アンジェスは日本で初めて上場した創薬ベンチャー。創業者の森下竜一・大阪大学寄付講座教授の発見をもとに血管再生治療薬「コテラジェン」を開発した。その薬が来年にも米国で承認申請される見通しとなった。ここに至るまでの紆余曲折を森下氏が明かす。Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2025年12月号より)
森下竜一 大阪大学のプロフィール

もりした・りゅういち 1962年岡山県生まれ。大阪大学医学部卒業、同大医学部老年病講座大学院を修了、スタンフォード大学に留学し循環器科研究員として従事。88年に帰国し大阪大学医学部助教授、2003年から同大学寄付講座教授。1999年に大学発創薬ベンチャー、アンジェスMG(現アンジェス)を立ち上げだ。
治験結果良好で第三相試験をパス
―― アンジェスが開発した脚の血流障害向けの遺伝子治療薬が来年にもアメリカで承認申請される予定だそうですね。
森下 アンジェスが開発しているのは、商品名「コラテジェン」という血管再生治療薬で、日本で発見された肝細胞増殖因子(HGF)という血管再生・増殖因子を遺伝子の形で体内に投与し、局所で血管を再生することによって脚の潰瘍を治療するものです。具体的には、閉塞性動脈硬化症という病気があります。これは全身の動脈硬化の一種で、心臓で起きれば心筋梗塞、脳で起きれば脳梗塞になりますが、脚で起こった場合は閉塞性動脈硬化症と呼ばれます。
軽症時はしびれや間欠性跛行(少し歩くと脚が痛くなり歩けなくなる状態)が見られますが、重症化すると安静時にも痛みが続き、さらに悪化すると潰瘍ができ、治りにくくなります。このような状態になると、治療法がない場合、脚の切断に至ったり、場合によっては死に至ったりすることもある、がんとほぼ同程度の死亡率が高い重篤な病態です。
これまではバイパス手術やバルーン療法といった治療法がありましたが、それらが適用できない方や、手術をしても再発を繰り返す難治性の病気でした。
コラテジェンは、血管を作る肝細胞増殖因子の遺伝子をプラスミドDNAという安定した形で筋肉内投与することで、脚の局所で血管を再生していく治療法です。
── アメリカの治験で非常に良い結果が出たようですね。
森下 プラセボ(偽薬)とコラテジェンを投与し、潰瘍が完全に治癒するかどうかをエンドポイントとして試験を行いました。その結果、プラセボに対してコラテジェンが有意に潰瘍の治癒率を向上させることが確認されました。
この結果を受け、アメリカのFDA(食品医薬品局)と協議したところ、今まで治療方法のない重篤な疾患に対する試験で非常に良好な結果であること、そして過去の安全性データからも極めて安全であることが評価されました。これにより、いわゆる第3相試験を省略し、医薬品として承認申請を進めてよいという結論に至りました。現在、2026年の承認申請に向けて準備を進めています。
先日、欧州の大手製薬企業ベーリンガーインゲルハイム社と製造に関する提携を結びました。FDAは製造体制がしっかりしていること、必要な患者さんに薬が確実に届く供給能力があるかを非常に重視しています。今度の提携で、この大規模な製造・供給体制を整えることができ、承認申請に向けた準備が完了しつつあります。
アメリカには重症の閉塞性動脈硬化症で潰瘍のある方が約50万人いるといわれています。FDAは最低でもその1割の方には供給してほしいと考えているようです。
── アンジェスは1999年設立。以来26年、山あり谷ありだったそうですね。
森下 私は90年代半ばにHGFが血管再生を促すことを発見し、これを治療法に応用するため、アンジェスを大学発ベンチャーとして立ち上げました。2002年には東証マザーズに大学発ライフサイエンスベンチャーとして初めて上場し、臨床試験に必要な資金を調達しました。当時は赤字上場であり、前例のない挑戦でした。19年には日本でも今回のアメリカ同様、プラセボとの比較試験で潰瘍の縮小率に効果が認められ、期限付き承認を得ました。
―― でもその後申請を取り下げています。
森下 コロナワクチンの登場により状況は大きく変わります。メッセンジャーRNAワクチンやアデノウイルスワクチンも遺伝子治療の一種であり、これまで数十万人規模だった遺伝子治療が、一気に数億人規模で実施されたことで、遺伝子治療へのハードルが大きく下がったのです。
この変化を受け、アメリカでは他に治療法がない重症閉塞性動脈硬化症の潰瘍患者さんを軽症の方も含め、対象を拡大し、コラテジェンを投与し、効果を検証することになりました。投与回数も日本での2~3回から最大4回へと増えました。
その結果が非常に良好だったため、マーケットが小さかった日本よりも、アメリカの大きなマーケットを優先する開発方針に変更し、日本での承認申請を取り下げました。
日本の薬価基準では革新的創薬は難しい
―― 日本で承認された時の薬価は6千円。あまりに安くて話題になり、アンジェスの株価は下落しました。
森下 日本の薬価制度には課題があります。アメリカで薬価が設定されると、バイパス手術やバルーン療法と同等かそれ以上の価格、少なくとも7万5千ドル(約1千万円以上)が見込まれます。注射だけで治療できることを考えると、妥当な価格です。アメリカの市場規模は日本の20倍以上であり、薬価もはるかに高いため、アメリカを優先する判断に至りました。
日本の薬価は、海外で承認された薬の場合、海外の薬価を参考に決定されます。しかし、新しい薬については原価積み上げ方式が採用され、厚生労働省が費用を調整する傾向があります。会社が算出した費用が300万~400万円であっても、試験と直接関係ない費用として大幅に削減され、結果的にアメリカの10分の1程度の薬価になることもあります。これでは革新的な医薬品の開発が阻害される可能性もあります。
── 今回アメリカで承認を取り、流通された後、日本での展開という順番ですか。
森下 アメリカでBLA(生物学的製剤承認申請)制度を用いて承認申請を行い、約1年で承認されると見込んでいます。その後、アメリカのデータを流用して日本国内での承認申請を行うことも視野に入れています。しかしアメリカ市場が圧倒的に大きいため、コラテジェンを他の疾患に応用し、最大限の価値を生み出すことに注力したいと考えています。
日本で初めて開発された遺伝子治療薬として、血管再生や循環器分野で世界的に展開していくことが重要です。欧州をはじめ、マーケットの大きい地域を中心に開発を進めていくことになるでしょう。販売についても大手製薬企業との協議を進めています。アンジェスとしては、遺伝子治療のグローバルリーダーを目指し、日本発の遺伝子治療を世界に広げていきたいと考えています。
長期的には、遺伝子治療やがん治療に限らず、AIやヘルステックといった分野への挑戦も可能性としてあります。企業価値を高めることで、日本発の技術を継続的に世界に広げ、買収されることなく独立した存在感を確立してもらいたいと考えています。
