発足直後、8割超という驚異的な高支持率でスタートを切った高市新政権。しかし、その政権運営の足元は決して盤石とは言えない。弱い党内基盤、日本維新の会の連立離脱リスク、そして「積極財政」という旗印。2026年の政局の鍵は、総理がいつ、何を大義に「伝家の宝刀」を抜くかにかかっている。構成=佐藤元樹(雑誌『経済界』2026年2月号より)
青山和弘のプロフィール
あおやま・かずひろ 1968年生まれ、元日本テレビ政治部次長兼解説委員、政治部で野党キャップ、自民党キャップを歴任。国会官邸キャップを2回、通算6年間務める。2021年に独立し、政治ジャーナリストとして活動。
鍵を握る「スピード感」と連立の脆弱性
高市総理の高い支持率の背景には、もちろん憲政史上初の女性総理という要因も大きい。しかし、それ以上に国民が期待しているのは、政策面の変革、特に物価高対策や外国人政策での「スピード感」だ。「期待したけど、何も変わらなかった」という状況になれば、支持率が急落する原因となる。高市総理もそれを意識し、矢継ぎ早に日本成長戦略会議や外国人政策をめぐる閣僚会議を開き、これまでの政権とは違って「どんどん対応してくれる」という姿勢を見せようとしている。これが高い支持率を維持するための最重要戦略である。
一方で、政権の構造的な脆弱性として、維新の連立離脱リスクは常につきまとう。そもそも維新は内閣に閣僚を出しておらず、責任を共有しているとは言えない状況。連立政権と呼ぶべきかも微妙だ。
維新の内部には、過去の旧文通費問題などで自民党に約束を反故にされたという警戒感が根強くある。最大のリスクとなるのは、維新が強く求めている議員定数の削減だ。この臨時国会で法案提出に至らなかったり、本気で目指していないと見なされた場合、「最初からやる気がなかった」と判断され、維新内部で連立離脱論が強まるだろう。さらに、維新の会は大阪組と国会組で考え方の乖離が大きく、内部で不協和音が起こりやすいという構造的問題を抱えている。
また、政権にスキャンダル、特にマネースキャンダルが出た際の対応が甘ければ、維新が「自民党とは組んでいられない」と判断する材料になり得る。逆に自民党側から維新を突き放す可能性は低い。なぜなら、単独では過半数を超えない自民党が維新に協力をお願いしている立場だからだ。しかし、維新は常に連立を離脱する可能性を孕んでいて、政権構造は極めて不安定だという認識が必要である。
総理が絶対に抜く「伝家の宝刀」の行方
私が考える高市政権の2026年最大の「勝負どころ」は、政策の具体化や予算編成よりも、衆議院の解散・総選挙のタイミングである。総理は今、「解散は考えていない」と公言しているが、これが本心のはずはない。歴代総理を見ても、頭の片隅にもないと言った直後に解散した例もあるほどだ。
高市政権は、現在高い国民の支持を得ているが、党内の基盤は極めて弱いという根本的な問題を抱えている。自民党総裁選の決選投票で、高市氏と小泉進次郎氏の議員票はほぼ半々だったからだ。党内に反高市勢力も多く、このままでは長期政権は難しい。彼女が長期政権を実現するためには、選挙で国民の信認を得るというプロセスが絶対に必要なのだ。
衆議院解散は、高い支持率が続いている間が望ましいのは言うまでもない。一方で、解散の「大義」も重要だ。小泉純一郎元総理が郵政解散で圧勝したように、「野党が邪魔をするから、私のやりたい政策が実現できない」という、分かりやすい対決構図が生まれた時が解散の好機だと私は予測している。
例えば、外国人政策、定数削減、あるいは補正予算といった重要政策の採決で、野党の協力が得られず膠着した局面だ。「私はこんなにいい政策を実現したいのに、野党の反対で推進できない。私に力を貸してください」という訴えが国民に刺されば、選挙に勝つ確率が高まる。野党との協力がうまくいっているうちは解散は難しい。対決構図が明確になった時こそ、解散のチャンスなのだ。
もし解散総選挙で自民党が議席を増やし、さらに自民党単独で過半数を超えてくれば、政権は安定し、長期政権への道が開ける。しかし、逆に議席を減らすようなことがあれば、自民党内で一気に振り子が振れ、再びリベラルな総裁が誕生する可能性もある。その場合、公明党との再連立も検討される可能性が高いし、高市総理が進めてきた政策はひっくり返ってしまうだろう。こうした政策の変動の可能性こそ、経営者が最も警戒すべき点である。
積極財政と日米関係 求められる成果
高市総理は「経済あっての財政」との主張に基づき「責任ある積極財政」を掲げている。これは無尽蔵に赤字国債を出しても構わないというMMT(現代貨幣理論)のようなやり方ではなく、過度なインフレや長期金利上昇のリスクをコントロールしながら進めるという意味だ。
デフレ脱却については、実質賃金の上昇が続くかが鍵だが、それがいつ「確実な証拠」として国民に実感されるかは、不透明だ。ガソリン税の暫定税率廃止などの物価高対策が消費マインドを一時的に刺激しても、それが継続するかは、企業側の賃上げと設備投資にかかっている。日銀の利上げについても、高市総理は金利上昇を望んでいないため、表立っての介入は避けつつも、日銀側と緊密に話し合い、慎重な判断を促していくことになるだろう。
外交面で高市総理は、アメリカのトランプ大統領との信頼関係構築に強い意欲を示している。10月の首脳会談は良いスタートだったが、2026年の焦点は、その「良好な関係」を手段として、いかに実質的な国益につなげるか、という点にある。例えば、トランプ関税の引き下げや、拉致問題の進展につながる具体的な 成果を出せるか。そうしたことができなければ、単なる良好な関係のアピールで終わってしまい、「高市総理になって外交が変わった」とは言えないだろう。
なお、総理が意欲を示す憲法改正については、発議に衆参両院で3分の2の議席が必要であり、今の自民党の議席数では極めてハードルが高い。安倍元総理時代でさえ難しかった課題であり、解散で大勝しても、参議院の壁もあるため、26年中に発議を実現することは難しいと見ている。
26年の政治は、「不安定さ」そのものが最大のリスクだということだ。
高市総理は「強い総理」を目指しているが、そのためには解散・総選挙という賭けを避けることはできない。もしこの賭けに敗れた場合、自民党内で再び疑似政権交代が起き、政策が大きく転換する可能性がある。
特に、自民・維新連立のもとで、維新が推進する規制改革や社会保障改革、あるいは高市総理が推進する積極財政や外国人政策の厳格化といった分野で、政策の方向性が急激に変わる可能性がある。経営判断の前提となる政策基盤が、政局のちょっとした動き(スキャンダルや失言、支持率の急落)で崩れる可能性を常に意識し、リスクヘッジをしておくことが重要だ。
日本は比較的安定した政治が続いたが、元来政治は誰が担うかによって劇的に変わるものだ。常に衆議院解散の予兆に注意を払い、政権が長期化するか、短命に終わるか。そして次は誰なのか、どういう政権の枠組みなのかを判断の軸に据えることが、26年の事業戦略において不可欠だと考える。
※インタビューは11月7日に実施。