クラシエは2年後、創業140年を迎える。この間、カネボウ(鐘紡)として日本最大の企業だった時代、その後の事業再生に取り組んだ時代、など、紆余曲折を経て今日を迎えている。時代の大きな変化に翻弄されながらも今日を迎えたクラシエの、今後の戦略を草柳徹哉社長に聞いた。Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2025年12月号より)
草柳徹哉 クラシエのプロフィール

くさやなぎ・てつや 1965年大阪府生まれ。1989年青山学院大学を卒業し鐘紡入社、ファッション事業本部に配属。2012年クラシエホールディングス企画部長、14年クラシエ製薬マーケティング部長などを経て22年クラシエ製薬社長。今年1月クラシエ社長に就任した。
自立・自律が縦糸 総合力を横糸に
―― カネボウが産業再生機構入りしたのが2004年。化粧品部門などを切り離し、クラシエという社名になったのが07年です。2年後にはちょうど20年になります。
草柳 しかもカネボウ創業から140年ですから、一つの節目だと考えています。それに合わせて、30年以上本社を置いた港区海岸から、高輪ゲートウェイに移転することを決めました。厳しい時代もありましたが、取引先含め多くの方々に支えられてここまでやってくることができました。
―― 以前は持ち株会社クラシエホールディングスの下にクラシエホームプロダクツ、クラシエ製薬、クラシエフーズの3メーカーがぶら下がっていましたが、23年には3社を吸収合併しクラシエ株式会社として再スタートを切っています。
草柳 産業再生機構のもとで、事業再編は一気に進み、次にファンド傘下に入りましたが、ファンドは常に出口を考えているので、事業ごとに収益の見える化を行い、それぞれの事業の自立・自律を目指しました。その後、クラシエは朋友ホールディングスの子会社となりますが、それ以降もそれぞれの事業が独立採算で成り立つような運営を行ってきました。
―― かつてのカネボウは、「ペンタゴン経営」と言われるほど多角化に走り、化粧品などの採算事業で繊維などの不採算事業の赤字を補填した結果、最終的には経営破綻しました。自立・自律にはその反省があるのではないですか。
草柳 そうです。そこで各事業が自立してきちんと利益を上げられるようにすることを、十数年間、最優先でやってきました。ところが、ここにきて原料高や人件費の高騰など、経営環境が大きく変わってきています。また過去30年はデフレの中での経営だったものが、インフレの中の経営という、日本ではほとんど誰も経験していない時代を迎えています。それに対応するためには、クラシエグループの総合力を発揮しなければなりません。これは数年間にわたって議論してきたことで、23年10月にメーカー統合に至りました。ただし、過去と同じ失敗に陥らないよう、カンパニー制を敷き、カンパニーごとの利益はしっかり見えるようにしています。このカンパニー制の縦糸と、総合力の横糸のハイブリッド経営を推し進めています。
「医」「食」「美」に加え「快適」を新たな領域に
―― それからちょうど2年がたちました。成果は上がっていますか。
草柳 まず最優先で取り組んだのがガバナンスの再構築です。経営の執行機能、監査機能、あるいはリスクマネジメントなども含めて根本から見直してきましたが、これは2年間でほぼ出来上がり、今年からグループ全体の経営システムが走り始めました。
逆に今後加速していかなければならないのが、人材の流動化です。これまではトイレタリー(ホームプロダクツ)に入った人はずっとトイレタリー、医薬品ならずっと医薬品で働いていました。これはこれでいいところもたくさんあるのですが、経営人材を育てるという意味でも、いろんな事業を経験できるようにしていきたいと思います。そして何より、社員のやりがいを高めモチベーションを上げていかなければなりません。
2つ目は成長戦略です。イノベーションをいかに起こしていくか。そのために、昨年10月にウェルビーイングリサーチセンターという新しい研究拠点をつくりました。これまで研究所はカンパニーごとにあり、「医」「食」「美」の3つの領域を中心に活動してきました。しかしクラシエの将来を考え、新たに「快適」領域を加えました。ウェルビーイングリサーチセンターはそれを担います。従来の3研究所をつなげ、業際の研究開発を担っていきます。数年後には、ここから新しい価値を創出するイノベーションが起きることを期待しています。
―― クラシエの考えるウェルビーイングとはなんですか。
草柳 日本の生産年齢人口は2040年に6千万人割れとなると予測されています。働き手も減るため、今以上に女性の労働力に頼らざるを得ません。しかし女性には月経など、女性特有の不調もある。その中で活躍してもらうためにも、毎日快適に過ごしやすい商品やサービスを提供するのがわれわれの役割の一つだと考えています。
高齢者も同様です。65歳、70歳の方であっても、元気に働いてもらいたい。シニアが心身ともに健康的に生活できる環境を整えたい。クラシエの主力製品の一つが漢方薬です。この漢方を中心に、お客さまが快適に生活できる価値を創造し、それを広めていく。それがクラシエ流のウェルビーイングということになると思います。
―― 今年8月、台湾発の「DAYLILY」を運営するDAYLILY JAPANを買収しました。これも過去にない動きですね。
草柳 DAYLILYは、台湾の漢方薬局から生まれたライフスタイルブランドで日本国内でもすでに5店舗展開しています。そしてこのM&A、さらには海外展開も今後さらに進めていこうと考えています。これも成長戦略のひとつです。
カネボウ時代は世界中に拠点がありましたが、今は薬品事業の中国工場や韓国以外、ほぼなくなってしまいました。しかし今後日本はさらに人口が減っていくため、これ以上市場が拡大することはありません。ですからもう一度、海外に打って出ます。すでに24年4月に国際事業本部準備室をつくり検討を進めてきました。来年には、アメリカの現地法人がオープンする予定です。これから本格的に市場を開拓します。M&Aについても、チャンスがあればチャレンジしていこうと考えています。これもメーカー統合を行い、総合力を発揮しやすくなったことで可能になりました。
そして最後に、これから必ずやっていかなければならないのが、マーケティングシナジーによる価値創造です。メーカー統合前は、3社がそれぞれマーケティングを行っていましたが、それは今も続いているため、それぞれの連携があまり取れていません。今後はいかにシナジーを出して新たな価値を創出していくかが大きなテーマです。
―― クラシエの成長戦略のためには欠かせないパーツということですね。
草柳 ええ。課題はたくさんあります。それでも今までにはなかった連携も徐々に出てきています。その一つがバリューチェーンの再構築に伴う新工場の建設です。もともと「ねるねるねるね」など知育菓子の工場は、大阪の高槻市と京都の福知山市にありました。今回、これらを統合したのですが、工場の建て替えではなく、新しい土地に新しい工場を建設しています。しかもこのプロジェクトのリーダーは食品事業ではなく薬品事業の人間です。他事業の知見と技術を横展開し、京都工場の竣工に大きく寄与しました。
4月に発売をした「カラダととのうenn you(エンユー)」というドリンクブランドもその一つです。飲料ですから従来のカテゴリーでいえば食品事業になるのですが、これを監修しているのはクラシエ漢方研究所です。クラシエの漢方研究の知恵を生かし、和漢エキスから、女性特有の悩みにアプローチした商品です。
あるいは服薬補助食品の「おくすりパクッとねるねる」もそう。ねるねるねるねに薬を混ぜることで、苦いものが苦手な子どもが楽しく薬を服用することができます。生まれたきっかけは、医療現場で「子どもにお薬を飲ませる際にねるねるねるねを使用している」という声を聞いたことです。それを当社のMRが持ち帰り、医師の監修を受けて製品化しました。
このように、メーカー統合をした効果が、少しずつですが着実に出てきています。
柔軟な組織運営のカギはコミュニケーション
―― 前12月期の売り上げが934億円。1千億円の大台が見えてきています。
草柳 1千億円は近い将来には達成できるでしょうし、2030年には1200億円を目指しています。これは規模を大きくしたいというだけでなく、原材料費や人件費などのコストアップ分を吸収しながら利益を確保するためのトップラインという意味もあります。
私は今年3月に社長に就任するまでは薬品事業のトップを務めていましたが、もともとはカネボウの繊維部門に入社しました。自分で希望した部署でしたので、とてもやりがいがありましたが、途中から会社がどんどんおかしくなっていくのが若手社員だった自分にも分かりました。その経験もあり、いかに利益を出していくか、その仕組みをどうやってつくっていくか、ということに対しては非常に強い思いがあります。
ただし、世の中の環境変化は非常に激しく予想もできません。ですから柔軟に機動的に意思決定していかなければなりません。
―― そのためには何が必要ですか。
草柳 やはりコミュニケーションですね。経営陣や各カンパニープレジデントの議論でも、できるだけ硬直的にならないように心がけています。もちろん社員との意思疎通も重要です。そこで社長に就任して以来、現場をずっと回り、社員との対話を繰り返しています。薬品事業のことなら分かっていますが、食品やトイレタリーの若手社員と話す機会はこれまであまりありませんでした。彼らと話をすることで、会社をどう見ているのか、何に悩んでいるのか、少しは分かるのではないかと思っています。
うれしいのは、多くの社員が会社のことを自分のこととして考えてくれている。彼らの声を聞き、彼らがワクワクしながら仕事をできるようにすることが自分の役目だと考えています。

