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相次ぐ固定資産税の過徴収ムーブメントを起こし法律改正を 越 純一郎 せおん

せおん代表取締役 越 純一郎

持ち家の人なら誰もが払っている固定資産税。自治体から税額を一方的に告げられ支払っている。これは個人だけでなく法人でも同様だ。ところが、その徴収額に間違いが相次いでいる。根底には複雑すぎる算定方法がある。国と政治家はいつまで放置を続けるのか。聞き手=関 慎夫(雑誌『経済界』2025年11月号より)

越 純一郎 せおんのプロフィール

せおん代表取締役 越 純一郎
せおん代表取締役 越 純一郎
こし・じゅんいちろう 1978年東京大学法学部卒業、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。日米でM&A、証券化、業務企画に従事。2000年帰国し、数多くの企業再生に取り組む。その際にも、固定資産税の実務を活用。法務省の外国弁護士制度研究会委員等の公職を歴任。自ら実業経営にあたる一方、経営者育成の私塾を主宰。固定資産税に関する数少ない専門家として、コスト削減の一環として固定資産税適正化を、多数の企業、税理士を支援。

全国自治体の97%で固定資産税の徴収ミス

―― 固定資産税の課税ミスが続いています。2017年に山梨県南アルプス市が1億4千万円の過徴収額と加算金(金利相当分)の計1億7千万円を還付、同年、東京都武蔵野市でも2億6千万円、千葉県印西市でも3億円の還付がありました。

越 18年にも、横浜市が20年以上にわたるビル数棟の過徴収を認め、うち12年間分だけを、8億8千万円還付しました(加算金込み)。15年の総務省の調査では、09年から11年の3年間だけでも、東京都を除く全国市町村の中の97・0%で、固定資産税の修正事案がありました。もちろん、東京都でも、膨大な件数、金額の過誤徴税と還付が起きています。

―― なぜこのような問題が起きてしまうのでしょうか。

越 役所の事務ミスもありますが、根本原因は税法の欠陥です。最大の問題は、建物の固定資産税と、償却資産(機械や設備。以下「機械等」)に対する固定資産税です。2つだけ例をあげます。

 第一に固定資産税は地方税なので、自治体の担当者が、建物新築時の見積書などを読んで、建物の構造や材料の数量等に基づいて評価額を計算しますが、それには「建築学」と「設備工学」を高度なレベルまで学んでおく必要があり、自治体では全く不可能です。

 第二は、原理的に避けられない、「建物と償却資産の二重課税」です。そもそも、建物の評価額の中に空調、照明など、さまざまな機械等が含まれています。

 問題は、役所が「建物評価額の中の機械等の内訳・明細を開示しない」ことです。償却資産については、納税者が「建物評価額に含まれていない機械等」をリストアップして償却資産申告書を作成して納税するのですが、「どの機械等が、すでに建物評価額に含まれているか」が分からないわけです。そして、大半の企業では「漏れがあってはならない」と考えるので、結果的に膨大な二重課税が生じます。

―― それだけの問題があるのに、なぜ是正できないのでしょうか。

越 理由は大きく三つです。第一に、戦前の課税方法、つまり木造家屋を建築資材に着目して課税する制度が現在も踏襲されていて、高層ビルの時代には全く不適なのです。第二に、自治体の抵抗です。簡単に紹介しきれないほどの実態があります。地方独自財源の約半分は固定資産税なので、誤りを認めて減収になると大変だという事情もあるでしょう。第三に、現在の地方税法は、納税者救済制度が極めて不備です。これも負の遺産です。たとえば、432条は、「審査申出は、3年に1度の基準年度にしかできない(しかも90日間だけ)」などとしています。

―― 役所の現場の担当者には改善の意欲はないのですか。

越 真面目な方は多いのですが、法改正なしには根本解決は無理なのです。一方、固定資産税の根拠法規である地方税法を所管する総務省(旧自治省)は、「根が深くて手がつけられない」というのが本音のようで、地方税法改正への動きは全くないようです。

―― だとしたら、必要以上の税金を支払っていた納税者側から強く言わなければ変わらないですね。

越 確かにそうです。ただ、簡単でない場合が多いのです。組織の中のサラリーマンである担当者としては、これまで自分が問題を見逃していた事実を認めるのは、立場上、苦しいことです。上司のメンツと立場も気になるかもしれません。

―― 会社としては間違いなく損をしているのに言えない。保身の塊ですね。

越 保身のために、根拠のない理由を持ち出す例もあります。多いのは「自治体との関係を悪くしたくない」という言い訳ですが、これは全くの迷信です。真の専門家が極めて少なく、どう動いたらいいか分からないという問題もあります。

 ただここにきて、企業は固定資産税過徴収の還付・適正化への関心を強めています。最大の理由はコーポレートガバナンスの強化です。過誤徴収を放置すれば、不作為によって株主に損失を与えることになります。最近では株主総会で、固定資産税の適正化に関する株主からの事前質問が増えているようです。こうなると企業も無視できません。報道例も蓄積してきましたし、判例も積み上がりつつあります。

 昨今、ホットになっている税務コーポレートガバナンスも、まだ国税しかカバーしておらず、固定資産税などの地方税のコーポレートガバナンスは、これからホットになるのでしょう。

経団連が本気になって国と政治家を動かせ

―― ただ、役所も人手不足でかつ専門家が少ない。今のままで対応できますか。

越 当面は過誤徴税が続くでしょう。なぜなら、法律を改正しない限り、解決不可能だからです。法律の改正には、国会を通さねばなりません。しかし、自民党は財政再建に直結する税制改正以外には腰をあげないと、複数の税調関係者から聞いています。

 なお、税法改正のポイントは、役所が税額を算定する「賦課税」である現在の固定資産税を、納税者が税額を計算し自治体がそれを確認する「申告税」に変更することです。役所の担当者数も大幅に削減できます。その際は、取得金額に基づいて評価額を算出する「取得原価方式」が適切です。現在でも、減価償却は納税者が計算しています。大丈夫です。

ただ、地方財政に対する根幹的なインパクトを覚悟しなくてはなりません。

―― 法律改正を伴うため、実現するにはムーブメントが必要です。

越 私が会った複数の税調関係者は、経団連等の経済団体が声を上げれば、政治も行政も無視できなくなるという意見でした。すでに経団連は毎年の「税制改正に関する提言」の中に「固定資産税の負担を軽減・適正化し、納税者の信頼に足る制度とすべく、中長期的な観点から必要な対応を行うべき」と一文を盛り込んでいますし、償却資産に対する固定資産税も「本来的には廃止すべき」と提言しています。これを大きなうねりとし、国と政治家を動かしていく。これが最も現実的な突破口でしょう。

 固定資産税の過誤徴収の発覚は、毎年、数十万件だと報道されています。社会全体の大問題なのです。もし「制度への信頼」が毀損されると、「第二の年金問題」になりかねません。納税者が声を上げ、経済界やメディアがそれを後押しする。それが改革への道です。制度是正には時間がかかるが、租税正義の理想を忘れてはなりません。私自身、企業経営者として、また市民の一人として、この課題に取り組み続けたいと思っています。