ドナルド・トランプ米大統領との会談で、高市早苗首相は日米同盟の強固さをアピールした。習近平中国国家主席との会談が実現したこともあり、滑り出しは上々との評価も高まっている。しかし、米中関係の変化によって、今後の日本外交はさらに難しいかじ取りを迫られそうだ。聞き手=吉田 浩(雑誌『経済界』2026年2月号より)
小谷哲男 明海大学のプロフィール
こたに・てつお 1973年生まれ。兵庫県出身。明海大学外国語学部教授、日本国際問題研究所研究主幹を兼任。専門は日本の外交・安全保障政策、インド太平洋地域の国際関係と海洋安全保障。米ヴァンダービルト大学日米センター研究員、海洋政策研究財団研究員、岡崎研究所研究員、日本国際問題研究所研究員、日本国際問題研究所主任研究員、明海大学准教授を経て2020年より現職。
米国との関係が変化し自信を深めた中国
―― 高市政権誕生によって、外交面で大きく変わる部分はあるか。
小谷 総裁選に勝利してからの高市氏は、かなりバランスに気を使っている印象だ。外交や安全保障についてもこれまでの路線の継続を意識していて、日本から何かを大きく変えることはないと思う。引き続き日米関係を基軸とし、安倍晋三元首相が進めてきた「自由で開かれたインド太平洋」の構想に基づき、地域諸国や欧州各国との協力も深めることになるだろう。韓国、中国との関係は、特に歴史認識の問題で難しくなるのではないかと言われていたが、靖国神社への参拝もおそらく行わないとのことなので、基本的にはこれまでの継続で大きな変化はない。
―― 中国の反応も思ったほど強くない。
小谷 背景には中国の自信の深まりがある。中国は当初、高市政権のことをかなり警戒して、APECでの習近平国家主席との会談も直前まで決まらなかった。トランプ米大統領と高市首相が日米関係の強固さを示したために、中国が警戒して高市首相と会わざるを得なかったといわれているが、それは逆だ。今や、米中関係では完全に中国の方がイニシアチブを握っている。米中関税交渉において、中国側が半導体製造に不可欠なレアアースをがっちり握っているので、トランプ政権は何もできない。
10月に行われた米中首脳会談の中身を見ても、中国はほとんど何も譲っていない。米国は関税をどんどん引き下げて、半導体輸出規制も緩めて、完全に中国に足元を見られている。そんな状況で日本が中国に厳しいことを言っても、中国は気にする必要はなく、歴史認識や台湾問題などで少し釘を刺しておけば良いくらいに考えて、首脳会談を受け入れたと見るべきだ。
―― 米中関係の変化が根底にあると。
小谷 第1期トランプ政権では中国との戦略的競争という形で強硬姿勢を続けてきたが、今は完全に何もできなくなっている。現在、トランプ大統領は「G2」について何度も言及しており、米中の競争ではなく、お互いの勢力圏を認め合って戦略的互恵関係を築き、紛争に至らないようにするという姿勢に変化している。日本が対中強硬姿勢を示してもはしごを外されるだけなので、高市政権は外交で大きな変化を見せることはできない。
既に報道されている通り、年末にかけて米国が発表する国家防衛戦略では、米国は南北アメリカ大陸だけを守り、それ以外は二の次、三の次にするという内容が発表されるだろう。中国、米国、ロシアの大国間の合意で新たな世界秩序を形成するいわゆる「新ヤルタ体制」に、2026年以降は大きく傾いていくとみている。
―― 米中関係が大きく変わる節目となったのはいつ頃か。
小谷 25年4月に米国が世界中に対して相互関税を発表した際、中国は報復関税を掛け、5月に入ってから中国は報復関税を掛けない代わりにレアアースの輸出規制を行う措置を取った。中国側が切り札を出してきた格好で、これで米国は完全に腰が引けた。その後すぐにスイスの閣僚会議でお互い10%の関税引き下げで合意し、米国が折れる形で輸出規制の一部停止に至った。両国の立場が完全に変わったのはここからだ。
日本の外交に求められるG2前提の生き残り策
―― 日本としては何ができるのか。
小谷 日本は外交も安全保障も日米基軸なので、米国と中国のG2体制は困る。しかし、中国は10年前から、革新的利益を相互に尊重しようと米国に呼びかけてきた。現在トランプ大統領は、この革新的利益の相互尊重というところまで踏み込もうとしているのではないか。そこには台湾の問題も含まれており、米国は台湾の問題にもう手出ししないというところにまでなってくる。そんな状況で日本が台湾との関係強化を図ることはできないので、この米中関係の変化を踏まえた外交、安全保障戦略の立て直しが必要になるだろう。26年に改定される国家安全保障三文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)は22年版の単なるアップデートではなく、米中がG2を目指している前提で日本の生き残る道を考えなければならない。
―― 台湾問題に関してはどう見ているか。
小谷 トランプ大統領はメディアのインタビューで「中国側は自分の任期中には台湾有事は起こさない」と明言した。それはおそらく正しい。米国が台湾を見捨てる方向に傾いているため、武力攻撃しなくても、いずれ台湾の方からすり寄ってくると中国は見ているはずだ。いずれは、中国が主張する一国二制度を受け入れざるを得なくなるところに行きつく環境が整ってきた。
―― 日本は自主防衛力を高めるべきなのか。
小谷 米国がアジアから引いて行った場合、自主防衛力をこれまで以上に高めなければならないし、石破茂前首相が言及していたアジア版NATOの構想が、現実味を帯びてくる可能性がある。各国による共同防衛までは行かないかもしれないが、少なくともこれまで以上に踏み込んだマルチな枠組みが必要になってくるだろう。
一方で、米国がアジアから引いて行かないよう説得する努力も求められる。アジアに残ることが米国にとっての利益になるという点を、経済と安全保障の両面から提示していくことが必要だ。日本は経済面では、米国への投資やレアアースの供給などでつなぎ止める動きを見せているが、安全保障の面でも米国が台湾のことに口出しも手出しもしない状況はまずい。かつて中国が米国に対して太平洋を2分割する提案をした際に米国は拒否したが、今回トランプ大統領が言うG2の枠組みでは、2分割しても良いという方向に向かっている。分割線がハワイなのか、グアムなのか、第一列島線なのかで意味合いは大きく変わる。日本としては第一列島線に米国が留まってくれなければ困るため、ここの防衛で日本がもっと役割を増やしたり、他国と連携したりする必要があるだろう。
―― そんな中、日本企業が留意しておくべきことは何か。
小谷 先ほど述べた通り、懸念されている台湾有事が起こる可能性は今後低くなるとみられる。一方、中国が米国との関係で優位に立っていく中、経済安全保障の観点から中国を排除してサプライチェーン構築を進めている民間企業に対しては、圧力を強めてくる可能性がある。台湾に進出している海外の企業に対しても、中国本土のさまざまな規制が適用されていくということがあり得る。中国の覇権を前提としたビジネスの環境づくりを、今後は考えていかなければならない。