世界秩序が大きく揺らぐ中、日米同盟への過剰依存を前提とした安全保障や外交の脆弱さがあらわになり、財政面でもアベノミクス期の債務膨張や企業の補助金依存体質など構造的課題が積み残されたままだ。今後、日本が進むべき道について、寺島実郎氏が多角的な視点から提言する。構成=吉田 浩(雑誌『経済界』2026年2月号より)

寺島実郎 日本総合研究所のプロフィール

寺島実郎 日本総合研究所
日本総合研究所会長 寺島実郎
てらしま・じつろう 1947年生まれ。北海道出身。早稲田大学大学院政治学研究科終了後、三井物産に入社。米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産常務執行役員、三井物産戦略研究所会長等を経て、現在は日本総合研究所会長、多摩大学学長を務める。国土交通省・国土審議会計画部委員、経済産業省・資源エネルギー庁総合エネルギー調査会基本政策分科会委員等を歴任。

米国への過剰依存を見直すべきタイミング

 日本再生に向けた第1の柱として提起したいのは、「日米同盟の再設計と柔軟な多次元外交の創造」だ。トランプ2・0が始まり、日本人が好むと好まざるとにかかわらず、米国が主導してきた国際秩序が大きく揺らぐ現実に向き合わざるを得なくなった。国際連合、多国間協調、国際連携といった枠組みを引っ張ってきた米国が、アメリカ・ファーストに戻り、世界全体まで面倒を見ていられないという姿勢になっている。トランプ関税が象徴的で、米国が自国優先を前面に出す構図がはっきりしてきた。

 日本はこれまで、アジアでは冷戦が終わっていないという認識の下、中国の脅威を前提に日米同盟に依存してきた。米国についていくしかないという姿勢が続き、ドイツのように基地問題や地位協定の見直しに踏み込むこともしてこなかった。だが、トランプの登場によって、親米か否かにかかわらず、米国への過剰な同調を見直さざるを得ない局面に差し掛かっている。

 米中対立についても、両国は殴り合っているように見えて、実際にはこすり合いながら落としどころを探っている。トランプの考え方は基本的にディール(取引)であり、中国への追加関税を100%にすると言いながら、レアアースの確保と引き換えに20%に落ち着かせたのが良い例だ。日本への追加関税は15%だが、台湾への追加関税は20%で、ブラジルやインドに対しては50%である点を考えると、最も狙われるはずの中国が結果的にソフトランディングする形になった。

 このように米国が自国第一を掲げる状況の中、日本にとって重要なのは米国への過剰依存と過剰同調を続けるだけでは立ち行かなくなるという現実を直視することである。欧州や東南アジア諸国は、日本がトランプに押し込まれながら同調していく姿を、冷静に見ている。特にイスラム教徒が多数を占めるインドネシアとマレーシアでは、ガザ・イスラエル問題における米国の姿勢への怒りが強まり、反米感情が高まっている。そうした状況において日本は、米国をアジアから孤立させない役割を果たす必要がある。欧州で英国が果たしているように、日米同盟を維持しながらも、多次元的に欧州やアジアと連携して筋道の通った立ち位置をつくることが求められる。非核平和主義の徹底も問われる局面である。

 台湾問題についても前のめりになるのは危険だ。日本は1972年の日中共同声明によって、台湾とは国交なき交易の関係に立っている。国として認めていない相手を集団的自衛権の対象として戦争に巻き込まれる危険性について、冷静に考えるべきである。

国家資本主義的政策で本当に産業は育つのか

 第2の柱は、「アベノミクスとの決別と、レジリエンス強化の産業創生」である。高市政権は積極財政を掲げているが、所信表明で成長率の範囲内で債務残高の伸び率を抑えると言っている以上、それはアベノミクスの否定に他ならない。アベノミクスがスタートした2012年から24年までの名目GDP成長率は年平均1・65%だったが、政府債務残高は年平均2・44%で増え続け、同年度末には1323兆円になった。仮にこの間1・65%の成長率の範囲に債務増を収めていれば、債務は約112兆円少なく済んでいた計算だ。

 懸念されるのは、財政出動への期待が高まる一方で、企業が何でも補助金や助成金を求める体質になっていることだ。積極財政を求める背景には、企業側の依存心がある。日本では、鉄鋼や自動車のEV化など、補助金や助成金が当然のように求められる構造になっており、国家資本主義のような姿になっている。これでは企業の主体的な研究開発が進まず、21世紀を切り開く産業はつくれない。高市政権が成長戦略の重点投資を行うとして打ち出した17分野も要素技術と産業分野が混ざり合うなど体系性がなく、どの分野を育てるのか、そのために必要な技術は何かという整理ができていない。

 物価高についても、ガソリンの暫定税率を廃止すれば解決するという話ではない。食料品、電気代、ガス代が高くなっている理由は円安であり、今は輸入インフレの状態にある。世界は化石燃料安の状態で、原油入着価格は12年の1バレル114ドルから24年には80ドル台に下がっている。それでも輸入価格が上がるのは、円ドルレートが79円台から155円近くまで動いたからだ。円安の大きな要因は日米の金利差ではなく、日本の財政規律の緩みにある。財政規律に厳格な英国がポンドを高く保てるのに対し、日本は赤字国債を日銀に引き受けてもらう構図を続けた結果、信認が低下している。

 そして、第3の柱が政治改革である。私は議員定数の削減を30年前から主張してきたが、人口が3割減ろうとしている国で、人口比で米国の3倍もの国会議員を抱えている現状は見直されるべきである。政治が家業化し、2世、3世の議員が増えている状況では民主主義が持ちこたえられない。議員の任期制限についても米国では一部の州が導入している。英国の貴族院は基本無給であり、名誉職として国のために関与する形になっている。日本の政治コストは非常に高く、国民が厳しい目線を向ける必要がある。

「全体知」を鍛え時代の本質を捉えよ

 以上、3つの柱を踏まえたうえで、産業界がこれから取り組むべきことについても言及したい。まずは「食」である。令和の米騒動で見えた食の不安定さを踏まえ、食料自給率を7割程度まで戻し、生産・加工・流通・調理のサイクル全体の付加価値を高める構造への変化が必要だ。2つめは「医療・防災」。一例を挙げると、(一財)日本総研が推進してきた医療行為ができる高付加価値コンテナを道の駅などに配置する「命のコンテナ」の取り組みが、群馬県や和歌山県など全国23カ所で動き出している。太陽光パネルで電源を確保し、平時は移動店舗として使い、有事には防災用として機能させる仕組みで、世界の難民キャンプでもニーズがある。小さな話に聞こえるかもしれないが、こうした技術集約型の輸出産業を育成する事が必要だ。そして3つめが「文化・教育」である。

 激動の時代においては専門家による「専門知」と複数の専門知を集積した「総合知」だけでなく、広く、深く物事の本質を捉える「全体知」が不可欠である。全体知を求める努力によって課題解決に向けた優先順位を判断し、進むべき道筋を探っていかなければならない。