自ら「タリフマン(関税男)」を名乗るトランプ米大統領がいよいよ本領を発揮してきた。状況は二転三転しているが日本の輸出産業が大きなダメージを受けるのは間違いない。とりわけ日本の基幹産業である自動車産業に与える影響は大きく、業界再編のきっかけにもなりそうだ。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2025年6月号より)
米国にとって輸入車。安全保障上の脅威
米国のトランプ大統領は、輸入する自動車に25%の関税を課す布告に署名し、4月3日から徴税を開始した。日本を含むすべての国や地域から輸入される自動車が対象。日本の多くの自動車メーカーは米国を中国と並ぶ主要市場に位置付けており、業績への影響は必至だ。特に日本からの輸出が多いマツダ、ただでさえ米国で収益性が悪化している日産自動車、北米市場への依存度が高いSUBARU(スバル)は厳しい。各社は米国での生産を強化するなどして対応するが、効果的な手が打てるかは不透明だ。日本政府の援護射撃も心もとない状況だ。
トランプ氏は3月26日、新たな措置により「米国で製造されていない全ての車に25%を課す」と宣言した。理由としては「米国で事業を行い、この国の雇用や富、多くの物を長年に渡って奪っている国々に課税する」と述べ、改めて貿易相手国に不満を示した。根拠は、第一次トランプ政権の2019年に輸入車の流入を「安全保障上の脅威」と認定した判断だ。国内の工場の稼働率が、不十分だとしている。24年の米国内の新車販売台数のうち、半数近くに相当する800万台程度が輸入車だった。
そして、トランプ氏は「米国で生産すれば関税はかからない。米国の自動車産業はかつてなく繁栄する」と語った。また、この措置については「恒久的だ」とも話した。
これまでの米国による日本への関税は乗用車が2・5%、トラックが最大25%。これにいずれも25%が上乗せされ、乗用車は27・5%、トラックは最大50%と、乗用車では税率が10倍以上になった。対象にはエンジンやトランスミッション(変速機)、パワートレイン部品、電子部品などにも関税が適用される。これらは最大1カ月遅れて、5月3日までに適用される。貿易協定「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」で、一定条件のもと無税となる部品は当面、25%関税の適用外とする。政権高官によると、完成車に組み込まれた米国製ではない部品に25%相当を課す制度も導入するという。
昨年、日本から米国に輸出した自動車は約138万台。これはメキシコの296万台、韓国の154万台に次ぐ3位だ。メキシコからの輸出分には同国工場で生産された日本メーカーの車も含まれている。
自動車関税と、その直後に打ち出された「相互関税」を受けて、自動車メーカー各社の株価は大幅に下落した。
自動車関税25%が発表されて初めての取引となった3月26日と4月4日の株価を比べると、マツダは24・4%、日産自動車は18・2%、スバルは18・1%下落している。
マツダは24年上期(1~6月)の輸出比率が約87%。北米には、総輸出台数の4割超に相当する約14万台を輸出していた。同時期の北米での販売台数は約20万台で、日本国内の販売台数の約3倍に相当する。
また同社はメキシコの生産工場で年11万台程度を生産。その約6割が米国向けだ。米国ではトヨタ自動車との合弁工場(アラバマ州ハンツビル市)を22年1月に稼働させたが、短期間での増産には限界がある。このような生産体制であるため株式市場は現時点で最もトランプ関税の打撃を強く受けるメーカーだと判断していることになる。
経営不振の日産はさらなる苦境に
日産は25年3月期の業績見通しを800億円の最終赤字に下方修正するなど業績不振で、株価が長期的に低迷しているところに、追い打ちをかけられた。2月にホンダとの経営統合交渉が破談となり、その責任もあって内田誠社長が退任。4月1日にイヴァン・エスピノーサ氏が就いたばかりで、新しい社内体制が整う前に経営に重大な影響を与えるトランプ関税が発表された。
北米市場での日産の苦戦は、24年4~12月期決算に端的に表れている。この間の北米での販売台数は2・4%増の94万台と前年同期を上回る。しかし、参考資料の「営業利益増減分析」という欄には米国で777億円のマイナスと記されている。
内田社長(当時)は業績悪化の要因を問われ、「さまざまな点があるが、主要市場である北米でわれわれのコアモデルが計画どおりに台数が出なかった。また、計画通りの販売支援金で販売することができなかったという点に尽きる」と話した。台数が増えたが、利益率の低い車種の割合が大きかったり、安売りが多かったりして、利益率が落ち込んでいる。
こうした構造的な問題を抱えているところに、米国への輸出車には関税がかかる。価格転嫁すれば販売減が予想されるし、コストを会社が負担すれば採算がさらに悪化するという悪循環に拍車がかかる懸念がある。
日産もマツダと同じく、メキシコから米国に輸出しており、二重の打撃となる。日本メーカーの中で、メキシコでの生産台数が最も多く、スポーツ用多目的車(SUV)や高級車を生産しており、年25万台程度を米国に輸出しているとみられる。24年9月にはアグアスカリエンテス工場で、SUVの新型「キックス」の生産を開始したばかり。メキシコから米国に輸出している台数は、世界販売の7%超に相当するとみられる。
また、スバルは24年、国内で約57万2千台を生産。輸出台数は48万2千台で、その大半は北米だ。24年4~12月期連結決算をみると、売上高3兆5363億円のうち、78%に相当する2兆7672億円が北米由来だ。また、同期では日本や「その他」がマイナスに陥る中、北米が726億円のプラスで全体でも増収を確保した。北米への依存度は高く、トランプ関税による経営への大きな影響が懸念される。
自動車関税25%を受け、日産自動車は、米国で予定していた減産を一部撤回して生産水準を維持すると明らかにした。業績悪化に伴い、テネシー州のスマーナ工場とミシシッピ州のキャントン工場の2つの完成車生産拠点で生産縮小を計画していた。スマーナ工場では、4月から2つある生産ラインのうち1ラインの勤務シフトを半減する予定だったが、これを撤回して米国内での車両供給力を維持する。キャントン工場での勤務シフトを9月から半減する計画は、予定通り実施する方向だ。一方、追加関税が課されたメキシコで生産している高級車ブランド「インフィニティ」2車種の米国向け受注の停止を決めた。
これから始まる自動車産業再編
そして、米ゼネラル・モーターズ(GM)も米国内での増産を検討。ロイター通信によると、同社は米中西部インディアナ州の工場でピックアップトラックの増産を検討。これに伴い200人規模の臨時従業員の雇用も見込まれるという。
そして、米フォードは4月3日、「米国のために米国から」と銘打つ販売プロモーションを始めた。6月2日まで、マスタング・マッハEなど多くの車種を「従業員価格」で米国のすべての顧客に販売する。同社は米国で販売する車両の約8割を国内で生産しているため、トランプ関税の影響を受けにくく、他社と比べて有利な立場を生かして攻勢に出た。
一方、米クライスラーを傘下に持つ欧州ステランティスは4月3日、カナダとメキシコにある組立工場の操業を一定期間、それぞれ停止すると発表。両工場に部品を供給する米国内の施設の従業員約900人を一時的に解雇すると発表した。
円安ドル高を背景に、業績好調が続いていた日本の自動車メーカー。昨夏に公表された24年4~6月期連結決算では、トヨタ、ホンダ、スズキ、マツダの4社が過去最高の最終利益を計上していたが、トランプ関税で〝暗転〟した。電気自動車(EV)嫌いのトランプ氏の政策が、ハイブリッド車(HV)に強い日本勢の追い風になるという見方もあったが、完全に吹き飛んだ。
トヨタは24年上期、北米で約108万台を生産するなど、現地生産の規模が大きい。大規模投資も可能で、他社よりは耐性があるとみられるが、輸出台数の多さは業績への影響の大きさに比例するため、打撃は避けられない。
米国市場から撤退しているスズキも3月26日から4月4日までに株価は11・1%下落しており、自動車関税と相互関税により、世界経済が混乱に陥ることへの懸念とみられる。
相互関税についてトランプ米政権は、日本は米国製品に対する実質関税率が46%であるとしてその半分程度の24%の相互関税を課すとした。石破茂首相は4月4日の衆院内閣委員会で、「国難とも称すべき事態だ。政府与党のみならず、野党各党を含めた超党派で検討・対応する必要がある」との認識を示した。しかし、具体策はなかなか見えてこない。石破氏は報復関税にも否定的だ。
トランプ氏は関税について相手国との交渉の余地があるかという質問に対し、「何か驚くべきものを提示すると言って、彼らが何か良いものを与えてくれる限りは、だ」と回答。逆に言えば「驚くべきもの」を提示する必要があるということで、ハードルは高い。少数与党のまま参院選を控え、政権基盤が弱い石破首相にとっては厳しい事態となっている。
トランプ関税はトヨタやホンダなどの大手メーカーを中心に、合従連衡の呼び水になる可能性もある。ホンダと日産は再び経営統合協議に入っている。マツダやスバルはすでにトヨタと資本業務提携をしており、日産は新体制でホンダとの統合協議を再開するという観測が出ており、厳しい経営環境がこうした動きに拍車をかけそうだ。
※4月9日、トランプ大統領は相互関税90日延期を発表した。どうなるか予断は許さないが、今後も自動車メーカーが米国の政策に振り回されることは間違いなく、業界再編を含め、日本の自動車産業のこれからはまったく見通せない状況となっている。