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日本郵便「運送事業許可取り消し」 前代未聞の不祥事で物流業界に激震

軽貨物車両

全国の郵便局で法律で義務付けられている運行業務前後の点呼を適切に実施していなかったことが発覚し、国土交通省は行政処分としては最も重い貨物運送事業許可の取り消しに踏み切った。常識を揺るがす前代未聞の不祥事に、物流業界全体に激震が走っている。文・写真=ロジビズ・オンライン編集長/藤原秀行(雑誌『経済界』2025年9月号より)

適切に実施したと虚偽報告 点呼の18%が「不実記載」

軽貨物車両
軽貨物車両

 トラックや軽バンなどによる貨物輸送の基本的なルールを定めている貨物事業者運送事業法は、運送事業者に対し、ドライバーが運行業務に就く前と業務を終えた後に、運行管理の担当者が原則として対面で健康状態や疲労の度合い、酒気帯びの有無などを確認する点呼を実施するよう義務付けている。事故や酒気帯び運転などのトラブルを防ぐのが狙いだ。運送事業者が点呼を怠っていたり、点呼の記録に不備があったりした場合、国交省によるトラックの使用停止、事業の許可取り消しなどの行政処分の対象となる。

 郵便局の不適切点呼問題が発覚したのは今年1月、報道機関から日本郵便に対して問い合わせがあり、兵庫県小野市の小野郵便局で数年前から点呼を行っていなかったり、行っているように記録を偽ったりしていたことが分かったのがきっかけだった。その後、日本郵便が全国約3200の郵便局で点呼の実施状況を社内調査。4月に公表した結果によれば、75%の約2400局で点呼に関して法律で定めている必要な項目の全て、もしくは一部を実施しない不適切なケースがあったことが判明した。

 酒を飲む習慣がないため酒気帯びの調査を行っていなかったり、点呼を行っていないにもかかわらず記録簿を作成していたりといったケースが多数見られたという。日本郵便は「『周囲もやっていないから、自分もやらなくていい』、『点呼は面倒だから管理者がいるときのみやっていた』、『業務繁忙の時は行わなかった』という声が多く確認された」「形式的に書類が整っていれば検査等でも発覚しないとの考えから、点呼を実施していないにもかかわらず、点呼記録簿は作成するという行為が行われていた」などを明らかにし、「本社や支社にも点呼の適切実施をモニタリングするという意識が希薄だった」と説明している。

 実は早い段階で、郵便局の現場から不適切点呼を問題視する内部告発が複数出ていたとの情報もある。安全管理についてずさん極まりない現場の体制に、ストップをかけるべき本社や支社も自らの責任を果たしていなかった。

 国交省は貨物自動車運送事業法に基づき、問題のあった郵便局を調査。関東地方の多数の郵便局で不適切点呼を確認し、事業許可取り消しの条件を満たしたため、行政処分を決定した。

 日本郵便が6月17日に公表した追加の社内調査結果によると、調査対象となった今年1~3月の全国の郵便局の点呼業務約57万8千件のうち、必要事項を全て行っていなかったものが22%の約12万6千件に上り、点呼の記録簿には適切に行ったように事実と異なる記載をした「不実記載」が18%の約10万2千件見られた。多くの郵便局の輸配送現場で法令順守の意識が欠如していることを如実に示す結果となった。

 同日記者会見した日本郵便の千田哲也社長(当時)は「(ドライバーの長時間労働規制が強化された)『2024年問題』に対応しようと物流業界全体が血のにじむような努力をしている時に当社がこんな事態を起こしてしまい、物流業界の一員として本当に恥ずかしい」と謝罪。いつから不適切な点呼が常態化していたのかについては、社内調査でも把握しきれなかったことを明らかにした上で、相当昔から問題があったとの見解を示し、「(07年の)郵政民営化のころには既にちゃんとした形になっていなかった可能性も否定できないのではないか」と語った。当事者が問題の始まった時期をつかめていないという深刻な状況だ。

 運送事業許可の取り消しに対し、物流業界では「これほどの法令違反をやったのだから取り消されて当然。自業自得だ」などの厳しい反応が大勢を占める。ある運送事業者は「以前郵便局で働いていたが、非常に法令順守の意識が強く、私自身、業務開始前の点呼で、前日の飲酒の影響で呼気からアルコールが検知されたためその日は業務から外されたことがあった。かなり厳格にやっていた」と振り返り、郵便局によって上層部や管理担当者の意識の度合いに違いがあるのではないかと推察する。

軽バンなども行政処分が濃厚 繁忙期の業務混乱懸念拭えず

日本郵便の千田社長
日本郵便の千田社長

 運送事業許可の取り消しに伴い、日本郵便は全国約330の郵便局で大口の利用者からの集荷や近距離の局間輸送に使っていた1トン以上のトラックなど約2500台が使用できなくなった。貨物自動車運送事業法に則れば、日本郵便は取り消しから5年間、再び許可を取得するための申請ができない。国内の物流に深刻な影響が出るのではとの見方が物流業界関係者などから出ている。

 日本郵便は約2500台が担っていた業務について、郵便物や小包などの輸配送に用いている軽貨物車両約3万2千台でカバーするほか、同社の100%子会社で郵便物の中長距離輸送を担っている日本郵便輸送を介して、普段取引のある各地の協力運送会社に委託したり、同業の佐川急便や西濃運輸、日本通運、福山通運、日本郵便の傘下入りしたトナミ運輸などに委託したりしてサービスを維持すると説明。郵便物や荷物の配達が遅れたり、そもそも届かなかったりする最悪の事態を回避しようと全力を挙げている。

 同業の佐川や西濃などは基本的に日本郵便からの業務委託の依頼を受け入れており、既に協力が始まっている。さらに、日本郵便は小型荷物の配達委託を巡って意見が対立、損害賠償を求めて提訴しているヤマト運輸にも業務委託を依頼している。日本郵便は「提訴はしているが、これはこれ、それはそれで、協力いただけるのであればしっかりとお願いしないといけない」(千田社長・当時)と苦しい胸の内を明かしている。

 行政処分を受けた日に記者会見した日本郵便の五味儀裕執行役員は「自社トラックを使わないオペレーションに関しては、ほぼ移行のための調整を完了できている」と説明、大きな混乱は見込まれないと強調した。物流業界でも「状況が状況だけに、委託受け入れは拒否しづらい」「自社にとっても業務が増えるチャンス」など、日本郵便の混乱回避に協力する雰囲気が醸成されている。

 ただ、2024年問題やトラックドライバー不足の深刻化で物流業界は輸送の需要に十分対応できるだけのリソースを確保するのが厳しくなっている。5年もの間、日本郵便の業務委託分を安定的かつ継続的にこなせるのかどうかは心もとないのが実情だ。

 また、トラックなどの事業許可取り消し分をカバーするために使う軽バンなどの軽貨物車両についても不適切点呼の実態が明らかになっており、国交省は法令違反の状況を調べている。7月上旬時点でまだ結論は出ていないが、車両使用停止などの行政処分がお中元やお歳暮の配達時期のような繁忙期と重なれば、トラックなどを走らせられない代わりの輸送力として軽バンなどの軽貨物車両をフルに使うのが難しくなる可能性が出てくるだけに、混乱が生じる懸念は拭い切れない。

運行管理者の資格も消滅 物流事業の持続に疑問符

 日本郵便の親会社、日本郵政が24年5月に公表したグループの中期経営計画は、成長策の一環として「日本郵便の強みが活かせる小型荷物を中心とした戦略により荷物収益を拡大」するシナリオを描いている。郵便物はeメールやSNSの普及などに押され、今後も取扱量が増えることは想定しにくいだけに、EC市場の成長などで需要が見込める宅配荷物の需要をさらに掘り起こすとともに、全国の輸配送ネットワークを生かして企業から物流業務を取り込むことも目指す方向性を打ち出している。

 しかし、今回の不祥事でもくろみが大きく揺らぐのは避けられない。事業許可取り消しで使えなくなったトラックなど約2500台については、維持の手間とコストが掛かるため、日本郵便は同業への売却などを視野に入れている。屋台骨のトラックなどが十分確保できなければ、5年間が過ぎて貨物運送事業の再許可をたとえ得られたとしても、現場ですぐに事業を始めるのは困難だ。

 さらに外部への業務委託を続けなければいけないだけに、コストが膨れ上がり、日本郵便の収益を圧迫することは不可避だ。今回の問題で、国交省は日本郵便で点呼を担当する国家資格「運行管理者」保有者のうち、211人分の資格を取り消した。これは日本郵便の運行管理者全体の約1割に相当する。この211人も5年間、資格の再取得ができないため、貨物運送事業の再開を視野に入れるのであれば、補充が不可欠だ。物流事業の持続可能性が試される状況に陥っており、物流業界全体への悪影響を最小限にとどめる努力も強く求められる。

 また、国交省はこれまで点呼の負担を減らして運送事業者が着実に点呼を実施する環境を整備するため、今年4月に運行管理者に代わって酒気帯びの有無の測定などを専用機器が行う「自動点呼」をそれまでの運行業務終了時に加え、業務開始前にも実施することを容認するなど、先進技術の活用による効率化を促している。

 荷主から物流業界自体に注がれる目が厳しくなる中、今回の日本郵便の不祥事が契機となり、点呼の世界でも機械化が広がっていく可能性もある。