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事件発覚から1年経過。紅麹の小林製薬はどうなった?

死者を含む多くの被害者を出した小林製薬の紅麹事件から1年。事件の背景には創業家支配によるガバナンスの欠如があったと言われるが、3月28日に開かれた株主総会では、経営陣が進める「脱・創業家」の改革案が、創業家の反対で否決された。本当に生まれ変われるのか。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2025年6月号より)

創業家の反対で否決された改革案

 「結果は残念だ。もっと丁寧に創業家とコミュニケーションをとっていればよかったかもしれない」

 3月28日、新しく社長に就任した豊田賀一氏は、総会後に急遽開いたオンラインの記者会見でこう述べた。

 「経営はまだ混乱期にある。新しい経営陣の経験などを考えると、社外取締役が議長を務めることは適切ではないということだ」

 豊田氏は、創業家が反対した理由をそう説明した。

 この議案の否決に対しては、株主側からも強い批判が起きた。

 10%以上の株式を保有する「モノ言う株主(アクティビスト)」の香港系ファンド「オアシス・マネジメント」は議案に賛成した。

 しかし、議案が否決されると、同ファンドのフィリップ・メイヤー共同最高執行責任者は「驚きと失望を感じている」とのコメントを発表した。

 オアシスはこれまでも「小林製薬が創業家に依存している」と批判してきた。

 2月19日に開かれた臨時株主総会でもオアシスは、「紅麹サプリをめぐる一連の問題を再調査する、独立性のある担当者の選任」「弁護士や医師出身の社外取締役3人の新たな選任」を求める議案を提出したが、否決されている。

 オアシスはその後、小林製薬の企業統治改革を進めていくとのコメントを発表している。

 3月22日の定時株主総会で会社側が提案した議案を改めて見てみよう。その内容は、これまで同社の会長・社長が務めてきた取締役会議長を、社外取締役が担うよう定款を変えるというものだ。長年、会長・社長は創業家が務めてきたので、実質的に「創業家排除」を目的にしたものといえる。

 だが、議案は否決された。

 31日に小林製薬が近畿財務局に提出した臨時報告書によると、議案への賛成比率は47・64%。可決に必要な「3分の2の賛成」には達しなかった。前会長の小林一雅氏ら創業家が反対に回ったことがその理由だ。息子で元社長の小林章浩取締役は議決権の行使を棄権した。

 総会ではこのほか、取締役10人を選任する議案が可決されている。

 しかし、章浩氏の選任に対する賛成比率は72・07%にとどまった。ほかの取締役は84~87%に達していた。

 紅麹事件の発覚以来、取締役に留任している創業家は、章浩氏ただ一人となる。一定数の株主は、章浩氏がさらにとどまることに反対したとみられる。

 今回、取締役会議長を社外取締役が務めるよう定款を変えることを経営陣が目指したのは、紅麹サプリ問題が発覚したとき、情報公開の遅れの原因が「創業家にモノを言えない雰囲気」にあり、「これを変えなければならない」との認識があったからだ。

 経営体制の改革そのものが、紅麹サプリと同じ問題が二度と起きないようにするための再発防止策と同義だといえる。

「わかりやすさ」は創業家のアイデア

 小林製薬が紅麹サプリをめぐる健康被害の拡大を把握したのは、2024年1月のことだ。公表が2カ月遅れたことが、健康被害が広がった理由の一つになったといわれている。

 当時の会長は一雅氏、社長は章浩氏。被害は早い段階で報告されていた。

 しかし、一雅氏らの意思で、行政への報告や記者会見が行われたのは、ようやく3月下旬になってからのことだった。豊田氏によると、「すべてを創業家に決めてもらう体質が(公表遅れにつながった背景に)あった」という。

 7月から8月にかけ、一雅氏は会長、章浩氏は社長をそれぞれ辞任。しかし、一雅氏は特別顧問として、章浩氏は補償担当の取締役として会社に残ることになった。依然として、社内への強い影響力を持ち続けたとみられる。

 批判は、こうした創業家の強い影響力に対して向けられている。ただ、とくに一雅氏に関しては、その実績を考えると、社内の人たちの頭が上がらないこともわからなくはない。

 1886年、名古屋市で創業し、1912年に大阪市に進出した老舗企業の小林製薬。その創業家に生まれた一雅氏はアイデアマンとしての才能を発揮し、数々のヒット商品を生み出した。

 「“あったらいいな”をカタチにする」というブランドスローガンは有名だが、「ブルーレット」「アンメルツ」「サワデー」といった商品も、一雅氏のアイデアをもとに開発された。こうした商品のヒットは、同社の20期以上にわたる純利益の増益や増配を生み出した。

 その経営哲学は、著書『小林製薬アイデアをヒットさせる経営 絶えざる創造と革新の追求』に書かれている。

 一雅氏は、同社は「『ニッチャー』にこだわり続けてきた」と説明。ニッチなマーケットで闘うことを「『小さな池の大きな魚』戦略」と呼び、「魚がいそうな小さな池を探し出し、そこで、釣り糸を垂らす。ただ釣るのではなく、他の釣り人が来ないうちに、真っ先に足を運び、釣る」と表現している。

 さらに、「小林製薬の製品開発では、『ネーミング』『パッケージ』『広告』、そして『販促』の大きく4つを重視します」と指摘。「製品開発に関わるすべての過程において、『いかにお客さまにわかりやすく伝えるか』を第一に考える」とする。

 こうした考え方は、一雅氏ならではのものといえるだろう。

 小林製薬には現在、「創業家=悪」という単純な構図があてはめられ、「創業家を完全に排除してしまうべきだ」という批判ばかりが目立つ。

 だが、会社を成長させてきた一雅氏の能力や発想力には目を見張るものがある。これを全く「なきもの」にしてしまうのはもったいないだろう。小林製薬を新たな成長ステージへ向かわせるには、排除でなく、いかにうまくその経験や知恵を生かしていくかという発想が大切といえる。

 もちろん創業家側の反省は必要だ。役員や社員の意見を受け入れ、企業経営に反映される会社のシステムづくりも不可欠となる。言葉で言うほど簡単ではないが、しっかり改革を進めていく必要がある。

紅麹事件の影響で上場以来初の減益

 なお、紅麹サプリの被害発表から1年がたち、経営体制以外にも課題は山積みとなっている。まずは、そもそも健康被害を引き起こさない再発防止策だ。

 昨年3月22日、小林製薬は、紅麹成分入りのサプリ「紅麹コレステヘルプ」などの健康食品に関し、腎疾患といった健康被害を訴えた消費者がいたと発表。製品を自主回収するとした。

 その後、腎疾患の原因物質は、青カビがつくる毒性を持った「プベルル酸」であると厚生労働省がほぼ断定。青カビが混入したのは、製造過程で紅麹を培養している最中で、大阪市は、危険性への認識が不十分であり、その管理体制に問題があったと指摘した。

 9月、小林製薬は、現場の品質管理部門の専門性を高める組織改革を行うといった再発防止策を決定。この防止策を、どこまで実効性のあるものにし、実行していけるかが重要になる。同社は3月22日を「品質・安全の日」とし、今年、3千人以上の国内の全従業員が参加し、健康被害問題を振り返って品質向上につなげる社内研修を行った。同様の取り組みは今後も続けていくという。

 一方で、被害の補償の規模がどこまで膨らむのか全貌は見えていない。

 サプリの摂取と死亡の因果関係がはっきりとしたケースはまだないが、死亡についての同社への申し出は、3月16日時点で408人。入院は、既に退院した人も含め558人に上る。

 健康被害への補償については、2月4日時点でおよそ770人の補償申請を受け付けた。このうち570人の補償の可否判定を終えたが、何人に補償を行うのかは明らかにしていない。被害者が納得する補償をどこまで進めていけるかも課題となる。

 小林製薬の2024年12月期連結決算は、純利益が前期比50・5%減の100億円となった。1999年の上場以来、初めての減益だ。健康被害の問題を受け行った製品の回収や補償の費用などとして特別損失を127億円計上したことが響いた。

 一連のいきさつは、どんな企業も直面しうる課題を示している。

 トラブルを起こしてしまったとき、いち早く信頼を回復すると同時に、会社を成長軌道に戻せる経営体制を確立できるのか。トラブルの再発防止策をしっかり打ち立てることができるのか。

 小林製薬が企業復活の「モデルケース」となるのか。