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『西郷(せご)どん!』で表現した西郷隆盛の知られざる青春群像―林 真理子(小説家)

偉人・西郷隆盛。知っているようで知らないその数奇の人生ドラマを、林真理子さんが描き切った『西郷(せご)どん!』。2018年大河ドラマの原作だ。その読みどころを著者自ら語ってもらった。聞き手=榎本正義

青年期の西郷隆盛は本当は何を成したのか

林真理子

はやし・まりこ 1954年山梨県生まれ。日本大学芸術学部卒業。コピーライターとして活動後、86年『最終便に間に合えば』『京都まで』で直木賞、95年『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞、98年『みんなの秘密』で吉川英治文学賞、2013年『アスクレピオスの愛人』で島清恋愛文学賞を受賞。主な著書に『ルンルンを買っておうちに帰ろう』『不機嫌な果実』『下流の宴』『正妻 慶喜と美賀子』などがある。

―― 『西郷どん!』の見どころについてお聞かせください。

 西郷隆盛(吉之助)の名前は知られていますが、人柄や具体的な偉業はあまり認知されていないのではないかと思います。薩長同盟締結や、江戸城無血開城。あとは上野公園に銅像があることはとても有名ですよね。ですが、私は変革期の日本で、西郷が本当は何を成したかったのかを解き明かしたかったんです。そして資料を辿っていくと青年期の西郷は決してエリートではなく、不遇の中にいたということが分かりました。

西郷は薩摩の貧しい下級藩士の生まれですが、同じ郷中の友人たちは若くして江戸詰めになっていきます。華やかな江戸詰めになるエリートと、彼のように地元の藩で暮らす者の2通りがいて、西郷は自分のような者でも藩のために役立つことがあると納得して友を見送ります。西郷という人を象徴するエピソードとして、私はとても好きなシーンです。

知られていない西郷の一面と言えば、彼は実は3度も結婚しているのです。最初の妻・須賀とは両親の勧めで結婚しますが、その直後に祖父と両親を相次いで亡くし、幼い5人の弟妹を養わなくてはいけなくなります。このとき一番下の弟・小兵衛とは21歳も年が違いました。結局、須賀とはそりが合わずにすぐ離婚してしまうんですね。

2度目の妻・愛加那は奄美で吉之助を支え、2人の子どもをもうけますが、吉之助が鹿児島に帰る際、島で出会った妻を連れ出せない規則のために別れます。この時の長男・菊次郎は西郷家に引き取られ、西南の役に参加し、後に京都市長となります。

3度目の妻・糸は賢夫人だったので、この人とだけ結婚したと思っている方も多いですが、そうではありません。

西郷隆盛について執筆したきっかけは?

―― 歴史家の磯田道史さんが「西郷隆盛をやってみれば?」と言われたのが執筆のきっかけとか。

 そうなんです。海音寺潮五郎さんの『西郷隆盛』や司馬遼太郎さんの『翔ぶが如く』があるので、私がそこに入っていく意味があるかなと考えたんですが、男性的なイメージのある西郷を女性の私が書くことが楽しみだと言われました。私は女性視点で書いたつもりはありませんが、どんな方が読んでも読みやすくなるよう心掛けていました。

ただでさえ複雑な幕末で、さまざまなことに関わる西郷を描くのは挑戦でした。磯田さんから言われたときは無理なんじゃないかなとも思いましたが、背伸びしないと成長なしというのがモットーなので、この2年半は正面から西郷に向き合ったつもりです。

今回の作品では、島津斉彬の死に絶望して鹿児島の錦江湾で心中をしかけたことや、若い時に島流しにあっていることなど、彼の輝かしい経歴ではない部分にも焦点を当てています。英雄は最初から英雄だったわけではないし、彼はとてもどんくさい面もあります。エリートでもなく、武芸はけがをしているのでダメだったし、学問もそんなにできたわけでもなかったのではと思います。矛盾とも思える行動をとることもある人なんです。

ですが最後まで書ききって、私はやっと西郷隆盛という人物が理解できたように感じています。国が生まれ変わるときには死ぬ者がいる、それを分かっていたのが西郷なんです。未来はどれだけましな世の中になっているんだろうと思って死んでいったのに、この後いくつもの戦争を迎え、彼らが目指していた理想の国家に結局たどり着けなかったと思うと申し訳ない、切ない気持ちになります。『西郷どん!』の最終回を書きながら、感無量で泣いてしまいました。そういう不遇な人だったところも人気の秘密だと思います。

偉人西郷隆盛の数奇の人生ドラマと『西郷どん!』3つの読みどころ

西郷どん!―― 『西郷どん!』は、幕末が日本一分かりやすく読めること、人生観を変えた3度の結婚、時代の変革期のリーダー像という3点が、読みどころだと感じています。

 歴史小説を書くのは初めてではありませんが、月に1回チームで勉強会を開き、膨大な資料を基に事実を確認しました。例えば年譜で日々の行動を見ていくと、高崎で五代友厚と西郷は会っています。当時、暴騰していた生糸を買い付けるためですが、金儲けをする商人は軽蔑していたのに、意思を変えたのかとか、山のように出る疑問点をチェックしていきました。それを基に菊次郎の回想によって客観性を持たせたり、妻からの視点も加えています。

―― 明治150年ということで、今回の『西郷どん!』は話題を集めています。

 3年くらい先までお仕事が決まっていますが、この先、何を書こうかと考えながら35年間この世界で食べさせていただいています。どんどん連載の舞台が大きなっていくのはありがたいと思っています。若いころにデビューして私の年齢になると、息切れする方もいらっしゃいますが、今回、いいお仕事ができたと思っているので、今後もまだまだ頑張りたいです。

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