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米中経済戦争で供給不安 レアアースとどう向き合うか

レアアース(希土類)の供給不安が広がっている。レアアース資源を豊富に持つ中国が、米中経済戦争が激しくなる中、外交カードとして使っているためで、日本など米国以外の国にも影響が出始めた。これを受け脱レアアースの動きや自国採掘の動きが加速している。文=ジャーナリスト/井田通人(雑誌『経済界』2025年10月号より)

レアアースを使わないモーターの開発競争

 ハイテク製品の製造に欠かせないことから、「産業のビタミン」ともいわれるレアアース。中国の輸出規制で供給不安が広がる中、その使用を減らす技術の開発が加速している。プロテリアル(旧日立金属)は、EVなどの駆動用モーターに使うネオジム磁石で、レアアースの中でも調達が難しい重レアアース(重希土類)を一切使わない製品を開発した。重レアアースは中国に偏在しており、外交カードとして使われていることから、調達不安がつきまとっている。開発した磁石が普及すれば、安定生産が可能となるほか、レアアースやネオジム磁石で圧倒的なシェアを握る中国への依存を減らすことにもなりそうだ。

 プロテリアルが開発したのは、レアアースの中でも特に希少で、調達が難しい重レアアースをまったく使わないネオジム磁石2種類だ。1つは電動パワーステアリングやコンプレッサーに加え、駆動用モーターにも使える製品で、すでにサンプル出荷を開始している。もう1つは耐熱性などを高めた高性能の駆動用モーターにも搭載できる製品で、2026年4月にもサンプル出荷が可能になる見通しという。

 ネオジム磁石は現時点で永久磁石に最も近い存在とされるが、高温にさらされると磁力が落ちるのが弱点。EVやハイブリッド車(HV)の駆動用モーターは、摂氏100度以上の高温にさらされることから、ネオジム磁石に重レアアースのジスプロシウムやテルビウムを添加することで耐熱性を確保している。プロテリアルは今回、磁石の粒子の境界を制御する独自技術により、重レアアースがなくても磁力の強さを示す「残留磁束密度」などの性能を高レベルで両立できるようにした。

 そのうえ、流通しているほとんどの磁石に使われる主流の製法が用いられ、既存の生産ラインを活用できるという。そのため、コストを抑えながら大量生産することも可能とみられる。

 同社はネオジム磁石だけで600以上の特許を保有している。レアアースの安定調達が課題となる中、「最強のネオジム焼結磁石を世に出したいという強い思い」(同社)が開発へ駆り立てた。

 磁石のレアアース使用を減らす技術は、信越化学工業や大同特殊鋼といったプロテリアルの競合他社も開発に力を入れている。信越化学は使用量を減らすだけでなく、端材や廃磁石からレアアースを分離・精製して取り出す技術を持つ。大同特殊鋼は16年にいち早く重レアアースを使わない磁石の供給を開始。使う場合に比べて性能は劣るものの、これまでにホンダのHVなどで採用実績がある。磁石を使う側でも、ダイキン工業が重希土類を使わない空調機の製品化を目指すなど、技術開発に余念がない。

レアアースも磁石も中国が市場を独占

 レアアースは中国のほか、ブラジルやインド、ロシア、豪州、ベトナム、ミャンマーなどにも存在する。もっとも、採掘コストや環境負荷などが制約となる中で産出量の約7割を中国が独占。重レアアースはそれ以上の割合が中国生産されており、中でもジスプロシウムとテルビウムは中国南部とミャンマーに集中しているのが現状だ。いわゆる西側諸国における産出が皆無に近い中、中国政府は枯渇懸念などを名目に輸出規制を強化し、海外への「出し渋り」を繰り返してきた。

 しかも、近年の中国は磁石分野にまで手を広げてきた。10年に沖縄県の尖閣諸島をめぐる対立の中で起きた「レアアース危機」の時点で、ネオジム磁石では日本が約8割のシェアを握り、中国のそれは1割程度にすぎなかった。ところが現在のシェアはほぼ真逆になってしまっている。レアアース危機を受けて日本メーカーが中国で相次ぎ合弁企業を設立したことが、技術流出を招き、シェア逆転につながったと指摘する声は少なくない。

 こうした独占的な地位を中国政府はフル活用している。今年4月には、トランプ米政権の関税措置に報復する形でジスプロシウムやテルビウムを含む7種類の輸出規制を強化。これらを使った磁石の輸出も厳しく制限した。そのため中国の調査会社である鉄合金在線によると、4月のレアアース磁石の輸出量は約3千トンと、前年同月から43%も落ち込んだ。日本向けは16%減の426トンと比較的減少割合が小さいが、米国向けは59%減の246トン、韓国向けも76%減の162トンで大幅なマイナスとなっている。

 そうした中、輸出規制強化の打撃がいち早く顕在化したのが自動車産業だ。5月にはスズキが小型車「スイフト」の生産一時停止に追い込まれたほか、米フォード・モーターも米工場における多目的スポーツ車(SUV)の生産一時停止を余儀なくされた。

 レアアースが使われているのはエコカーだけではない。ジスプロジウムやテルビウムを使った磁石は戦闘機にも不可欠な存在。イットリウムは医療用レーザーや照明用の発光ダイオード(LED)、ガドリニウムは医療機器や原子力発電設備などに使われている。これから普及が広がるとみられている燃料電池にもスカンジウムが使われている。中国の輸出が滞れば、ハイテク製品をはじめとする幅広い産業に影響が出かねない。

 ここにきて米中が関税措置に関して歩み寄り、中国が輸出規制を緩和したことで、足元の危機は一応去ったかにみえる。だが中国がシェアで圧倒する限り、危機が完全に消え去ったとはいえず、実際にこれまで同じことが何度も繰り返されてきたのは歴史が示す通り。そのたびにメーカーは調達難や価格上昇に直面し、右往左往してきた。

 もっとも、こうした状況は悪いことばかりとも言えない。危機が大きいほど中国依存脱却の必要性が高まり、サプライチェーン(供給網)の強靭化や使用削減に向けた技術開発の取り組みが進むからだ。プロテリアルなどの技術開発は、まさに「必要は発明の母」から生まれたものといえる。

 レアアースの「脱・中国依存」には日本政府も動き出している。技術開発の支援とともに対策の重要な柱となっているのが、国際連携による調達の多様化だ。

 23年には独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)を通じ、双日とともにオーストラリアのレアアース企業であるライナスに約2億豪州ドル(約180億円)を出資。レアアース関連で日本が権益を取得したのはこれが初めてだった。また、JOGMECはフランスのカレステールが進めるレアアース精製事業にも約1億ユーロ(約160億円)を出資。今年3月にはカレステールがフランスで欧州初となるレアアースのリサイクル工場建設に着手した。日本はこのプロジェクトに関してジスプロシウムとテルビウムの長期供給契約を結んでおり、将来的には日本の需要の約2割に当たる供給を受けたい考えという。

 政府は7月23日にも欧州連合(EU)と「競争力アライアンス(連合)」の関係を結び、レアアースの共同採掘を目指す方針を決めたばかりだ。

南鳥島沖レアアースにハイテク業界の期待

 一方、自国での採掘を模索する動きも着々と進む。

 日本の排他的経済水域(EEZ)内では、南鳥島周辺などに高濃度の「レアアース泥」が眠っている。南鳥島の有望海域分だけで、その埋蔵量は世界シェア3位になるという。しかも重レアアースの占める割合が中国産より高く、放射性元素も含まない高品位なものだという。すでにJOGMECや東京大学などの研究機関、企業などが協力体制を構築し、商業生産の開始に一歩ずつ近づいている。

 南鳥島近海のレアアースは水深5千メートル以上の深海に存在する上、採掘するにはまず泥をかき集めて海面まで引き上げる必要がある。陸に比べて採掘コストは大きくならざるを得ず、商業生産の本格的な開始にはかなりの時間がかかりそうだ。もっとも、海底油田の採掘や港湾の浚渫などで培った既存技術を応用すれば、十分に技術やコストの壁を超えられるとの意見も存在し、予想以上に早い可能性も十分にある。

 日本政府は、海洋政策における重点的な取り組みを網羅した「海洋開発等重点戦略」を策定。南鳥島周辺でのレアアース採掘について、28年度以降に生産体制を整えるとの目標を示している。

 自国での採掘も、メーカーによる技術開発も、短期的な効果を期待するのは難しいとみられる。海外で採掘を始めるにしても、軌道に乗るまでに最低15年はかかるとの見方がある。

 中国のネオジム磁石は日本製品より約3割も安いとされ、重レアアースを使っていないからといって簡単に日本製品に乗り換えることは難しい。中国依存は完全にはなくならないと考えた方が良さそうだ。

 ただ、こうした取り組みを続けているだけでも最低限、中国へのけん制にはなる。何といっても、レアアースの覇権を外国に握られていては、ハイテク産業の成長もおぼつかず、未来への展望は開けてこない。

 米国のシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)は米中が輸出管理の緩和などで合意した翌日の6月11日に情報を発信。中国が過去2年間にわたり鉱物の輸出管理を一貫して強化してきたことに触れつつ、今回の緩和が「一時的なものにとどまる可能性が高い」と指摘した。また、レアアース供給をめぐる長期的な解決策は、「米国とパートナー国による採掘、精製、磁石製造能力の構築と拡大による代替サプライチェーンの構築だ」と主張した。

 米中のせめぎ合いが今後も続くとみられる中、日本としても同様に長期的な視点を持ちつつ、技術開発を含む官民一体の取り組みをさらに強化する必要がある。