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サンリオのテーマパークを海外へ Kawaiiの力で世界を笑顔に 小巻亜矢 サンリオエンターテイメント

小巻亜矢 サンリオエンターテイメント

子どもたちから若い世代、ファミリーまで幅広い層から人気のサンリオピューロランド(以下、ピューロランド)。コロナ禍以降はインバウンドの来場も増え続けている。2年連続で最高益を更新した親会社サンリオのエンジンとなるサンリオエンターテイメントの小巻亜矢社長に、就任6年の現在地と次への挑戦を聞いた。聞き手=武井保之 Photo=逢坂聡(雑誌『経済界』2025年11月号より)

小巻亜矢 サンリオエンターテイメントのプロフィール

小巻亜矢 サンリオエンターテイメント
サンリオエンターテイメント社長 サンリオピューロランド館長 小巻亜矢
こまき・あや 東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。1983年サンリオ入社。結婚退社、出産などを経てサンリオ関連会社に復帰。2014年サンリオエンターテイメント顧問、15年サンリオエンターテイメント取締役、16年サンリオピューロランド館長、19年6月に社長に就任。子宮頸がん予防啓発プロジェクト「Hellosmile」委員長、NPO法人ハロードリーム実行委員会代表理事などを務める。著書に『サンリオピューロランドの人づくり』(ダイヤモンド社)、『Kawaii経営戦略』(髙木健一氏との共著・日本経済新聞出版)など。

赤字続きで予算がない!小さなアイデアで顧客拡大

サンリオ・キティ
クレジット=© 2025 SANRIO CO., LTD. TOKYO, JAPAN  著作 株式会社サンリオ

――  サンリオエンターテイメントに携わって11年目になります。当初の苦境からのV字回復はメディアでも取り上げられてきました。

小巻 顧問に就任した2014年当時がもっとも低迷していた時期でした。赤字が続き、アトラクションのリニューアルなど大掛かりな投資ができない状況で、社員一人一人のモチベーションを上げて、生産性とサービスクオリティを高めるのが最初に取り組んだことです。

 でも、それだけでは売り上げは上がらない。社員全員の一つ一つの小さなアイデアから、イノベーションが起きるようにつなげてきました。例えば、コンテンツ分野の拡大は、それまでやろうと思いながら手をつけられていませんでしたが、来場者のターゲット層を広げるために、男性俳優のみが出演するミュージカルや、大人向けのホラー要素もあるハロウィーンイベント、脱出ゲームなどのイベントをどんどん仕掛けました。同時にいろいろなアウトプットのビジュアルを大人向けに変えていくことで、狙い通り来場者数を伸ばすことができました。

 もうひとつ、お客さまがピューロランドへ行こうと思う動機付けの部分に対して積極的な施策が打てていなかったので、そこに注力しました。例えば、パーク内での身に着けグッズなど、ピューロランドでしか買えないグッズを展開しています。来たからグッズを買うのではなく、グッズを買うために行く。グッズを来場動機にするためにオリジナルの開発を進めました。あわせて、食事でもここにしかない映えるメニューを開発したり、SNSで拡散していただけるようなフォトスポットも設けたりしています。

 どれも大きな投資が必要なものではなく、アイデアとちょっとした方向性の変化です。その積み重ねから徐々に来場者層が広がっていき、お客さま一人当たりの単価も少しずつ上がり、動員と売り上げの両方を着実に回復させました。

―― そのくらいの時期から世の中の話題になることが増えた印象です。

小巻 10年代後半には、ピューロランドのイメージが以前と少し変わったという世の中の反応がありました。それが相乗効果的に広がっていき、コラボするタレントさんが増えたり、アーティストさんからもライブやファンミーティングをやりたいという声をいただくようになりました。すべてがよい方向に転がっていった状況です。

コロナ禍の休館を乗り越え数々の施策でV字回復

サンリオ・フード
クレジット=© 2025 SANRIO CO., LTD. TOKYO, JAPAN  著作 株式会社サンリオ

―― その後のコロナ禍では休館を余儀なくされる厳しい時期もありましたが、明けると再びV字回復しました。

小巻 人流が戻るとあっという間にお出かけ需要が大きくなり、とくにインバウンドが伸びました。そこで、ノンバーバル(非言語)のショーコンテンツを作り、サービス面ではスタッフが多言語ツールを使用するほか、ホームページなどの宣伝も含めて、多言語多様性に対応してきました。同時に、変動価格制を導入して、テーマパークの積年の課題である平日の集客に尽力しました。その結果、現在は平日と土日の来場者数の差がほとんどない状況です。

 コロナ禍は本当に苦しみましたが、そのなかで準備してきたさまざまな施策が今花開いています。ここ数年は、世の中全体の推し活のトレンドが追い風になり、キャラクターに会いたい方がピューロランドにも押し寄せています。キャラクターと一緒に写真が撮れる「キャラグリレジデンス」は、整理券がすぐに配布終了になってしまうほどの人気アトラクションになっています。

―― 現在の客層はどうなっていますか。

小巻 インバウンドが10%、国内のファミリー層が40%、大人女子と言われる層が15%ほど。残り35%が学生グループやお一人さま、そのほかの方々などです。うまくバランスの取れた比率だと考えています。ただ、インバウンドの方も今は団体での来館は少なく、個人でいらっしゃる方がほとんどなので、正確には計り切れていない部分もあります。体感的には30%ほどの日もあります。

―― 京都や鎌倉など人気観光地はオーバーツーリズムが問題にもなっています。ピューロランドではそういった影響はありませんか。

小巻 現在はありません。屋内施設なので消防法で入場者数の上限が決められていますが、入れなかったということがないように予約制でコントロールして運営しています。一方、宗教や文化の違いによる食事の問題や、体調が悪いお客さまへの対応など、オーバーツーリズムとは別の文脈の対応の課題は生じており、その部分の対応は急務です。

入場者数の上限があっても売り上げの伸びしろはある

―― 親会社サンリオの25年3月期決算では2年続けて最高益を更新し、概況ではピューロランドの来客数と客単価の増加による売上高の伸長に触れています。

小巻 おかげさまで好調に伸びています。コロナ禍にさまざまなコンテンツ配信でお客さまとのタッチポイントを途絶えさせなかったことや、オリジナルグッズの強化、変動価格制の導入、プロモーションチームの努力などすべてが絡み合って、よい状況を維持することができています。その結果、今は来場者の多数が新規のお客さまです。もちろんリピーターもいらっしゃいますが、海外を含め、遠方から多くのお客さまが来場されています。

―― 今の課題に考えていることはありますか。

小巻 経営面では、来場者数には上限があるので、これからさらにぐんぐん伸びるとは考えていません。ではどうするかと言うと、ひとつは現状の閉館時間(日によって17時、18時など変動あり)以降の夜間に可能性があると考えています。需要はあるのですが、その時間帯に行っている施設点検やメンテナンスなど安全なパーク運営への影響があり、これまでにも検討はしているものの踏み込めていません。ただ、工夫によってはできるかもしれない。この先の成長を見据えた、動員の天井をもう少し上げるための努力は、これからの課題です。

―― 売り上げの伸びしろはまだまだありそうですか。

小巻 そう考えています。とくに物販です。これだけ豊富なIPがそろっているテーマパークなので、アイデアと意志次第でまだまだグッズの売り上げは押し上げていけます。もうひとつがチケット代。一番高い券種が5900円ですが、ほかのテーマパークと比較して安いと言われています。手頃な価格でファミリー層が行きやすいテーマパークであり続けたい一方、これだけ社会全体で物価が高騰しているなか、検討しなくてはいけない部分でもあります。

―― 物販が好調な背景には、日本人特有の可愛らしさの感性に訴えかけるキャラクターの力がある気がします。

小巻 個人的に思うのは、もともと日本人には、可愛いものへの執着や特別な感情があり、それを手元に置きたい気持ちが強いのかもしれないということです。 21年に設立したKawaii研究所では、世の中のKawaiiが消費行動にどのような影響を与えているか、与えることができるかを、多様な分野で関係機関や企業とともに研究しています。そこからは、人は可愛いものに触れていたほうが圧倒的に幸せを感じ、仕事の生産性も上がる結果が出ています。それは、笑顔になる、ほっとする、癒やされるといった感情をもたらし、心理的安全性にもつながります。現在も研究は続けており、データに基づいたグッズやサービスの開発などにも、今後生かしていけると考えています。

次の成長につながる新規事業のLBE

―― 会社員生活から離れている時期もあります。その期間が今の仕事に影響していることはありますか。

小巻 当時は子育てのために仕事から離れました。その時期は、私にとって宝物のような時間であり、充実していたのですが、一方で私の場合は、社会と関わりたい気持ちもありました。そのときの感情が今も生々しく残っていて、それがあるからこそ仕事ができるありがたみや、その環境の価値を日々感じることができます。毎日ワクワクしながら、もっと世の中に貢献できることがたくさんあると妄想が止まらないです。

―― 未来のために今新たに取り組んでいることはありますか。

小巻 新規事業として取り組みはじめているのがLBE(Location Based Entertainment)です。Kawaiiの力で世界中を笑顔にしていくことを掲げて、サンリオエンターテイメントでやっていることを世界に広げていこうとしています。

 今は組織編成や人材採用など基盤作りの段階ですが、どこの地域のどんな文化で、どういうことをやっていくかビジョンを定めて踏み出したところです。中期経営計画では、27年3月期の営業利益24億円を目標にしています。ロードマップ通りに進行しながら、それを超えるビジネスに育てていくことが私の大きなミッションのひとつです。