経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「ボランティアではなくサービス業」から始まった介護事業の意識改革 植村健志 アズパートナーズ

アズパートナーズ 社長兼CEO 植村健志

首都圏を中心に介護付き有料老人ホームを展開するアズパートナーズ。介護業界は人手不足に悩むところが多いが、アズパートナーズには毎年100人以上の新卒学生が就職する。その秘密は同社のDX戦略にあった。その背景を植村健志社長が明かす。Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2025年12月号より)

植村健志 アズパートナーズのプロフィール

マンション事業15年 起業で始めた介護事業

―― 大学を卒業して選んだのがリクルートコスモスです。リクルート事件で大変な時期だったにもかかわらず、なぜこの会社を選んだのですか。

植村 当時はバブル経済のピークで、いくらでも内定がもらえる時代でした。リクルートコスモスの内定をもらった時は、まだそれほど事件が大きくなっていませんでしたが、その後、大騒ぎに発展していきます。ですから内定辞退者もかなりいたのですが、リクルートグループなら大きな仕事ができそうなのと、社員が楽しそうに働いているのが決め手でした。

 リクルートグループの場合、どの会社に入っても、リクルートの雑誌を担当する、あるいは安比高原のスキー場の配属になる、という異動があるのですが、私は一貫してマンション事業に携わりました。当然事件の影響もあり、売れ残ったマンションを必死になって売るという辛い経験もしましたが、それでも仲間と一緒に働くことが楽しくて、気が付けば10年近くがたっていました。

―― 次はマンションデベロッパーのタカラレーベンです。マンションの仕事が続きます。

植村 30歳ぐらいで多くの人が経験すると思うのですが、自分の将来が見えてきます。リクルートコスモスでは早くに課長になれたのですが、上を見ると10歳年上でもまだ課長だったりする。もっと経営の中枢に関与したいという思いもあって、どうしようか考えているところにタカラレーベンから声をかけられました。当時のタカラレーベンはまだ地場のデベロッパーと言っていいほどの規模でした。私の主な仕事はマンション用地の仕入れや企画開発でしたが、その後支店長になり販売から建設まで見ることができました。在籍したのは5年ほどですが、上場作業にも関与しましたし役員も経験しています。ただ上場したことで自分の役割は終わったと思ったこともあり、もっと自分がやりたいことをやろうと考えるようになりました。

―― やりたいことが介護事業だったのですか。

植村 最初に考えたのは自分で企業風土をつくりたい、つまりは自分の手で事業をやりたいということでした。リクルートコスモス、タカラレーベンの2社に15年ほどいましたから、マンションの仕事はちょっと飽きた。しかも少子化が進む日本で住宅をつくり続けることに疑問を感じてもいました。

 ではこれからの日本がどうなるかを考えると、人口は減るけれど高齢者はどんどん増えていく。それなのに高齢者が豊かな暮らしを送るベースとなる家がないことに気づいたわけです。ここには必ずニーズがある。しかも自分のこれまでのキャリアを生かせる。ですから最初は介護事業というより、住まいをつくる、という方が先でした。でも高齢者が暮らす家となれば介護は不可欠です。そこから介護に入っていきました。

 そこでアズパートナーズを設立。当初はタカラレーベンにも出資してもらい、企業内起業としてスタートしました。

―― それで介護付き有料老人ホームを始めたのですね。老人ホームは世の中にいくらでもあります。アズパートナーズの施設は従来の施設と何が違ったのですか。

植村 2000年に介護保険制度がスタートします。それまでの介護付きホームは、社会福祉法人が社会福祉としてやる事業でした。そのため業界の体質は旧態依然で、効率的に働くとか、収益をしっかり上げる、という意識があまりにも低い。結局働く人の美徳という名の犠牲の上に成り立っていたのです。一方、働き手は働き手で、介護だけをやっていればいいと考えている。ある意味とても不健全で、これを健全な業界にしたい、というのが参入した当初に考えたことです。

介護事業は福祉ではなくサービス業への意識改革

―― 旧態依然としたシステムを変えることは非常に困難です。具体的にどのような方法で変えていったのですか。

植村 働くスタッフの意識を変えました。この仕事はボランティアではない、お客さまからお金をもらう仕事だということを徹底しました。いいサービスをして自分の給料を稼ぐ、福祉ではなくてサービス業だ。よりよいサービスをすればいただくお金ももっと増える。そうすれば給料も上がる。このスパイラルをつくっていこうということです。

―― スタッフの意識が変わることも難しいことだと思います。理解されました?

植村 最初は理解されませんでした。そこでいろんなことを定義しなおしました。例えば私たちが提案しているのは質の高い暮らしです。そのためには住む場所は家でなければならない。そこで施設という言葉は一切使わない。施設ではなくホームであり、施設長ではなくホーム長。お客さまからお金をいただくのだから、常にお客さまが何を求めているかを考える。これをやったらいいと自分たちの介護を押し付けるのではなく、お客さまやご家族の声を聞いてそれに基づいてサービスする。これを徹底したという感じです。

―― マンション開発が長いからハードの充実に力を入れたと思ったのですが、むしろソフトに注力したわけですね。

植村 もちろんハードにもこだわりました。例えば最初は風呂を檜風呂にしよう、居室には毛足の長いカーペットを敷こう、といった具合です。でも檜風呂は足が滑りやすいし、掃除もしにくい。カーペットも高齢者はものをよくこぼすし、わずかな段差にも足を取られる。むしろ危険だということで大失敗。でもこの失敗のおかげで、ハードだけではなく、働くスタッフのサービスというソフトをしっかりやることが大切であることの再確認ができました。

DXで蓄えたデータで始める新ビジネス

―― アズパートナーズの最大の特徴はDXに積極的に取り組んでいることです。しかもDXが一般化するコロナ前から始めています。きっかけはなんだったのですか。

植村 2015年頃から取り組み始め、17年に一気にアクセルを踏みました。介護は大変な仕事です。でも会社として収益を上げるには、それまで10人で働いていたものを9人、8人と減らしたい。ただし単に減らしただけでは現場の負担が増えてしまいます。生産効率を上げるにはどうするか、というところからDXは始まりました。

 これを進めるために徹底的に現場の声を聞きました。何が大変だといったら夜間の勤務だと。あるいは記録を書く時間が負担になっている。いろんな声が出てきました。それを元に開発したのが「EGAO link」です。

 ベッドにセンサーをつけて睡眠・覚醒や呼吸状態などをモニタリングし、スマホでもチェックできるようにする。あるいは記録もスマホだけで入力でき、情報はすぐに共有できる。これによりそれまで5時間かかっていた夜間の定時巡視はゼロとなり、8時間かかっていた介護記録は0・8時間に減りました。その結果、スタッフ2人分の労働時間短縮を実現しました。

―― スタッフたちの反応はいかがでしたか。

植村 一人一人の仕事は楽になる一方で、スタッフの数は減らせるという話をした時は、当然ですが皆きょとんとしていました。そして実際に導入したところ、古株のスタッフの中には、「こんなの介護ではない」と辞めた人もいました。でも私には、絶対にスタッフにとってもプラスになるし、お客さまのサービスにもつながるという信念がありました。そこで4年かけて全ホームへの導入を果たしたのです。

 導入には1ホームにつき2千万から3千万円かかります。けっして小さな投資ではありません。だけど2人ないし3人の削減ができるなら、3千万円も3年で回収できるという計算がありました。

 今ではEGAO linkの外販も行っています。センサーなどはベンダーさんから購入してもらい、われわれはオペレーションの変革などをサポートするコンサルタントという位置づけです。

―― さらなる生産効率の改善には何が必要ですか。

植村 EGAO linkによって働きやすさと人員削減の両立はできましたが、これ以上生産効率を上げるのは難しくなっています。そこで今力を入れているのが、AIによるケアプランの作成です。

 ケアプランは、ケアマネジャーが入居者一人一人に合わせてつくるプランのことで、100室のホームなら100通りのケアプランをつくる必要があります。そしてひとつのケアプランをつくるのに、大体1時間ほどかかります。これを一人のケアマネジャーがつくるとするとかなりの負担になります。

 そこでAIです。AIなら、最短1分でケアプランを作成できます。これだけで生産効率は大きく上がります。これができるのも、われわれには今まで20年にわたり介護事業をやってきたことに加えEGAO linkによって蓄積したデータがあるからです。このデータをAIに学習させることで、効率的に一人一人に合った独自性のあるケアプランをつくることができるのです。これも外販していきます。

 こしたDXが介護業界全体に広がれば、働きやすくかつ生産効率の高い職場になる。そうした未来を目指しています。