経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

自動車関税15%でも喜べない 米国一本足経営マツダの前途

トランプ関税に翻弄される自動車業界。15%に落ち着いたことで一安心の空気が流れているが、従来が2・5%だったことを考えれば大幅引き上げであることは間違いない。その影響を最も受けているのが米国への輸出依存の高いマツダ。生き残るための次の方策が求められている。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2025年10月号より)

自動車関税15%で跳ね上がったマツダ株

 7月22日、トランプ米大統領はSNSで、日本への相互関税を15%とすることで日本政府と合意したと発表した。現行の25%、またはそれ以上の関税が課されるという危機感があった反動で、翌23日の東京株式市場で自動車株は大幅に上昇した。前日終値からの上昇率をみると、トヨタ自動車は14%、ホンダは11%、日産自動車は8%。米国市場への依存度が高いSUBARU(スバル)は17%、そして、最も上昇率が高かったのはマツダで18%。ストップ高水準まで買われた。

 マツダ株がこの日、大幅上昇したのは、米国の関税の影響度が大きいことの裏返しでもある。2024年の実績をみると、マツダは生産台数の6割超が日本国内で、輸出中心の体制となっている。北米には、総輸出台数の4割超に相当する約28万台を輸出していた。同時期の北米での販売台数は約42万台で、日本国内の販売台数の約3倍に相当する。日本勢の中でも、輸出依存、米国依存が最も大きいメーカーだ。

 冷静に考えると、もともと自動車の米国輸出にかかる関税は2・5%。15%ということはその6倍になったが、4月に発動された25%の追加関税の衝撃があまりに大きいため、その反動で歓迎したに過ぎない。

 金融業界はトランプ氏が最初に法外な高関税を掲げ、後でそれを引き下げることをTACO(Trump Always Chickens Out=トランプはいつもビビって引っ込める)」と揶揄している。これは英紙フィナンシャル・タイムズのコラムニストが紹介したものだが、トランプ氏本人は「それを交渉と言うのだ」と反論。日本が15%の関税で大喜びしたことを考えると、まず高めのボールを投げて前提を変えてしまうトランプ氏の交渉戦術が奏功した事例にみえる。

 そして、最悪の事態を免れたマツダにも危機の足音が聞こえる。同社が6月27日に発表した5月の世界生産台数は8万5千台で前年同月から1割も減った。前年割れは4カ月連続。世界販売台数も9%減の9万1千台で、追加関税による米国内の販売減少が響いた。

 市場では、26年3月期に5期ぶりの最終赤字に転落するとの予想が出ている。同社の主力市場である米国で販売する車は、日本やメキシコからの輸出比率が8割。米国での短期間での増産には限界がある。現地メーカーを含め、激しい販売競争の中、値上げも難しい。

今期の実績は「未定」ながら新型「CX-5」に期待

 マツダの今後の業績を占うには、やはり5月に発表された25年3月期の決算説明会を振り返るのがいいだろう。同期の実績をみると、売上高は前期比4%増の5兆189億円、営業利益は26%減の1861億円、当期純利益は45%減の1141億円と、増収減益だった。

 毛籠勝弘社長は、「好調に推移した北米販売が牽引し、(大型SUVなどの)ラージ商品販売も堅調に伸び、世界販売台数は前年に対し5%増加となり、売上高は初めて5兆円を超えた」と強調。一方、「営業利益はグローバル競争の激化および品質課題への徹底対応による出荷台数減の影響などにより増収減益となった」と説明した。

 25年3月期の商品戦略については、「CX-50のハイブリッドモデルやCX-80などラージ商品の市場投入、長安汽車との共同開発車EZ-6の市場導入を行った」と話した。

 今後の抱負に関しては、「保有資産の徹底活用とパートナー企業との協業により資産効率を高め、強靭な経営を目指す『ライトアセット戦略』と、当社の強みである柔軟かつ高効率な開発・生産プロセスを進化させた『マツダものづくり革新2・0』を推進する。構造的な原価低減活動による変動費削減1千億円、固定費削減1千億円、サプライチェーン(供給網)の構造改革など資本効率の改善に着目し、今後の厳しい経営環境を生き抜いていくために事業構造の強靭化に取り組む」とした。

 26年3月期の業績見通しは「未定」とした。4月の関税の影響は90億~100億円に上ったとして、今後の影響の広がりを「見通すのが難しい」(毛籠社長)からだ。

 しかし8月5日の第1四半期決算発表時には通期の営業利益が73・1%減の500億円、最終利益は82・5%減の200億円と発表した。関税が15%になったことで黒字は確保できる見通しだ。

 今後、米国ではトヨタ自動車との合弁工場(アラバマ州ハンツビル市)を22年1月に稼働させたが、短期間での増産には限界がある。生産設備や供給できる部品などから、米国をメイン市場とする中大型のSUVの生産が難しいようだ。

 商品面で鍵を握るのは何といっても、主力車種「CX-5」の8年ぶりの全面刷新だ。マツダは7月10日、新型CX-5の情報を公開。3代目となる新型車は車内ディスプレーにタッチ式を採用、音声AI(人工知能)を搭載して使い勝手を高めるという。25年末に欧州から発売する。日本国内での投入は26年の予定だ。24年の世界販売台数ではCX-5は全体の3割弱で、車種別では最多だ。

 それだけに、CX-5への期待は大きいが、気がかりな点もある。ディーゼルエンジン搭載車が設定されない見通しとなったのだ。これは、厳格化する欧州などでの環境規制への対応が難しくなったからだ。マツダのディーゼルエンジンは、低速での力強さと長距離運転時の燃費性能などが高く評価されている。現行のCX-5のディーゼルエンジン搭載車を乗っている人が素直に買い替えてくれるか分からない面もある。

 新型CX-5のエンジンラインアップは、排気量2・5リットルの自然吸気の直噴ガソリンエンジン「eスカイアクティブG 2・5」のみ。トランスミッションは6速AT(オートマチック)だ。同社は27年には、新たに開発予定のエンジン「スカイアクティブZ」と独自のハイブリッドシステムを組み合わせたパワートレインの搭載を予定する。内燃機関にこだわる同社らしい方針で、これにより各国で厳格化される排出ガス規制に適合できるとしている。

 マツダは米国の高関税を前提とした社内体制の構築を急ぐが、一朝一夕に対応できるようなものではなさそうだ。一方で電動化やインターネットでつながる「コネクテッドカー」、自動運転技術の開発など、課題は山積しており、中堅メーカーとして単独で生き残れるかが問われる。

トヨタがライバル視する メーカーであり続けられるか

 マツダは1970年代、オイルショックで燃費性能が低いロータリーエンジン搭載車の販売が不振に陥ったことなどにより業績が悪化。メインバンクである住友銀行(現三井住友フィナンシャルグループ)主導で再建計画が実行された経緯がある。この時は単独での生き残りは困難だとして米フォード・モーターと提携交渉に入る。79年、マツダはフォードから25%の出資を受けることで合意した。一時はフォードが社長を派遣し、出資比率は3分の1を超えた。だが、2008年のリーマンショックで今度はフォードが経営不振に陥り、15年に提携は解消された。

 今回の米関税引き上げが、どの程度マツダの業績に影響を与えるかはまだ、分からない部分も多いが、次世代技術開発を含め、トヨタ自動車との関係が深められる可能性は否定できない。

 フォードとの提携を解消した15年に「継続性のある協力関係の構築に向けた覚書」に調印したトヨタとマツダは17年、資本業務提携に至った。両社が約500億円分、互いの株式を持ち合った。提携の具体的内容は「米国での完成車の生産合弁会社設立」「電気自動車の共同技術開発」「コネクティッド技術の共同開発」「先進安全分野における技術連携」「商品補完の拡充」。当時の豊田章男・トヨタ社長(現会長)は、「マツダとの提携で得た一番大きな果実は、『クルマを愛する仲間』」を得たことです。そして、『マツダに負けたくない』というトヨタの『負け嫌い』に火をつけていただいたことだと思っています」などとコメント。トヨタ側がマツダの車づくりを高く評価していることをうかがわせるものだった。

 マツダは6月30日、霞が関ビル(東京都千代田区)にあった東京本社を港区の「麻布台ヒルズ森JPタワー」に移転したばかり。かつては世界で初めてロータリーエンジンを実用化。最近ではスカイアクティブ技術と魂動デザインで自動車ファンに商品群を印象づけた。そして、スカイアクティブZという新型エンジンを計画するなど、他の自動車メーカーとは一線を画した独自の戦略を取るマツダ。その輝きを持続するためにも、米関税の大幅な引き上げというピンチを乗り越える経営力が期待されている。