伊勢半グループは、1825年に創業した紅屋をルーツとする、日本で最も長い歴史を持つメイクアップ化粧品会社だ。上質な「紅」の証である玉虫色の輝きに象徴される品質へのこだわりと職人気質は現在にも受け継がれている。グループを率いる澤田晴子社長は、創業200周年に当たり、新しいチャレンジに踏み出した。文=榎本正義(雑誌『経済界』2025年6月号より)
澤田晴子 伊勢半のプロフィール

さわだ・はるこ 企業教育のコンサルティング会社を経て、2003年に伊勢半に入社。新規事業部部長として同年、期間限定の紅資料館を開館。好評につき05年紅ミュージアムをオープン。7代目・澤田一郎氏の妻で、09年から伊勢半グループ代表取締役社長を務める。
上質な「紅」の証。玉虫色の輝きを守る職人魂
伊勢半が東京・日本橋小舟町で創業したのは文政8(1825)年。江戸幕府15代将軍・徳川慶喜が政権を天皇に返上し、大政奉還を行う40年以上も前の江戸後期のことだった。創業者・澤田半右衛門がつくりあげた、上質な紅の証である玉虫色の輝きは江戸中で評判を呼び、伊勢半の名声を高めた。
紅は、紅花の花びらに含まれる、わずか1%の赤色色素からつくられる。その量は、約1千輪分もの花びらを使って、ようやくお猪口1つ分と、とても貴重なものなのだ。
初代・半右衛門以来、紅づくりの製法は代々当主に〝口伝〟で受け継がれ、今でも紅づくりは当主に認められたわずかな紅匠(紅職人)だけが携われる門外不出の秘伝で、伊勢半は今や伝統的な紅づくりを守り伝える唯一の紅屋となっている。
「元々は京都から始まって、江戸にも紅屋が次々出来るのですが、明治時代になって外国から持ち込まれた化学染料や西洋口紅の流行などによってやめてしまうところが続き、昭和の初めには当社がただ1社残るのみとなりました。しかし、伝統を守るだけではいけないと、昭和に入ると西洋口紅の研究開発・販売にも乗り出しました。戦後まもなく口紅づくりを再開し、〝口唇に栄養を与える〟というパワーワードでつくりあげた『キスミー特殊口紅』が戦後初の大ヒット。〝キッスしても落ちない〟という宣伝コピーの大胆さで一大旋風を巻き起こした『キスミースーパー口紅』など次々に新商品を開発していきました」。そう語る澤田晴子氏は7代目・澤田一郎氏の妻で、2009年から伊勢半グループ社長を務め、細やかな商品づくりをモットーに会社を率いる。
第二創業期にあたる先代・6代目は、戦後いちはやくアメリカ視察に赴き、1966年に「PSP(パーフェクト・セルフ・パッケージ)システム(フック式セルフ什器による販売方式)」を初めて日本の化粧品売場で展開。顧客が自由に化粧品を選べる楽しさ、というそれまでにない全く新しい価値を提供した。
「このほか、唇のツヤ出し専用口紅『キスミーシャインリップ』がギネス級の大ヒットとなったほか、ハンドクリームやアイメイクなども取り揃え、ドラッグストアなどにも販売チャネルを広げて総合化粧品メーカーとしての展開を精力的に始めています」
晴子社長は、大学卒業後に携わった商社勤務やカルチャースクール講師、企業教育のコンサルタントなどの経験を生かし、伊勢半の社員教育の見直しやブランドポートフォリオの変革、BCP(事業継続計画)トレーニングの徹底など企業レジリエンスを強化している。
また、徹底した顧客目線のマーケティングを起点に多様な販売戦略などを打ち出し、主力ブランドをV字回復させ、国内・海外ともに業績を伸長させている。
いち早く海外市場に注目し15の国と地域に事業を展開

2018年には、商品名として長年親しまれてきた「KISSME」を、会社を象徴するコーポレートブランドとして制定。「ヒロインメイク」のイメージキャラクターとしてつくりあげた「エリザベート・姫子」を全面にラッピングした「ヒロインメイクバス」の全国ツアーといったユニークな宣伝を実施したほか、まつげ美容液やリップセラムなどを扱うEC専売「イセハンラボ」、「他のだれでもないわたし」がもつ美しさをユーザーと共に探すコンセプトで展開する「MN」など、斬新なアイデアで話題となったさまざまなプロジェクトを実施している。また、先の「ヒロインメイク」だけでなく、「ヘビーローテーション」「キスミー フェルム」「KiSS」「キスミー マミー」などの数々のナショナルブランドを展開し、セルフメイク市場を牽引してきた。戦前からいちはやく海外市場にも注目、海外ブランド商品を展開し、事業を拡大。現在、15の国と地域で展開中だ。
ちなみに業界初として伊勢半が仕掛け、今では当たり前に存在しているものが多くある。伊勢半の
〝伝説〟をいくつかご紹介すると――。天まで届いた:「天まで届け!」がキャッチフレーズの「ヒロインメイク ロングUPマスカラ スーパーWP」の売れた分のパッケージを縦に並べると、国際宇宙ステーションよりもはるかに遠くになる。リップクリーム:実はこれは和製英語で、その言葉を考え出したのが伊勢半。ファンデ:一般名詞と思われているが、ファンデーションをこう呼ぶ商標は伊勢半が保持している。日本初のツヤ出し専用口紅「キスミーシャインリップ」などシャインシリーズは最高で年間1300万本超を売り上げ、化粧史に名を残すベストセラーの1本に。「ヒロインメイク スピーディーマスカラリムーバー」の累計出荷本数は、1600万本(※)、現在も記録更新中……といった具合だ。
今年創業200周年を迎える伊勢半グループは、代々受け継がれてきた、ひたむきで真摯なものづくりへの思い、あくなき探求心と情熱、新しいチャレンジを楽しむ小粋な遊び心を更に昇華させ、パーパスとして新たに制定した。いわく「 The 1st Cosmetics.伊勢半―いちばんほしいを、いちばんに」。
「次は何で喜ばせ、驚かせようか」とアンテナを高く張り、ワクワクと心躍る感動品質の化粧品やサービスを真っ先に生み出していく。変化を恐れることなく楽しみ、臆することなくチャレンジしていく、という宣言を表明したものとなっている。
「時代は変われども、紅花に宿る自然の赤を玉虫色に輝く紅に昇華させる匠の技と、ものづくりへの飽くなき情熱、心に灯る挑戦の炎は、現代においても変わることなき伊勢半のDNAとなっています。日本の誇るべき文化である紅を未来へと受け継いでいくこと、これが最後の紅屋・伊勢半の矜持です。そしてこれからもユニークで、使う人を幸せにする商品づくりにまい進してまいります」
※2024年9月時点/国内・海外合計