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三菱商事の洋上風力発電からの撤退で日本の再エネ戦略は見直し必至!

四方を海に囲まれている日本。それだけに広い海を活用した洋上風力発電は、再生可能エネルギーの切り札と考えられてきた。ところがその先頭を走っていた三菱商事が、計画中の3カ所すべてで事業撤退を表明した。その衝撃は地元や政府にも広がっている。文=ジャーナリスト/井田通人(雑誌『経済界』2025年11月号より)

競合の半分以下で落札もインフレで採算取れず

 三菱商事が、千葉県沖と秋田県沖の3海域で進めていた洋上風力発電プロジェクトから撤退すると発表した。事業者に選ばれた3年半前から環境が大きく変わり、建設コストが大幅に上昇したことで、継続は困難と判断した。撤退は、再生可能エネルギー分野の強化を進めてきた三菱商事の経営だけでなく、日本のエネルギー戦略そのものにとっても大きな打撃となりそうだ。

 「地元の皆さまにはご期待にそえない結果となったことを申し訳なく思っている」

 8月27日に東京・丸の内の本社で記者会見した三菱商事の中西勝也社長は、撤退の決断に至った経緯を説明し、神妙な面持ちでそう謝罪した。

 撤退の対象となる3海域は、千葉県銚子市沖、秋田県能代市・三種町・男鹿市沖、秋田県由利本荘市沖。合計の出力は中規模の原発2基分に相当する170万キロワットで、これほど大規模な案件は日本で初めてだ。三菱商事は中部電力の子会社と2021年12月に落札。28年以降に完成させた上で、固定価格買取(FIT)制度を通じて一般送配電事業者に売電する計画だった。

 すでに三菱商事の撤退は「既定路線」になっていた。同社は昨年2月の24年4~12月期連結決算発表時に3海域の事業性を「ゼロベースで再評価する」(中西氏)とし、522億円の減損損失などを計上した。また撤退発表直前には、主要工事を手掛ける予定だった鹿島がすでに撤退していたことが明らかになっていた。それだけに、三菱商事の発表は時間の問題とみられていた。

 それでも日本初の大規模案件だけに、三菱商事の正式発表を聞いた国や自治体、地元市民を含む関係者の衝撃と落胆がいかに大きかったかは、各所で報じられている通りだ。撤退のニュースを耳にした秋田県の鈴木健太知事は「国家肝いりのプロジェクトで国を代表する企業が落札した。よもや撤退などということはないと考えていた」と憤りをあらわにした。

 撤退理由は、世界的なインフレの加速や円安進行、金利上昇などを背景にした建設コストの上昇に尽きる。中西氏も会見で、「経済情勢の激変でコストが2倍以上に膨らんだ」「30年間電気を販売できたとしても投資を回収できない」などと、ここ数年の環境変化がいかに想定外だったかを何度も強調した。

 国の再生可能エネ戦略の行方を左右する重要なプロジェクトを引き受けておきながら、予想外のコスト上昇に直面したからといって手放した同社の姿勢は、確かに非難されてしかるべきだ。

ロシアのウクライナ侵攻以降世界でも撤退相次ぐ洋上風力

 もっとも、「そもそもが安値受注だった」との批判は正しいとはいえない。

 三菱商事連合が3海域を総取りできたのは、他陣営より大幅に安い売電価格を提示したからだ。能代市沖で13・26円、由利本荘市沖で11・99円、銚子市沖は16・49円という提示価格(1キロワット時当たり)は、政府が提示した上限価格(29円)の半値以下か、半値に近い水準で、平均落札価格の19~20円と比べても大幅に安い。そうした事実を踏まえると、安値受注の批判は正しいようにも思える。

 だが、落札当時の洋上風力は、将来的な建設コストが下がることこそあっても、増えることはないと考えられていた。

 局面を大きく変えたのは、22年2月のロシアによるウクライナ侵攻だ。これによって化石燃料の価格が大幅に上がり、欧州を中心にインフレが亢進。欧米の中央銀行がそれを食い止めるために金利を引き上げたことも、建設コストのさらなる上昇を招いた。日本の場合、日銀が金利を引き上げなかった半面、外国為替市場で円安ドル高が進み、資材や機器の輸入価格が大幅に上がったことも痛手となった。中西氏によると、特に風車の値上がりが激しいという。三菱商事の場合、エネコを通じて欧州で建設コストが下がっていった事実を目の当たりにしていたことも、マイナスに働いたのかもしれない。

 23年になると、そうした状況に耐えきれなくなった海外の事業者が次々と洋上風力分野から撤退するようになる。落札企業が事業から撤退した三菱商事と同様の例は、英国でも起きているという。

 そうした予期せぬ出来事に加えて、当時の三菱商事には十分な資金があり、頼もしい味方もいた。

 味方の第一は、20年に中部電力と5千億円で買収したオランダの電力会社、エネコだ。同社はそれ以前から欧州で洋上風力の事業拡大を目指す三菱商事のパートナーを務め、洋上風力の先進地帯である欧州の最新情報やビジネスのノウハウを吸収する上で大いに役立ってきた。

 風車を担う米ゼネラル・エレクトリック(GE)の存在も大きい。同社は高性能の風車を持ちながら、洋上風力では欧州メーカーの後塵を拝してきた。三菱商事と連合を組めば、ウィン・ウィンの強力な関係を構築し、この分野で巻き返せると踏んだ。三菱商事には、他にも有力な売電先である米アマゾン・ドット・コムなどの強力な援軍が控えていた。価格破壊ではあっても、安値受注ではない。それが三菱商事の言い分だろう。そして自信満々で入札に望み、現に総取りしただけに、撤退に最もショックを受けているのは、他ならぬ同社自身に違いない。

 再生可能エネ事業や洋上風力事業を止めてしまうわけではないとはいえ、撤退による大幅な信用低下は避けられないだけに。今後のビジネスは厳しい展開が予想される。

 同社に限らず、総合商社はどこも「脱・化石資源依存」を意識してきた。以前は石油や石炭といった化石資源の権益獲得がビジネスの中心を占めていたが、環境を重視する株主の視線もあり、近年はそうした権益を次々と手放している。その一方で、三菱商事がエネコを買収したように、洋上風力や風力、太陽光といった再生可能エネを新たな収入源に育てようと努力してきた。

 三菱商事の再生可能エネに対する本気度は、22年4月に電力部門トップの常務執行役員だった中西氏を社長に引き上げたことでも分かる。中西氏は1985年の入社以来、電力畑を一貫して歩み、電力インフラの輸出や発電所の運営、欧州における海底送電線事業などに関わってきた。エネコとの共同事業もその1つで、再生可能エネ重視の姿勢を鮮明にするにはうってつけの存在だった。

 会見で自らの去就について問われた中西氏は、「今回は貢献できなかったが、脱炭素には引き続き挑む。責任を全うして経営を続けていく」と述べて辞任を否定した。

 同社は2030年までに脱炭素関連で2兆円を投じる計画だ。続投する中西氏の下、信頼を取り戻し、計画をどこまで実行できるか注目される。

 3海域については当面、不透明な状況が続きそうだ。入札で次点となった陣営に任せるのが最も手っ取り早いが、建設コスト上昇の影響を受けているのは三菱商事以外も同じだけに、引き受けるとは思えない。再公募するにしても、その入札条件は事業者の苦しい立場を考慮してその負担を軽減し、なおかつ利用者の負担もできるだけ抑えるという、極めて難しい匙加減が求められる。

再エネ比率4~5割の基本計画は実現不可能?

 洋上風力をめぐっては、三菱商事連合が落札した第1回の3海域を含め、これまでに3回の入札が実施され、計9陣営が落札している。2回目以降の入札では、売電価格重視の採点方式が修正され、売電時に補助金が上乗せされたり、電気の売り先や価格も自由に決められたりする制度が取り入れられた。

 また、昨今の建設コスト上昇に対しては、建設価格の一部を電気代に上乗せすることを容認。原則30年としていた海域の使用期間についても延長を認める方向で検討に入るなど、事業者への支援体制を強化している。そのため、第2の撤退企業が現れる兆候は今のところないものの、3回目の入札では厳しい環境を反映して応札企業が減っており、いつ撤退企業が現れてもおかしくない状況でもある。予断を許さない状況が今後も続くとみられる中、入札ルールのさらなる見直しが必要となるのは言うまでもない。

 一方、撤退により戦略の練り直しを迫られるのが、政府のエネルギー戦略だ。

 政府は2月に閣議決定されたエネルギー基本計画で、電源構成に占める再生可能エネの割合を、23年度の22・9%から、40年度には4~5割にまで高める野心的な目標を掲げている。

 洋上を含む風力発電は4~8%(23年度は1・1%)と見込む。このほか原子力は8・5%から2割に増やし、7割近くを占める火力は3~4割まで引き下げる。50年の目標として掲げる「地球温暖化ガス排出実質ゼロ」達成のためにも、再生可能エネの普及拡大は欠かせない。

 これまでの再生可能エネは太陽光が牽引してきた。だが国土の狭い日本では、すでに適地が限られてきている。薄くて曲がる日本発の太陽電池「ペロブスカイト電池」もどこまで発電量を増やせるかは未知数。風力発電も適地が限られている点では同じだ。

 これに対し、洋上風力はまだほとんど普及していないほか、日本は四方を海に囲まれ、領海と排他的経済水域(EEZ)を合わせた面積が世界第6位と広いだけに、期待する向きは多い。

 しかし、日本は欧州と異なり建設がしやすい遠浅の海が少なく、陸地を離れるとすぐ断崖絶壁となってしまう。台風も厄介な存在だ。

 しかも、洋上風力は再生可能エネの中で鉄やセメント、希土類(レアアース)といった資材をふんだんに使い、建設コストが最もかかるといわれる。それだけインフレに対する抵抗力は弱いとされ、三菱商事の撤退は一過性の問題とはとらえられないものがある。

 撤退会見後に自らの元を訪れた中西氏に対し、武藤容治経産相は洋上風力の先行きを案じてか、「まだ信じられない気持ちだ。3海域すべてからの撤退は日本の洋上風力導入に遅れをもたらす。非常に遺憾だ」と正直な胸の内をぶつけた。

 その武藤氏には、洋上風力を主力電源と位置づけるべきなのか、主力電源の地位に引き上げるためにはどうすればいいのか再検討し、日本のエネルギー戦略をより現実的なものにする仕事がこれから待ち受けている。