問題に疎い傾向があると指摘する。
「他業界はここ十数年、特に欧州でグローバル化の影響を強く受け、問題も発生した。人権の在り方に真摯に向かい、身を正そうとした。マスメディアはグローバル化すべき必要性が他業界よりは強くはない。その意味で少なくとも10年は遅れている。フジの旧経営陣はなぜ、強い批判を受けたのか、今なお分かっていないのかもしれない」
フジの親会社であるフジ・メディア・ホールディングスの株価は、中居問題以降も高止まりしている。岡田氏は下支えしている理由として優良IP(知的財産)の質が相当に高く、豊富であることを挙げる。
ドラマや映画、アニメ―ションでは実写邦画興行収入歴代1位を記録した映画『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』をはじめ、『HERO』『翔んで埼玉』『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』『やまとなでしこ』『東京ラブストーリー』『ひとつ屋根の下』『ガリレオ』『古畑任三郎』などだ。バラエティーでは『千鳥の鬼レンチャン』『さんまのお笑い向上委員会』『新しいカギ』などに及ぶ。
「地上波の視聴率こそ苦戦するが、長年にわたり構築してきた番組制作力とサプライチェーンは健全。それを証明する1つが2024年7月に月間再生数(TVer・FODの合計値)が、民放局初となる月間〝1億〟再生を突破したことだ」
24年、フジテレビの年間(1月1日~12月31日)再生数は民放で初めて10億再生を突破し、10億5155万再生(前年比119%)となった。視聴時間でも4億7528万時間と民放歴代最高記録を達成。再生数、視聴時間で民放1位となり、年間AVOD二冠を獲得した。
バラエティーやドラマは放送時に見逃した場合、主な民放局が15年から共同で運営する動画配信サービス「TVer」(ティーバー)で番組を無料で観ることができる。局がそれぞれ個別に配信するサービスもある。フジがFOD(エフオーディー)、日本テレビがHulu(フールー)、テレビ朝日がTELASA(テレサ)などだ。
「フジが地上波に弱く、TVerやFODに強いのは同社のコンテンツを愛する人は地上波を常日頃観る人たちではないと考えることができる。地上波の視聴者層は高齢化している。フジにはネットに慣れ親しむ10~40代にファンが多い。この世代は地上波での放送時間にとらわれず、ネット配信で観たい時に観る傾向が顕著。私が教える学生の大半もTVerで観ている」
前々からフジはドラマやバラエティーに強く、若い層にヒットしやすい番組が多い。ドラマやバラエティーが、報道よりは見逃し配信に合っているとも言える。それを意識し、フジはFODを他局よりも早くから整備してきた。
完全に崩壊したオールドボーイズクラブ
砂川氏は、「業績が回復しつつあるから一連の問題が解決したとは言えない」と語る。
「コンプライアンス(法令順守)の姿勢や放送の理念を具現化した番組内容や編成方針か否かまで含めて検証すべき。国民が利益を享受できるようにするのが放送の1つの理念であり、そのためには弱者に配慮した番組が必要。例えば子どもやハンディを負う女性、高齢者、障害者、低所得者、差別を受ける外国人だ。フジはドキュメンタリーでは扱ってきたが、他局に比べて長年、この類の番組が少ない」
背景には社内権力を持ち、経済的にも恵まれた50~70代の男性経営陣が40年間程、番組編成や予算、人事の実権を握っていたことを挙げる。特にバラエティーやドラマを大ヒットさせたプロデューサーたちが経営の中枢を担ってきた。中居問題が起きた当時の港浩一社長や大多亨専務はかつて敏腕プロデューサーであった。
「極端なオールドボーイズクラブになり、社の在り方、人事、番組編成や内容に大きな偏りが見られた。ここに被害を受けた女性社員の人権や名誉が軽く扱われた理由もある」
岡田氏は、人事のこれまでの在り方に疑問を投げる。
「清水賢治社長は、7月のフジの検証番組で〝トップのディレクターやプロデューサーは現場での仕事を続けていくべきで、社長や役員をするのは好ましくない〟と述べていた。現在の民放局の経営は営業、編成、財務や人事、ネットワークなど全般を心得ていないと難しい。経営が複雑になり、高度になっている」
岡田氏は実績豊富なプロデューサーらを社長や役員にした背景には視聴率の低迷が続き、経営陣に危機感があったと見る。
「次世代を担う人材の育成を怠ってきたこともあり、特定のプロデューサーに頼らざるを得なかった側面がある。今回、役員が総入れ替えとなり、女性の活躍する場も増え、やる気を取り戻した社員が目立つ。人事が機能すれば復活の可能性はある」
地上波の放送時に観るリアルタイム視聴の意識が10~40代を中心に希薄になりつつある。この世代にいかに観てもらうようにするか︱︱。各局は力を注ぐ。
砂川氏は、「ネットの普及、浸透で電波としてのテレビの存在感が相対化されている。10~20代の若い層で顕著で、特にNHK離れが進んでいる」と語る。
理由の1つに番組編成と動画配信サービスを挙げる。「報道やドキュメンタリー、スポーツが多く、これらの視聴者の多くは高齢層。若い層はTverなどでドラマやバラエティーを観ているので、民放の番組には接している」
岡田氏は10~40代のネット世代にいかに支持されるかはNHKを含めたテレビ界全体の課題と位置付ける。
「NHKには、Z世代(1990年代後半から2010年代前半に生まれ、現在13~30歳前後)を意識した戦略がある。例えば、大河ドラマ。源氏物語をもとに24年に製作した『光る君へ』ではこの世代の役者を多数起用し、恋愛物語に仕立て上げた。戦やそれに絡む人間模様が多かった従来の大河ドラマとは趣向を大きく変えた。ネットでPRも繰り返した結果、若い層を中心にヒットした。今後、このような番組は増えていくはず」
岡田氏がNHK職員と接して「社運を懸けている」と感じるのが、25年10月から始めるネットサービス「NHK ONE」だ。地上波番組の同時配信、見逃し配信、ニュース記事や動画をまとめたもので、スマホやパソコンで観ることができる。Z世代をはじめ、ネットを頻繁に使う世代を意識したプラットフォームとも言える。
依然として高いコンテンツ制作能力

NHKの番組制作の最前線はどうなのか︱︱。NHKの地上波から衛星放送までさまざまな番組の映像編集と音響効果に関わる映像編集会社の最大手・白川プロ(2025年8月現在、正社員284人、売上19億円)は改革を試みる。
2022年に新規事業に取り組むデジタルコンテンツ部を発足させた。240人程をNHKの各番組に編集マンとして配属するが、6人を本社の同部に異動させた。企業や市町村向けはPR映像、インタビュー映像、CM(Web、テレビ)など、個人向けでは自分史コンテンツ制作をする。編集マンがディレクターや、カメラマンもする〝ワンストップサービス〟をするのが特徴だ。
「テレビ業界の在り方が変わった。NHKの一部の番組ではスタッフの少人数化が進み、AI(人工知能)アナウンサーがニュースを読んでいる。AI編集マンが登場すると、私たちの会社も影響を受けるかもしれない。NHKに派遣する編集マンを減らすことになるリスクもある。明るい未来を描くために新規事業を始めた」(白川亜弥社長)
人材育成にも力を注ぐ。デジタル化が進み、編集マンの仕事の領域が広く、深くなった。映像編集に加え、テロップ、BGMなどさまざまな加工についてもディレクターに提案をする。編集の前段階である構成台本にも必要があれば案を出す。映像編集だけではNHKで高い評価を受けない。今や、マルチな対応ができる引き出しの多さが大切なのだという。
白川氏は「テレビは数ある映像メディアの1つになったが、局の制作力は依然高い」と語る。
「映像をスマホで持ち運べる時代になり、テレビの前から多数の人が消えていった。リアルタイム視聴以外にも、番組の提供や放送の仕方を工夫すれば局の制作力はさらに高くなる可能性はある。YouTubeに比べると、ニュースへの信頼感は変わらないし、局はその信頼を守らないといけない。そこが、分岐点」
民放はどうか。砂川氏は、「キー局は模索を続ける。コンテンツファクトリーであり続けるために若い層からも愛される番組を作ろうとしている」と指摘する。一例としてTBSではグループ社がNetflix(グローバルな動画配信サービス)と提携し、番組の共同制作を進めるケースを挙げる。
「Netflix、TVerやYouTube、アマゾンプライムが普及し、テレビの存在が相対化されてきた。番組制作力をより強くし、コンテンツファクトリーであり続けることが局にとって重要な課題となっている」
かつてのような勢いはないが、当分は業績不振で経営破綻するキー局はないと見る。
「テレビのリアルタイム視聴が多い〝最後の世代〟と言える現在の50代が平均寿命の80代になるまでは視聴者数をある程度維持し、スポンサーも獲得し、経営を維持できるだろう。むしろ、ローカル局こそ、在り方を考えるべき」
かねてから、大阪や名古屋の局を除いたローカル局の番組制作力には課題があると放送業界では指摘されてきた。全番組のうち、キー局制作が9割を超えるケースが多く、自社で制作する機会が少ない。
「キー局のようにコンテンツファクトリーであり続けるためには、課題が少なくない。例えば制作現場を支える若手ディレクターの離職者が増えている。自社制作比率を上げ、財務力を強化するためにも制作力向上は重要。業績面では内部留保が多い局が並ぶ。今後30年程で倒産する局はないと思うが、共同制作などの合従連衡はありうる」
岡田氏は、「生まれ変わるローカル局が増える。そのモデルが誕生した」として一例を挙げた。2025年4月、日本テレビ系列の札幌テレビ、中京テレビ、読売テレビ、福岡放送の4社を傘下に置く認定放送持株会社「読売中京FSホールディングス」を設立した。共同番組制作や放送設備の共用、人事交流の促進や採用活動での連携に取り組んでいくという。ローカル局の合従連衡は、本格化するのかもしれない。
悲観することはないテレビ局の未来
砂川氏は「テレビの存在や影響が相対化される中、局の根幹を見つめ直すべき」と指摘する。
「一部のYouTubeや映像メディアでは人権侵害とも言える内容のものが、多くの人に観られている。テレビはそれと一線を画し、常に人権に配慮し、弱い側に立った番組を放送し続けたい。それが他の映像メディアとの差別化になり、オールドボーイズクラブを変えていくことになる」
岡田氏は「テレビは消えるかもしれないが、コンテンツファクトリーの局は消えない」と力を入れる。
「100年の単位で考えると、テレビという映像の受信機(本体)や地上波は大きく変わる。局のコンテンツを制作するノウハウはその時代になっても、おそらく消えない」
バラエティーやドラマ、アニメ、映画は世界で通用するといわれる。海外でヒットすれば外貨獲得にもなりうる。「ネットが世界に浸透し、国内外で同時配信が進み、コンテンツのグローバル化が加速する。そのためにも、人材育成が急務。人が育てば、局の未来は悲観するものではない」。
白川氏はフジの一連の報道を女性として、経営者や番組制作者として注意深く観ていたという。
「さまざまな捉え方ができるのだろうが、女性をモノ扱いしている面があるようにも思えた。これでは局としての信頼は得られないのではないだろうか」
人の自尊心、生きていくうえでの名誉を尊重できる人を育てられるか否か――。ここにテレビの未来があるのかもしれない。

