意思決定、行動、やる気から、集団心理に至るまで、私たちのあらゆる活動に深く関わっている「脳」。本コラムでは、最新の脳科学の見地から経営やビジネスに役立つ情報をお届けします。(写真=森モーリー鷹博)

筆者プロフィール

西剛志氏
(にし・たけゆき)脳科学者(工学博士)、分子生物学者。T&Rセルフイメージデザイン代表。LCA教育研究所顧問。1975年生まれ、宮崎県出身。東京工業大学大学院生命情報専攻修了。2002年博士号取得後、知的財産研究所に入所。03年特許庁入庁。大学院非常勤講師の傍ら、遺伝子や脳内物質に関する最先端の仕事を手掛ける。現在、脳科学の知見を活かし、個人や企業向けにノウハウを提供する業務に従事。著書に『脳科学的に正しい一流の子育てQ&A』(ダイヤモンド社)がある。

Q:新入社員のやる気を高めるためには、どうすればよいですか?

A: 『所有』の意識を持たせる環境作りが大切です。

チームの士気を高めることの重要性

社員の士気を高めることは、昔からチームのパフォーマンスを高めたり、組織を活性化するために重要な要素と言われてきました。

これまで社員のやる気を高めるために、報酬を与えたり、成果に応じて待遇を向上させることが重要視されてきましたが、近年になって『若い新入社員には通用しない』という悩みもよく相談されるようになってきています。

それではそもそも新入社員のやる気を高めるためには、具体的にどうすればよいのでしょうか?

コミットメントが5倍になる『くじ引きの実験』

実はそれに関して、ハーバード大学のエレン・ランガー教授は、そのヒントとなる興味深い実験を行っています(1)。

彼女は「くじ引き」の実験で被験者を集め、2つのグループに分けました。

1つ目のグループには『ランダムな抽選番号が書かれたクジ』を渡し、2つ目のグループには白紙のカードとペンを渡して『自分で好きな抽選番号を書いてよい』と伝えました。

その後、実験に参加した人達に『抽選が行われる前にカードを買い取りたい』と申し出てみたのです。そして、チケットの買い取り料金がいくらになるかをそれぞれ調べてみました。

普通に考えると基本は同じクジですので、買取額にそれほど差は出ないはずです。

しかし、実際には研究者も驚いたことに、抽選番号を自分で記載した人のほうが『5倍も買取料金が高くなる』ことが分かったのです。

これは専門用語で『心理的オーナーシップ(Psychological Ownership)』とも呼ばれており、自分で選択すると『所有の意識』が生まれるため、所有物を大切にしたい気持ちが高まる効果として知られています。

私達は『それが自分のもの』という意識を持つことができると、どんなものに対してもコミットメントが強くなるのです。

『所有の意識』は、組織への愛着心や企業の売り上げにもつながることも分かっています。

実際に企業の素晴らしさを自分のことのように家族に伝える社員ほど、顧客の紹介率も高いというデータも出ています。

世の中のほとんどの組織では、新入社員は入ったばかりということもあり、自分で選択できない環境であることが多いと予想されます。その結果、会社を自分のことのように思えないため、組織に貢献したいという気持ちを維持することができず、離職率まで高まることが考えられるのです。

人間関係もよくなる所有の科学

さらに『所有の意識』には、意外なメリットがあることも知られています。

ハーバードビジネススクールのフランチェスカ・ジーノ教授らの研究では、大学生にパーティションで仕切られた小部屋を与える実験を行いました(2)。

2つのグループに分けて、1つ目のグループ(オーナー型)には自分が部屋をオーナーとして使ってもよいと指示し、9枚のポスターの中から自分の好きなものを選んで壁に貼ることを許可しました。

2つ目のグループ(入居者型)には、あらかじめ9枚のポスターから研究者が無作為に1つ選んだ部屋に入ってもらいました。その後、学生に10ドルを渡して、その中から好きな金額を必ず実験の参加者(小部屋の住人)に渡すように指示しました。

その結果どうなったかというと、入居者型の学生が相手に渡した金額は平均2.94ドルだったのですが、オーナー型の学生が渡した金額は『4.08ドル』と、なんと39%も相手に与える人が多くなることが分かったのです。

私たちは根源的に『所有することで自分の一部になるため、安心する』という心理があることが知られています。オーナーシップの感覚を持つことができたグループはそうではない人に比べて、この心理が充足され『寛大になったり人に優しくなる』ことが予想されます。

つまり、会社のことをまるで自分のことのように思える(所有の意識がある)ほど、相手に対する思いやりが高まり、助け合いながら成長できる企業風土が育っていくことが強く示唆されるのです。

特に新入社員にとっては日々新しいことばかりで、相手にまで配慮する余裕を持つことが難しい状況にあります。そんなとき、選択できる環境を与えて会社を自分の一部のように思えれば、人間関係の満足度まで高まることが考えられます。

エンゲージメントを視覚化する最新の脳科学

近年、脳科学の分野でもこの『所有の意識/心理的オーナーシップ』についての研究が世界的に進んでおり、2019年には所有の意識(当事者意識)を持ったときに発火する脳の場所も特定されてはじめています(3)。

つまり、脳をスキャンするだけで、その人が会社に対して所有の意識があるのか、愛着や信頼を感じているのかが分かるような時代になってきているのです。

現在、脳の活動状態を企業向けに分析する『株式会社NEU』(東北大学+日立ハイテクノロジーのベンチャー企業)(→ リンク先:https://neu-brains.co.jp)のチームとも連携して、社員の『所有の意識』や『エンゲージメント』を視覚化できないかという試みも行なっていくことを予定しています(2020年以降)(4)。

これまで『社員のやる気』や『エンゲージメント』は質問に答えるアンケート形式がほとんどで、全体像は分かってもどうしても主観的な要素が排除できないという課題が残っていました。

しかし、脳を直接分析することでより客観的な測定ができるため、次世代の『組織の状態を分析する』ツールとして今後の可能性が注目されてきています。

脳科学
脳を直接分析して組織の状態を分析できるようになる可能性がある

最後に

今回は新入社員のやる気を高めるためには、『所有の意識』を持たせることが大切なことをお伝えしてきました。『所有の意識』は、愛着心や企業への信頼感にもつながり、エンゲージメントも高める効果があることが予想されます。

GEの最高経営責任者を20年間務めたジャック・ウェルチも『企業規模の大小に関わらず、従業員のエンゲージメントを何より優先しなさい。やる気のある従業員なくしては、中長期的にも勝ち続けることは不可能だ』という言葉を残しています。

自分の会社をまるで自分事のように語る社員が多くなるほど、組織はより大きく活性化し、働く人の人間関係や人生に対する幸福度まで高まります。

『他人事ではなく、会社を自分の一部と思ってもらうためにはどうすればよいのか?』

私も科学者であり会社の経営者でもありますので、こういった質問を日々問いかけていきたいと思います。

次回は『五感と経営』をテーマにお伝えしていきたいと思いますので、ご興味のある方は是非楽しみにされていてください。

<参考文献>

(1) Scott, Keller, “Increase Your Team’s Motivation Five-Fold”, Harvard Business Review, Apr. 26, 2012

(2) Francesca Gino, “How to Make Employees Feel Like They Own Their Work”, Harvard Business Review, Dec. 07, 2015

(3) T. Nozawa, et.al., “prior physical synchrony enhances rapport and inter-brain synchronization during subsequent educational communication” Sci. Rep., Vol.9(1), p.12747, 2019

(4)エンゲージメントの視覚化・コンサルなどのお問い合わせについては、下記ホームページよりお願いします。

http://www.trdesign.jp

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