米国のトランプ政権の動向に、日本の自動車業界が戦々恐々する中、追い風を受けている企業がある。孫正義社長が率いるソフトバンクグループだ。孫社長は米国の規制緩和を期待しており、かつて断念したTモバイルUSの買収に再び動くという観測も出ている。文=ジャーナリスト/堀 義明
キーワードはシンギュラリティ
2月8日に開かれたソフトバンクグループの2016年4~12月期連結決算会見と説明会。大統領令でイスラム圏7カ国からの入国禁止に踏み切るなど、物議を醸すトランプ政権の政策に関する孫社長のコメントが注目された。しかし、記者の質問に対して孫社長は「政治まわりの問題にはコメントしない」と繰り返した。グーグルなど米国の名だたるIT企業のほか、日本では楽天の三木谷浩史会長兼社長も苦言を呈したほどだが、孫社長はあくまで、米政権の批判を避けた格好だ。
説明会で孫社長に対し、トランプ政権に関する質問が相次いだ背景には、昨年12月6日(現地時間)、ニューヨークのトランプタワーで行われた就任前のトランプ氏との会談がある。会談終了後、記者団の前に現われたトランプ氏は孫社長を紹介し、「マサは業界で最も素晴らしい男の一人だ」と賛辞を送った。それもそのはず、孫社長はトランプ氏が最も喜ぶ「お土産」を持って訪れたのだ。今後4年間、米国で500億ドル(約5兆7千億円)を投資し、5万人の雇用を創出することを約束したという。
トランプ氏の歯に衣着せぬ発言は就任後も続き、米国の主要マスコミは総じて批判的だ。政権批判は避けたい一方、トランプ氏をかばえば、批判を受ける可能性もあり、ノーコメントを貫いたとみられる。説明会では、「トランプ大統領にすり寄ると見られたらマイナスの面もあるのではないか」という質問さえ出た。孫社長は「私はインドでも英国でも首相に会った。投資をするにはその国の法律や規制と齟齬があってはいけない。コミュニケーションをはからなければならない」と反論した。
そういった質疑の中、孫社長の本音とみられる発言が出た。
「シンギュラリティ(特異点)や半導体チップの革命、モバイル・スマートフォンの革命というのは、あらゆる国でチャンスがやってくる。その中心的な国である米国には当然、チャンスが真っ先にやってくると思う」
シンギュラリティというのは、人工知能の能力が人間の脳を上回ることで、孫社長が日頃から「ビジネスの定義を変える」と指摘している出来事だ。昨年、3兆3千億円を投じて英半導体設計大手アーム・ホールディングスを買収したのも、一説には30年後に起きると言われているシンギュラリティを見据えてのもの。こうした大転換を見据えるソフトバンクグループにとって、世界一の経済大国である米国でのビジネスチャンスは極めて重要だということだ。
Tモバイルを買うかスプリントを売るか
孫社長は13年にスプリントを買収したが、実は続いて同じく携帯大手のTモバイルUSも買収する構想があった。両社を合併させることでベライゾン・コミュニケーションズやAT&Tに対抗するつもりだったのだ。しかし、米国から見て海外の企業が通信大手の一角を占めることに当局が難色を示し、この構想は実現しなかった。
当時はオバマ政権で、連邦通信委員会(FCC)の委員長はトム・ウィーラー氏が務めていた。しかし、政権交代で規制緩和を重視するアジット・パイ氏が後任に就く。トランプ氏もことあるごとに「規制を緩和する」としており、孫社長がTモバイルUSを再び買収しようとすれば、今回は認められる可能性もありそうだ。
買収した直後のスプリントの業績不振は、ソフトバンクグループにとって悩みの種だった。孫社長は一時、スプリントの売却に傾き、買い手を探したが見つからなかったという。しかし、孫社長自らネットワークの責任者として通信状況を改善したほか、徹底的なコスト削減を進めた結果、業績は上向いてきた。決算発表で孫社長は、TモバイルUSの買収に再び打って出るかを問われ、「3、4年前は買収というただ一方向で考えていた。現在は買うかもしれないし、売るかもしれない」と煙に巻いた。スプリントの先行きに自信が出たことで戦略に幅が出た格好で、「単独で走るのも選択肢の一つだが、あらゆる可能性に対して心を開いている」と述べた。
そして、米通信社は2月17日、ソフトバンクグループがスプリントの経営権をTモバイルUSの親会社であるドイツテレコムに譲渡することを検討していると伝えた。ソフトバンクグループはこの報道についてコメントしていないが、まずスプリントとTモバイルUSを合併させ、その後、新会社の経営に関与しようとする可能性がある。
また、ソフトバンクグループは2月15日に、米投資会社フォートレス・インベストメント・グループを買収すると発表。他の投資家と共同で買収額の33億ドル(約3700億円)を支出するという。近く設立するビジョン・ファンドの運営にフォートレスのノウハウを活用する狙いがあるとみられる。
批判も多いトランプ政権との親密さや、他の投資家の利益も考えなければならないファンドを通しての投資には、マイナス面もありそうだ。しかし、2月の決算発表時、「ソフトバンクは世界中で攻め続けている」と強調したように、孫社長が壮大なM&A戦略を描いている可能性は大きい。
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