ゲストは、名古屋市に本社を構え、「幻の手羽先」が人気の居酒屋「世界の山ちゃん」をはじめ、全国に76店舗の飲食店を展開するエスワイフード代表の山本久美さん。「カリスマの会長のまねはできない。私にできる経営を心掛けてきた」と話す山本さんの自然体の経営に迫ります。聞き手=佐藤有美 構成=大澤義幸 photo=上山太陽(『経済界』2022年5月号より加筆・転載)
創業者の急逝で事業承継 心掛けた自然体の経営
佐藤 創業者でご主人の重雄会長が亡くなられて5年。突然の事業承継にご苦労も多かったと思います。
山本 主人は大動脈解離で急逝し、社員もお取引先さまもパニックになりました。私も心の整理が付かない中、周りから「社長をやってください」と言われ1度は断りましたが、これも運命と受け入れることにしました。承継するからには、社員と共に会社を成長させようと決めました。
佐藤 前職は小学校の先生でしたよね。勇気の要る決断でしたね。
山本 おっしゃるとおり、経営も、会社勤めの経験もなかったので、「分からないことは分からないと言う」「誰にでも聞く」「ミーティングや掃除に積極的に参加する」「つらいことがあっても会社を休まない」というルールを自分に課し、できることを一つ一つ増やしていきました。代表就任時の挨拶でも、「私はお店や経営のことは分かりません。少し歳を取った新入社員が入社したと思って、一から教えてください。会長亡き後、皆さんの力が必要です。一緒に会社を成長させましょう」と話しました。
佐藤 その誠実さは社員に伝わりますよね。偉そうな態度でいきなりトップダウンの改革を始めても反発されるだけですし。経営者になって最初に取り組まれたことは。
山本 幸い店舗運営が順調だったので、私は「利益を残すこと」と「本部機能の強化」に専念できました。組織改革では部署ごとの責任を明確にし、スペシャリストを育てる体制を整えました。並行して、社是やミッション、ビジョンを明文化し、全社の価値観の共有を図っています。
佐藤 身近なやれることから着手されたわけですね。
山本 はい。意識したのはお客さま目線、女性目線です。例えば商品開発では、家族連れや女性客を想定し、プラス1品の注文となるデザートを強化しました。また子育て中のお母さんが息抜きを兼ねて飲食を楽しめるよう、一部店舗に保育者を置く託児型キッズルームを併設しました。1人100円で利用可能です。
佐藤 それは助かりますね! 他店とのコラボや新業態も増えました。
山本 1年目は生前の会長が決めていた以外の出店は控えましたが、2年目からは幹部の意見も聞きつつ、従来の赤提灯的なザ・居酒屋ではなく、若者も入りやすいカジュアルな店舗を出しています。また、ラーメン店「一番軒」とコラボし、「幻の手羽先」を出したり、フレンチトースト専門店 「HITAPAN」、落ち着いた空間で手羽先やお酒を楽しめるワンランク上の「山」なども展開しています。他には、冷凍手羽先をスーパーに卸したり、「コメダ珈琲店」さまで山ちゃん監修のテイクアウト手羽先も始めました。現在はキッチンカーでの販売も拡大中です。
佐藤 キッチンカーですか。
山本 はい。この2年間で16店舗を閉店しており、コロナ禍の店舗運営のリスクの高さを感じました。閉店の際には、それまでの家賃や原状回復費用も掛かります。今後は店舗にこだわらずブランドを生かした事業をしていきます。キッチンカーは初期費用も安いので、今後は全国でFCオーナーを募り、飲食で地域を元気にしていきたいですね。
会社が未来に生き残るには変化への対応力が必要
佐藤 背伸びせず山本さんの等身大の経営をされている印象です。会社を思う気持ちの強さも感じます。
山本 ありがとうございます。私はオーナーとして経営で自分の考えを貫くこともできますが、社員から慕われていたカリスマの会長のように振る舞うのは無理です。私は会長の考え方や風土を伝えつつ、幹部や社員に任せていこう、皆が方向性を見失わないように努めよう、と自然体の経営を心掛けてきました。
佐藤 私も事業承継した時、父でもある主幹のまねはできないという思いでした。社長になって20年たちようやく自分の経営が見えてきたところです。経営は面白いですか。
山本 主人が他界したことは人生で一番つらい出来事でしたが、もっとつらい思いをされている人たちはたくさんいます。私のそばには、守りたい会社、社員、可愛い子どもたちもいます。専業主婦のままではできなかった経験を通して、働くことの大切さを教えてもらっています。
佐藤 今後、会社をどうしていきたいですか。
山本 会社が生き残り継続するためには、時代の変化、環境の変化、心の変化への対応が不可欠です。今は30代の社長を抜擢し、2人体制で経営をしています。これも「世界の山ちゃん」がお客さまからもっと愛され、社員が成長できる会社にしていくために、新しい考え方を持つ若いリーダーが必要との思いからです。私の考える社長の条件は、「24時間会社のことを考えて生きられること」。彼は会社のためにすべてを注げる人です。会社も人も変化しながら、創業者や先人への感謝を忘れることなく、魂や伝統を受け継いでいきたいですね。