1970年、幼かった髙科淳氏にとって万博は家族と過ごした記憶のひとコマだった。70年万博から半世紀、彼は大阪・関西万博の副事務総長としてプロジェクトの指揮をとる。時代は「未来を楽しむ」から「課題解決のために未来を考える」へ。髙科氏の視点を通じ、万博の意義とレガシーを紐解く。構成=佐藤元樹 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2025年3月号「万博の夢と希望を、もう一度!」特集より)
髙科 淳 公益社団法人2025年日本国際博覧会協会理事・副事務総長のプロフィール

たかしな・じゅん 神奈川県藤沢市出身。1989年、通商産業省(現・経済産業省)入省、2000年内閣総理大臣官邸副参事官、13年資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部政策課長、17年資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部長、19年観光庁国際観光部長、20年内閣官房国際博覧会推進本部事務局次長(内閣審議官)、22年2025年日本国際博覧会協会理事・副事務総長。
パンデミックで高まった万博テーマの重要性
―― 髙科さんの万博との関わりやこれまでのキャリアについて教えてください。
髙科 最初の出会いは1970年の大阪万博でした。当時5才で、家族に連れられて行きました。でも、正直ほとんど覚えてません(笑)。太陽の塔の前で撮った写真は残っているのですが。
2005年の愛・地球博も海外赴任のタイミングと重なったため行けず、これまで万博とは縁が遠かったんですよ。
本格的に関わり始めたのは18年。観光庁で国際観光部長をしていた時に、「政府として万博を進めるので、推進本部を立ち上げてほしい」と言われ「万博の準備?」と驚きながらも引き受け、内閣官房にある設立準備室に行きました。当時の準備室はたったの3人の小さな組織でした。そこから万博推進本部の立ち上げを進めて、体制を整えていったんです。
内閣官房の任期が終わる頃、次の異動先を考えていたら、前任者が早めに東京に戻ることになった。それで「次は大阪の博覧会協会に行ってくれ」と言われました。人生初の地方勤務、単身赴任が始まりました。
まさか、ここまで深く万博に関わるとは思っていませんでしたね。
―― 今年の万博を日本で開催する意義、そして過去の万博との違いについて教えてください。
髙科 「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマはコロナ禍前に決まりました。その後、パンデミックを経て命の尊さや未来の在り方について考え直す機会が生まれ、さらにウクライナ侵攻や気候変動など、大きな課題が次々と押し寄せる中で、このテーマの重要性が一層高まったと感じます。
日本は「社会課題先進国」とも言われますが、高齢化や環境問題、災害対応といった課題を乗り越えるモデルを世界に示すチャンスがあります。大阪・関西万博には161カ国(2024年12月現在)の国々が参加し、課題や希望を持ち寄ります。その半年間で、どれだけ刺激的な議論やアイデアが生まれるか、非常に楽しみです。
1970年万博は高度経済成長期に未来への夢や希望を象徴するイベントでした。70年万博の記録映像に映る、ゲートが開くと同時に笑顔で駆け出す人々の姿は、万博の魅力を象徴するシーンと言えるでしょう。
一方、今回の万博では技術革新や社会課題解決、持続可能性に重点を置き、「未来を楽しむ」だけでなく「課題を共に考える場」として、新しいレガシーを発信することを目指しています。
また、万博は訪れる人々が胸を躍らせる体験を提供する場でもあります。70年万博での「早く見たい!」というワクワク感を再現しながら、主催者として私たち自身も楽しみながら準備を進め、そのポジティブなエネルギーを来場者に伝えたいです。今年の万博では、ビジネス的な機能も取り入れ、来場者が社会課題や未来の行動を考えるきっかけを提供したいと考えています。もっとも、走り回られると困るんですが(笑)。
50年後の「良い万博だった」が最高のレガシー
―― 万博開催が近づく中、大阪や全国の盛り上がりはいかがでしょうか。
髙科 大阪では確実に盛り上がりを感じます。梅田駅ではミャクミャクを見ないで歩くのはほぼ不可能なくらいで、万博の顔としての存在感が日々強まっています。またパビリオンの構想発表や関連イベントが報道される機会も増え、着実に期待感が高まっていると感じます。
ただ一方で、全国的にはまだ盛り上がりを感じにくいのも事実です。
私自身、東京などで講演を行う際に現場写真を見せると、「こんなに進んでいたんですね」「まだ更地だと思っていました」と驚かれることがよくあります。大阪以外にはポジティブな情報が伝わりにくく、全国的な機運を高めるため、引き続きメディアへの積極的な働きかけを行うとともに、SNSなどを活用したPR戦略を強化しています。より多くの人に前向きな情報を届けることで、全国的な盛り上がりを促進していきます。
―― 来場者へのお勧めの訪問時期は。
髙科 行くなら絶対に前半、それも平日がお勧めです。万博は会期後半になるほど混雑が予想され、場合によっては入場制限がかかる可能性があります。一方で、前半は比較的空いていることが多く、ゆっくりと楽しむことができるはずです。
また、チケット価格も、会期中の一日券は大人7500円ですが、前売では開幕日から2週間、1回入場可能な開幕券が大人4千円、7月半ばまで1回入場可能な前期券が5千円と割安に入場できます。このようにしてできるだけ前半に来場者を分散させたいと考えています。
―― 髙科さんは大阪・関西万博の成功をどのように定義しますか。
髙科 成功を一言で表すのは難しいですね。世間的には、来場者数や収支の結果が評価軸になることがあると思います。それが重要であることは否定しませんが、一方で、必ずしも「多ければ良い」というわけでもなく、また、万博は営利目的のイベントではないため、収支結果が成功の唯一の基準ということではないと思います。
私の考える成功とは、未来にどれだけ多くのレガシーを残せるかです。会場で生まれるアイデアや取り組みが社会課題解決の糸口となり、スタートアップや中小企業の成長、新しい気づきが子どもたちの将来につながること。
そして、50年後に「2025年の万博は良かった」と語り継がれる万博になっていれば、それが成功だと考えています。数字では測れない価値こそが万博の本質です。
※1970年大阪万博の会場の画像には下記クレジットが必要。
「図版提供:橋爪紳也コレクション」