ゲストは、現在公開中の実写映画『秒速5センチメートル』の監督を務める奥山由之さん。2007年に公開された新海誠さん原作のアニメ映画の実写版です。「観る人の心に手を添えられる作品にしたかった」と語る奥山さん。映画制作に込めた等身大の想いと、制作秘話について伺いました。構成=大澤義幸 photo=山田司郎(雑誌『経済界』2025年12月号より)
奥山由之のプロフィール

おくやま・よしゆき 1991年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2011年写真新世紀優秀賞。米津玄師「感電」、星野源「創造」などのMV、ポカリスエットのCMなどを手掛ける。初監督作品『アット・ザ・ベンチ』が昨年劇場公開された。
原点は子どもの頃の映像制作 写真と映像分野で才能を発揮
佐藤 実写映画『秒速5センチメートル』(以下、『秒速』)を観た後、新海誠さん原作のアニメ映画も見返しましたが、映像はアニメ以上に美しく、キャストの表情も豊かで心に染み入りました。奥山監督の創作活動の原点はいつ頃ですか。
奥山 映画をご覧いただきありがとうございます。僕はストップモーション・アニメ(クレイアニメ)が好きで、小学生の頃に家族と一緒に英アードマン・スタジオ制作の映画『チキンラン』を観たんですね。粘土で作られた鶏のキャラクターを1コマずつ撮って動かして映像にしているのがすごいな、好きだなと。それで自分の部屋に簡易スタジオを作り、猫のキャラクターで数分間の映像を作ったのが原体験です。
佐藤 高校時代には自主映画を制作されて、全国高校生映画コンクールでグランプリを受賞されています。
奥山 高校の夏休みに空調もない部室で仲間たちと制作しました。内容は5つの架空の部活動を設定し、それぞれの日常を描く会話劇です。昨年劇場公開した映画『アット・ザ・ベンチ』は1基のベンチを舞台にしたオムニバスの会話劇なので、通じるものがありますね。
佐藤 その後は写真家としても活躍されていますが、きっかけは。
奥山 自主映画の絵コンテを撮っていた時に、映像と違って写真はその瞬間しか見せられないが故に「想像の余白」があると気づいたんです。高校時代に英国への短期留学中に見た、写真家ブルース・デビッドソンの「サブウェイ」(1970年代のNYの地下鉄を撮るシリーズ)を思い出し、僕は70年代もNYも知らないのに、その時代の匂いや音を感じました。写真は瞬間に点を打つことで、それ以外の全てを見せる映像的な表現で、その奥ゆかしさと「想像の余白」が自分に合うと。同時に、映像は写真的な表現だなとも。映画を観た後はあのシーンが良かったと瞬間を持ち帰りますよね。僕は写真も映画も今もどちらも好きです。
佐藤 『秒速』でも風景やキャストの表情から「創造の余白」を感じました。主題歌を歌う米津玄師さんのMVも手掛けられていますね。
奥山 年齢の近い米津さんとはお互い刺激し合うことが多くて、今回は映画という形で一つの物語の解釈を共有できたのは感慨深いですね。

今の自分だから実写化できる『秒速』制作に込めた想い
佐藤 『秒速』の制作までの経緯は。
奥山 プロデューサーからオファーを頂き、原作アニメを高校時代ぶりに見返した時に、これは今の僕だから描けるものがあると思ったんです。新海さんがアニメ映画を制作されたのが、僕がオファーを受けたのと同じ33歳。20代の頃は右も左も分からず駆け抜けてきましたが、30歳前後でふと振り返ってみると、家族ができたり仕事が変わるなど人生の分岐点を迎え、月日の体感速度を速く感じたり、過去や未来に焦燥感や不全感を覚えたりします。新海さんはそれを主人公の遠野貴樹に込めていた。昔観た時は映像の美しさや人物の内面を掘り下げて普遍を描くという物語の作り方に衝撃を受けましたが、だいぶ印象が違いました。
佐藤 そこに奥山監督も共感し、貴樹に想いを重ねたわけですね。実写化で特に力を入れた点は。
奥山 アニメの景色は実在する場所なので、できる限りアニメの風景と同じように撮りました。もう一つ譲れなかったのが、原作が私小説的で、貴樹は子ども時代に転校を繰り返すなど、喪失の予感を常に漂わせて生きています。貴樹の心の故郷(=原風景)を探す物語でもあるので、キャストやスタッフに大切な記憶や強い想い、情景を持ち寄ってもらい、その原風景を作品に練り込みました。
佐藤 実写化のリアリティの追求にもつながるお話ですね。
奥山 映画を観る人たちの日常や心情とつながり合う作品にするには個人的な強い想いが必要で、普遍性を意識しすぎると薄く広くなります。そこで強い想いを大きな石として湖の1カ所に落とし、その波紋が強く広がり、遠くの誰かが受け取ってくれる。個人的でありながらも普遍性を帯びた作品づくりに努めました。
佐藤 演技に関してキャストの皆さんとのエピソードがあれば。
奥山 幼少期の篠原明里役を務めた白山乃愛さんも、幼少期の貴樹役を務めた上田悠斗さんもベテラン並みの演技経験があるわけではないので、頑張る二人を通して、僕も芝居の難しさと楽しさ、感動を共にできました。アニメは描かれた通りにしか人物は動きませんが、現実には人は無意識の行動を取ります。そこで人の無意識の行動に重きを置いた演技を作るために、二人と一緒に街の人々を観察し、「あの人たちが脚本のあるお芝居を演じていると思って見てごらん」と話し、それを見た感想、喋る速さやリズム、間の取り方などについて意見交換しました。
佐藤 そうして完成した『秒速』をどんな人に観てほしいですか。
奥山 映画という媒体は、娯楽でもある一方で僕が好きなのは観る人の日常とつながり合える作品です。映画館に入る前と出た後で街の景色が少し変わって見える、それは心持ちが変わるということです。本作を通して観る人の不安や焦燥感に手を添えられるといいですね。世の中には矛と盾が共存していて、その最たるものが人間です。その多面体を見て、人の矛盾を描ける作り手になりたいですね。

大人こそ見てもらいたい作品です」(佐藤)