かつては「家電を買うなら秋葉原」が常識だった。それが今では「家電は池袋」となりつつある。池袋には業界1位、2位のヤマダデンキとビックカメラが旗艦店を持つが、ヨドバシカメラが西武池袋本店に出店することで参戦を果たす。三つ巴の戦いの勝者は――。文=関 慎夫(雑誌『経済界』2025年12月号より)
池袋が地盤のビック 業界トップのヤマダ
池袋駅の真上に建つ西武池袋本店を旗艦店としていた西武百貨店。ところがセゾングループの落日もありそごうと合併。その後、そごう・西部はセブン&アイ・ホールディングス(7&I)の子会社となる。それでも一向に業績が向上しないため7&Iはそごう・西武を米投資ファンド、フォートレスに売却。さらにフォートレスは池袋の土地建物をヨドバシカメラに売却した。ヨドバシ出店への布石だった。
それに伴い、現在池袋本店は大改装中。7月9日にリニューアル第一弾として3階のコスメティックスフロアがオープン。10月にも地下1階の食品売り場の一部が生まれ変わり、今後は毎月のようにリニューアルオープンが続く。
ただし、現在のところ、不動産を取得したヨドバシの出店は、美容器具の体験型ストアなどわずかにとどまる。計画では、もともと8万8千平方メートルあった店舗のうち、4万平方メートルにヨドバシが出店する計画だが、現時点ではオープン日は発表されていない。
池袋で家電量販店と聞いてまず最初に浮かぶのがビックカメラだ。ビックは1960年代に群馬県に起業したが、78年に東京進出。その場所が池袋だった。以来ビックカメラは現在の東京本店を中心に複数店舗を展開、本社も池袋にある。現在、JR池袋駅ホームの発着メロディが「♪ビックビックビックビックカメラ」というビックのCMソングであることからも、池袋との結びつきが分かる。
2009年、ヤマダデンキ(ヤマダホールディングス)がこの地に殴り込みをかける。当時のヤマダは飛ぶ鳥を落とす勢い。ローカルを含む日本全国に店舗を次々と開店、売上高を大きく伸ばしていく。一時は日本の家電の1割以上をヤマダが販売していたほどで、そうなるとメーカーに対する価格交渉権も強くなる。それにより他社より低価格での販売が可能となり、それがさらに売り上げを伸ばすという好循環が生まれていた。その勢いのままに、池袋駅前、ビックとは道路を挟んだ位置に、当時では売り場面積日本最大級という店舗をオープンした。店名に「日本総本店」とつけたところにもヤマダの野心が見て取れる(のちに池袋本店に変更)。
ヤマダは量販店第一位。それに対してビックは2位だが、東京の店舗は秋葉原、有楽町、池袋、新宿、渋谷という集客力のある場所の駅前に店を構える。都市型量販店の最右翼だ。その両社が池袋を舞台に鎬を削っている、というのがこれまでの構図だった。
そこにヨドバシが参戦する。どんな売り場になるかは現時点では分からないが、百貨店施設との複合型になることは間違いなく、回遊性を高めシナジーを生み出そうとするはずだ。すでに昨年には、美容家電や化粧品などを体験できる「ヨドブルーム」という名の新業態店舗が先行オープンしている。ヨドバシが本格的にオープンする時も、圧倒的広さを生かして来店客にさまざまな家電等を使ってもらい、販売につなげる可能性は高い。つまりコトを体験してもらってモノを売るという戦略だ。
百貨店と量販店の両立がヨドバシの課題
問題は、ラグジュアリー商品と家電をどう融合させるか。西武池袋本店をヨドバシへの売却が明らかになった当初、そごう・西武の労働組合は激しく反発した。さらには豊島区長まで苦言を呈した。その背景には、贅沢を楽しむ百貨店と価格指向性の強い家電量販店は相容れないという「常識」がある。
実際過去を振り返っても、現在のギンザシックス場所にあった松坂屋銀座店が、中国の爆買い客を当て込んで中国資本になっていたラオックスを入居させたことがあったが、成功したとはいいがたい。ある意味これは大いなる実験と言っていい。
もちろんビックやヤマダも手をこまぬいているわけではない。
9月、ヤマダの池袋本店が大リニューアルを終えてオープンしたが、これは明らかにヨドバシを意識してのもの。上野善紀・ヤマダホールディングス社長も「ヨドバシさんが池袋に来るのがきっかけになった」と正直に告白する。
前述のように、ヤマダの最大の武器と言えば価格競争力だ。それをさらに高めるために、SPA(製造小売り)化に取り組んでいる。
家電量販店の売り場に行けば分かるが、かつて世界を「支配」した日本の家電メーカーの凋落がはなはだしい。テレビ売り場で一番目立つのは中国メーカー。白物家電でも中国製の浸食が目立つ。日本メーカーで唯一元気なのは、独自の商品戦略を掲げるアイリスオーヤマぐらいのもの。いずれにしても、既存の国産メーカーよりもはるかに安い。
しかし人口減少もあり市場成長が止まった今、安く商品を仕入れてそれを低価格で大量に販売したところで利益を上げるのは難しい。
そこでヤマダは家電のユニクロ化を目指し始めた。すでにテレビ売り場や洗濯機売り場にはPB商品が並んでいる。SPAなら、安くても一定の利幅を確保できる。上野社長が、「将来的にはPBを2割程度まで引き上げたい」と語っているように、今後さらに売り場にPBの占める比率は高まっていくだろう。
百貨店に来た客をターゲットに家電を売りたいヨドバシと、あくまで価格にこだわるヤマダ。この対極の戦いの軍配は果たしてどちらに上がるのか。当然だが、「池袋はわが地盤」と自負するビックが黙っているはずがない。今後、新たな戦略・戦術を繰り出してくるはずだ。
ヤマダホールディングスの創業者でもある山田昇会長は「かつては秋葉原が電気の街、池袋は百貨店の街だった。今回のリニューアルで、池袋が日本を代表するような家電の街となる」という。秋葉原がカルチャーの街となり相対的に家電の街のイメージが低下しているだけに、それは十分可能だろう。その覇権をかけた戦いがこれから始まる。

