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「不透明な時代だからこそトップは悠然と構えるべき」―村井 温(ALSOK会長CEO)

村井 温・綜合警備保障(ALSOK)

インタビュー

東京オリンピック・パラリンピックで警備を担当するALSOK。ここで20年間にわたり社長、会長を務める村井温氏は、警察官僚を経て入社した。官から民へと転身した村井氏が、この20年間心掛けてきたことは一体何だったのか。そしてそれが経営にいかに反映されたのか。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(『経済界』2021年7月号より加筆・転載)

村井 温・綜合警備保障(ALSOK)会長CEOプロフィール

村井 温・綜合警備保障(ALSOK)
(むらい・あつし)1943年生まれ。66年東京大学法学部を卒業し警察庁入庁。中部管区警察局長を最後に退官し、96年預金保険機構理事。97年、父・村井順氏が創業した綜合警備保障に顧問として入り、98年副社長、2001年社長に就任。12年から会長CEOを務める。

創業精神を引き継ぎ次代に渡すのが使命

―― 今年は社長に就任から20年という節目の年です。この間、社長、会長としての何を心掛けてきましたか。

村井 まずは日本社会の安全を守るという理念を持った警備会社を継続させるということです。そのためにはお客さまにありがとうと言われるサービスをしっかりと提供する。お客さまとは単に契約を結んだ関係というのではなく、それにプラスした形で安全をきっちり守っていく。それがあって初めて「よくやってくれた」と感謝される。これが基本です。

 これは当社が創業時から守ってきていることです。この創業精神を確実に引き継いで次の世代に引き渡す。これが経営者としての大きな使命だと思っています。

 ですから警備会社として、あまりあちこち手を広げるのではなく、本業をしっかり守っていく。さらには浮ついた利益は求めない。そういう考えに基づきながら、会社をしっかり発展させ、一流企業に成長させる。そして社員に対してはそれにふさわしい処遇をしていく。お陰さまで社会的な評価はかなり高くなったと思っています。

創業者の父、村井順氏のこと

―― 村井会長は元警察官僚ですが、創業者の父・村井順氏も警察官僚出身で、ALSOKを設立したのは56歳の年です。当時でいえば定年も過ぎています。よくその年齢で起業しましたね。

村井 父は警察庁を退官したあと、1964年の東京オリンピック組織委員会の事務局次長を務め、創業したのはオリンピックの翌年です。父はもともと内務官僚で、戦後、内務省が解体されて警察庁に入り、そこで警備課長などを務めたあと、初代の内閣情報調査室長に就任しています。つまり日本の治安に深く関わってきました。その経験から、日本の治安・安全は日本人が守るべき、と考えていたそうです。ところが当時の日本にあった警備会社は外国資本が入っていたので、自ら警備会社を立ち上げたということです。

 私は当時大学4年生で就職活動中でしたが、父親の思い切った決断に感心したことを覚えています。でも父の周囲は、そんなことしなくても官僚出身者として第2、第3の就職先はいくらでもあると猛反対。賛成してくれたのは中学時代の友人、たった1人だったそうです。

―― 村井会長も警察庁退官後、預金保険機構を経てALSOKに入社。まるで父親の後を追っています。

村井 私は当初は全くその気はありませんでした。会社は兄が継いでいましたが、兄が体調を崩してしまい、手伝ってほしいと言われ、入社を決意しました。

村井温ALSOK会長

利益はトップよりも4万5千人の社員に還元

―― 官と民では見える世界が違うでしょう。

村井 役所というのは、きちんと筋を通せば法律ができ、予算もつきます。ところが民間企業は、筋を通したところで儲からなかったらどうしようもありません。そこがまるで違います。立派な仕事をして対価を頂き、きちんと儲けて社員に還元し株主に配当する。さらには将来に備えて資金を積み立てる必要もあります。そのためには経営トップがあまりお金を使ってはいけません。

―― それも創業者の教えですか。

村井 いえ、これは私が来てからさらに厳しくしたことです。例えば、私が乗るクルマも、ランクを下げてきました。あるいはメセナ活動的なことは一切やっていません。やるとしても、それは社員に業界最高の給与を払えるようになってからで、順番が違います。

 よく勘違いされるのは、スポーツ選手を支援しているのは私の趣味でないかということです。あれは広告宣伝のためで、選手が好成績を出せばそれに伴い会社の知名度も上がる。実際、スポーツ選手を広告に起用したことでALSOKの知名度は非常に高くなりました。

―― 最近は経営トップの報酬がどんどん上がっています。ALSOKの場合はいかがでしょう。

村井 私が社長の時は、むしろ給料を下げました。確かに最近は経営者に多額の報酬を支払う会社が増えています。それはそれでひとつの考え方ですから、全く否定するものではありません。でもALSOKは、現場で安全を守っている4万5千人の社員で成り立っています。そういう会社ですから、トップの報酬を上げるよりもまずは社員に還元する。そう考えています。実際昨年まで7年連続でベースアップを行っています。

―― それ以外にも社長・会長時代を通じて変えてきたことはありますか。

村井 官僚の世界は、歴史と伝統があるので、ある程度組織をつくり、規則をつくればあとは自動的に動いていきます。何か大きな事件や事故があっても、こういう時はこう動くということが決まっているため、それぞれの組織が自律的に動くことができます。

 ところが民間企業はトップダウンで動かすところがかなり多い。私も社長に就任してしばらくはそうやってきたけれど、やはり1人きりでやるのは辛い。そこで考え方を改めて、必要な人材を社内から集めるだけでなく、必要なら外部から人をいただいてきました。今の社長(青山幸恭氏)も、そうやってきてもらった人の1人です(青山社長は財務省出身)。私1人からチームへと、意思決定のやり方を随分と変えています。これで私の負担はかなり軽減されました。

―― 先ほどおっしゃったように、警備会社は現場の社員が支えています。しかも現場に急行する必要があるため拠点も点在しています。そうした社員に対して経営側の意思を浸透させるのは大変な作業です。

村井 おっしゃるとおりです。ですからできるだけ発信するようにしています。全国の支社長や子会社の社長には会議などで直接意思疎通を図ることができます。次に彼らから各組織に落としていく。

 でもこれだけでは不十分ですので、支社や子会社へ行ったり、メールマガジンなどを通じて、私の考えを、直接全社員に伝えています。メルマガは月に2回、毎回自分で文章を書いています。もっとも真面目な内容は社長以下にまかせて、私は息抜きになるようなことを書くことが多く、最近では首相官邸の幽霊の話を枕にして、最後にちょっと教訓的なことを書きました。

トップが慌てれば組織は大混乱に陥る

―― コロナ禍はいまだ収まる気配を見せません。ALSOKがスポンサーを務める東京オリンピック・パラリンピックも、本当に開催されるのか、現時点(4月21日)では不透明です。このように先の見えない時代に、リーダーに求められるものは何ですか。

村井 簡単で、悠然としていることです。私は警察官僚として、いくつもの修羅場をくぐってきましたが、その経験から学びました。先が見通せない時は、誰もが不安になり、脅えます。

 そんな時にリーダーも一緒になって右往左往していたら、組織は混乱してしまいます。そうではなく、リーダーがいつもと変わらぬ態度で部下に「落ち着け、やれ」と指示すれば、組織はちゃんと動きます。落ち着いて対処できれば、いい知恵も浮かんできます。

 ですから1年前にコロナが流行してからも、私はできるだけ普段どおりに行動しています。社員に対しても、感染防止に努めるのは当然としても、あまり気にしないようにと伝えてきました。

―― 「リーダーに問われるのは先見力」といった答えが返ってくると思っていました。

村井 あったらいいですね。先が見通せたら、これほど楽なことはない。でもそんな人がたくさんいますか。過去から現在にいたるまでいろんな予測が出ていますが、ほとんど当たったためしがない。リーマンショックだって予見できなかったし、ましてや大震災や今度のコロナだって、まさか起きるとは思わなかった。ですから警備会社にとっては、先を読むことにきゅうきゅうとするよりも、今の仕事を粛々と続けていくことのほうが大切です。

村井温会長が考えるALSOKの課題とは

―― とはいえ、将来予測がなければ経営計画も立てられないのではないですか。

村井 もちろん、必ずくると分かっている変化に対しては、しっかりと対応していきます。例えば少子高齢化やデジタル社会の進展などです。

 幸い警備会社のビジネスはストック型で、一度契約していただけたらしばらくは続きます。そのため、極端に業績が上下することはありません。その間に、対応を進めていく。人口減少時代に突入したため、今までのように人材を採用することは難しい。そこでAIやIoT、ロボットやドローンを活用して、最先端のサービスを提供していきます。そのために社内のR&D部門には数百人の社員が働いています。

 キャッシュレス化の影響も無視できません。現金などの警備輸送は大きな柱のひとつで、年間取扱現金総額は約457兆円に達します。しかしキャッシュレス化すれば、業務は縮小していきますし、現に日本中のATMの台数は減っています。ただし今のところ、われわれの取扱現金はむしろ増えていますが、間違いなくキャッシュレス化は進みますから対応が必要です。

―― 課題山積ですね。

村井 でもわれわれは社会のインフラとして多くの人に必要とされているのも間違いない事実です。ですから本業を大黒柱としてきちんと守っていく。その一方で、周辺の業務や警備で培ったノウハウを使う新しいサービスなどをつっかえ棒として活用していく。そのバランスが重要になってくると思います。