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フジテレビは他山の石 企業の不祥事対応の落とし穴

有名タレントの中居正広氏と女性とのトラブルをめぐってフジテレビは企業のコンプライアンスやコーポレートガバナンスの是非が問われ、2度にわたる記者会見を行った。10時間を超える異常な記者会見を中心に、フジテレビの危機管理の課題について検証する。文=ジャーナリスト/松崎隆司(雑誌『経済界』2025年4月号より)

フジテレビ中居問題と10時間会見の舞台裏

 2025年1月27日、お台場にあるフジテレビの本社オフィスタワーで「中居正広氏と女性のトラブル」に関する記者会見が行われ、時間無制限、質問がなくなるまで回答するという前代未聞の記者会見に191媒体437人の記者が殺到した。

 会見では冒頭、フジ・メディア・ホールディングス(FMH)とフジテレビ会長の嘉納修治氏とフジテレビ社長の港浩一氏が謝罪をし、司会の上野陽一執行役員広報局長からこれまでの中居正広氏と女性とのトラブルの経緯とその後の対応について説明が行われた。

 しかし質疑応答になると、会場は騒然となり、やじが飛び交う混とんとした会見となっていた。

 会見は10時間を超え、終了したのは翌日の午前2時を越えていた。

 なぜこのような会見が行われたのだろうか。

 ことの発端は、24年12月19日発売の『女性セブン』と12月26日発売の『週刊文春』だった。

 いずれも23年6月に起こった有名タレントだった中居正広氏と女性のトラブルについて掲載。女性は週刊文春で「〝加害者〟とフジテレビに対しても私は許していないし、怒っている気持もあるし……」と本音を暴露した。

 女性セブンも週刊文春も、このときフジテレビの編成幹部が関与していた(のちに文春は訂正してトラブル当日には編成幹部は関与していないことを明らかにした)と報じている。

 こうした報道があったにもかかわらずフジテレビの対応は遅れた。フジテレビは12月27日、「当該社員は会の設定を含め一切関与しておりません」とは発表したが、重い腰をあげ記者会見を開いたのはその3週間後の1月17日。このとき会見に参加が許されたのは、「ラジオ・テレビ記者会」「東京放送記者会」の加盟社のみ。NHKや民放キー局の記者ですら、質問ができない〝オブザーバー〟としての参加。フリーランスや週刊誌、ネットメディアの記者はそもそも参加すらできない状態だった。しかもテレビ局の会見であるにもかかわらずテレビカメラの持ち込みを禁止、記者からは〝メディアがこのような閉鎖的な会見をやってもいいのか〟と批判が噴出した。

 さらに港社長は会見の中で「今後、第三者の弁護士を中心とする調査委員会を立ち上げることとしました」と発言し、これが日弁連のガイドラインに基づく第三者員会の設置を避けて、会社の意向を汲む調査委員会の設置を狙っているとみられ、フジテレビに対する不信感が増幅した。

 その翌日からスポンサー企業からの突き上げが始まり、金額ベースで233億円の損失が発生、FMHは今回の一連の問題によって、25年3月期の売上高が501億円減少し、最終利益はこれまでの290億円から98億円に減少する見通しだと明らかにした。

 こうした状況の中でFMHは1月23日に臨時取締役会を開き、日弁連のガイドラインにのっとった第三者委員会を設置することを決定、その上で会見に臨んだ。

適正手続きを欠いたトラブル後の会社の対応

 トラブル後の女性は心身を苛まれたことになり23年7月に入院。一方で、フジテレビの港社長が中居氏と女性のトラブルを知ったのは8月。

 6月にある社員がこの女性からトラブルがあったことを聞いたのをきっかけにフジテレビ側は「当事者2人の極めてセンシティブな問題である」(上野陽一執行役員広報局長)と認識。その後、幹部社員、役員、社長に報告。社内数人が知るのみで、コンプライアンス推進室には情報があげられていなかった。 

 「当時は私自身も、本人のために絶対に情報を漏洩させてはいけない、という強い思いのもと、限られたメンバーで情報を管理しながら、女性の体調の復帰を待っていました」(港社長)

 一方で中居氏には正式な調査が行われていなかった。

 「新たに多くの人間が知ることになると、結果、女性のケアに悪影響があるのではないのかと危惧したからであります。中居氏から女性に直接連絡があれば、さらに傷つけてしまうのではないかという考えもありました。そうした事情で直ちに聞き取りを行うことはありませんでした」(上野陽一執行役員)

 一方で中居氏から23年7月に、フジテレビの社員に対し、中居氏が女性社員とは異なる認識を持っているとの連絡があったという。これを受けて「2人だけの場の出来事であり、当事者以外が介入しづらい問題と捉え、その後当事者間で示談が進んでいくという情報が加わったことも、調査を躊躇する一因になりました」(同)という。

 中居氏がトラブル後も継続して番組に出演して続けていた問題についても「まつもtoなかい」は23年4月に始まったばかりの番組だったが、唐突に番組を終了することで憶測を呼ぶことを配慮し、当初、番組を中止するような大きな動きを控えたいという考えがあった。さらにその間、社内の情報共有も限定されていたことから他の単発番組にも出演が続いていた。

 「本件は、人権侵害が行われた可能性のある事案であり、それに対して弊社において、社内での必要な報告や連携が適切行われなかったこと、中居氏に対して、適切な検証が行われずに、番組出演を継続してしまったこと、そして本件の背景にあると考えられるタレントや関係者との会食の在り方等について検証できていなかったことなど、今振り返れば対応に至らない点があったと痛感しております」(港社長)

問題は関係者とのディスコミュニケーション

 トラブル案件の対応にフジテレビ側はどのような問題があったのだろうか。危機管理に詳しい早稲田大学グローバルエデュケーションセンター非常勤講師でPR会社、マテリアルの尾上玲円奈氏は次のように語る。

 「中居氏と元従業員の問題では、何が起こったのか、示談の内容はどうだったのかなど、フジテレビの立場では強制的な調査を行うことができず、事実関係をつかみかねた部分もあるのではないか。事実が判然としない中では、世間に対しても説明しづらかっただろう。元従業員が被害に遭ったという意味では、本来、所属元のフジテレビにも被害者的側面があるが、事案を把握した後の一連の対応がとにかくまずかった。対応にあたった経営陣、社員が、被害に遭った女性と適切にコミュニケーションを取り、フォローする体制を構築できていたのか、ガバナンスの観点でも疑問が残る。

 関係者とのディスコミュニケーション(意思疎通ができない状態)の結果、会社としての問題が大きくなった。週刊誌報道で問題が露見し、年が明けて開催されたのが、一度目のクローズドな記者会見。女性のプライバシーに配慮しながら、組織として世間の疑問に答えるのは難しかったかもしれないが、その結果、参加メディアや取材方法を制限し、社会に説明する気がないと捉えられても仕方がない記者会見を実施してしまった。報道機関としての社会的役割も果たしてきた放送局として、責任を放棄しているように映り、クライシスコミュニケーションの典型的な失敗例となってしまった。事実関係も整理されず、会見後も世間とのミスコミュニケーション(認識の相違や誤解)が続いた」

 2回目の会見では、記者からの質問に対して「被害女性は仕事の延長線上だと思っていたのではないか」「なぜここに日枝(久)取締役相談役がいないのか」など次々に質問がでるが、回答がぐだぐだになってしまって、冒頭で述べていたような反省の弁が、空虚なものに見えてくるような会見になってしまった。

 仕切りの悪さも目に付いた。司会は女性の「プライバシーを尊重してほしい」「人物特定につながるような発言は控えてほしい」とたびたび質問を遮断。質問者の怒りを買い会場からもブーイングの声が上がった。

 重要な問題になると、回答者は「第三者委員会にしっかりと調査していただきたい」と自分たちの調査やその判断をあいまいにしたまま説明責任を果たそうとはしなかった。

 いったいなぜ、こうした会見になってしまったのだろうか。

 尾上氏はその問題点について次のように語る。

 「1回目会見の失敗を受け、スポンサーの広告出稿取り止めが相次ぐなどして、行われたのがフルオープン、時間制限なしの2回目会見。一連の対応姿勢や対応スピードが取り沙汰され、1回目会見の閉鎖性も合わせて批判されたことで、コンプライアンスやガバナンスの課題が山積している組織として、改めて社会に認知されてしまった。10時間に及んだ超長時間会見は1回目会見で不満のたまった記者のガス抜きや視聴者の同情を誘う場としては機能したが、問題をシビアに見つめるスポンサーや本質的に考える視聴者に、フジテレビ再生の可能性を感じさせることができたかは疑問が残る。2回目の会見前後に週刊文春の記事訂正発表があり、会見に参加した記者が質問の前提としていた情報に齟齬が生じた。文春の訂正で、社会とのミスコミュニケーションの何点かは解消したかもしれないが、被害女性とフジテレビの間のディスコミュニケーションの問題、社員のフォロー体制や組織としての事後対応のまずさなど課題は依然として残っている。第三者委員会の調査結果を待つ間にも、並行して打てる手はあるので、法務だけでなく、労務やコミュニケーションの専門家も入れて善後策を検討してもらいたい」

 フジテレビのケースは日本企業にとって対岸の火事ではない。自分の会社も改めて検証してみる必要があるのではないだろうか。