ドル高円安が続く為替相場は、2026年以降どう推移していくのか。これまで国内、海外で750社の為替リスク管理を支援してきた戸田裕大氏が、今後の相場の見通しと日本企業が取るべき対策について語った。同氏はドル高円安は継続し、企業経営者は円安を前提とした体制づくりを行うべきだと主張する。構成=吉田 浩(雑誌『経済界』2026年2月号より)

戸田裕大 トレジャリー・パートナーズのプロフィール

戸田裕大 トレジャリー・パートナーズ
トレジャリー・パートナーズ代表取締役 戸田裕大
とだ・ゆうだい 1985年生まれ、東京都出身。2007年、中央大学法学部卒業後、三井住友銀行へ入行。10年間外国為替業務を担当する中で、ボードディーラーとして数十億ドル/日の取引を執行すると共に、日本と中国にて計750社の為替リスク管理に対する支援を実施。18年末に同行を退職。以降は法人向けにトレジャリー業務(為替・金利・資金)に関する支援を行う。

2025年のポイントとなった米中交渉と日米の金利政策

 まず、2025年を振り返って大きな流れをおさらいしておくと、年明けに1ドル158円でスタートしたドル円相場は、関税を巡る米中対立が激化した2月から4月にかけてリスクオフモード(高リスク資産からより安全な資産へ資金を移す動き)が強まりキャリートレードが逆流、日本円買い戻しの流れが進んだ。日本では25年1月に政策金利が0・25%から0・5%になったこともあり、その後も日銀に対する利上げへの期待が高まっていた。一方で、FRB(連邦準備制度理事会)の利下げ期待もあり、日米の金利差が縮小していくという観測が強まったことでドル安円高が進行し、一時は1ドル140円を割り込む動きもあった。

 ところが、5月に入ると米中貿易協議がトーンダウンし、双方が互いに課した追加関税を115%引き下げることで合意。これによりリスクオフの動きが和らいだことに加え、FRBが利下げを急がない姿勢を継続したこともあって、5月以降は徐々にドル高円安が進むことになった。ドナルド・トランプ米大統領は金利を下げるようFRBに圧力をかけていたものの、ジェローム・パウエル議長は応じず、ドルの利下げがどんどん後ろ倒しになっていった。

 FRBが利下げに踏み切らなかったのは、米国の経済指標が思ったより堅調であることが背景にある。失業率は歴史的な低水準にあり、住宅市場は新築、中古共に低水準での推移が続いているものの利下げを見込んだ需要増加も徐々に見られている。個人消費も緩やかになってはいるものの、依然として強い。米国経済が安定している要因は、人工知能(AI)開発の加速や株高など諸説あるが、いずれにせよ、高金利政策によって大きく崩れていない状況だ。

 FRBは雇用情勢悪化の懸念や物価高の長期化懸念などを背景に、9月にようやく9カ月ぶりとなる利下げを行ったが、政策金利の下げ幅は0・25%に留まった。26年にかけても、現在の政策金利4・25%から1%下がる程度とマーケットは織り込んでいる。(本取材後の10月FOMCではさらに0・25%、政策金利が引き下がった)  一時は利上げ観測が高まった日本に関しても、25年は緩和的な金融政策を継続し、景気を下支えする姿勢が鮮明だった。9月に日銀は株価を下支えする目的で買い入れているETF(上場投資信託)を売却すると発表して、金融緩和の方向性が転換されるかとも思われたが、売却完了までに100年かかる非常に遅いペースで進めるとしており、引き続き低金利による金融緩和と円安傾向は続くと予想される。

 また、日本はGDP(国内総生産)に占める財政赤字の割合が世界的に見ても高く、1%の金利上昇で年間の国家予算の10%強に当たる約11兆円の赤字が増えることになる。このように金利を簡単に上げられない状況を見越した投資家による円売りも、円安を後押ししている。

米国の利下げは限定的 26年後半から再び利上げか

 こうした現状を踏まえ、26年のドル円相場を予想すると、引き続き米中貿易協議が大きなポイントになる。交渉の落としどころは毎回難しいが、合意が得られない部分については一時休戦し、その間にたとえば半導体などの分野については調達経路の見直しをはじめとするデカップリングによって、双方の依存度を下げていく政策を取ると考えられる。長期的なリスクは依然残るが、競争力の源泉となる先端分野で米国は決定的な衝突を避けると思われるため、為替相場への影響は限定的に留まることをメインシナリオに据える。

 もう一つのポイントである金融政策に関しては、まず米国の利下げがどこまで進むかが焦点となる。国内景気が大きく崩れないことを前提にすると、一定の水準で利下げが止まり、次第に利上げへと転じていくソフトランディングシナリオの可能性が高いだろう。26年半ばまでに現在より0・75%程度金利が下がるものの、年後半には限界が訪れ、その後は再び景気が持ち直していくのではないかと現段階では想定している。

 一方、日銀は前述したように、金利を上げたくても上げられない厳しい現実に直面している。物価高が進む中、高市政権としても金利を上げたいところだが、経済の成長基盤が弱いため、金利負担が企業に重くのしかかってくる懸念もある。このまま行くと日米の長期金利差はあまり縮まらず、緩やかなドル高円安基調が継続し、24年に到達した1ドル161円の水準をもう一度うかがうような展開になると想定される。

 シナリオが大きく変わるリスク要因を挙げるとすれば台湾有事だろう。米中が経済領域で話し合いをしているうちは問題ないが、軍事的な衝突があれば、リスクを回避する行動としてこれまでの円キャリートレード(低金利の円を売ってドルのような高金利通貨を買う取引)の流れが一変するかもしれない。ロシアによるウクライナ侵攻も消耗戦が続くようなら影響は小さいが、仮にNATOが巻き込まれるような展開になれば事態は大きく変わってくる。

貿易の為替リスクは限定的 企業経営者は事業機会に目を

 円安の要因に関しては他にもさまざまな主張があり、たとえば、企業がSaaSをはじめとする米国のデジタルサービスへの支払いで発生しているデジタル赤字の影響が大きいという声もある。デジタル赤字額は年間約6兆円に達しており、これはトレーダーとしての私の感覚では年間約4円の円安効果と見ている。ただ、アナリストしての私の見解としては、主な要因はやはり日本の財政状況や経済の低成長性といった根本的な部分にあると考えている。

 そうした中、企業経営者に求められるのは、円安を前提とした体制づくりだ。貿易取引による為替リスクはよほど利ざやの薄い業態を除いて限定的であるが、企業は短期決済の為替リスクの対策に注力し過ぎている。これは事業部、経理部といった各部署における最適化が進んだ結果であって、会社としての最適解ではないケースが多いと考えられる。

 会社としては小手先の対策ではなく投資機会や事業機会を増やす方法についてもっと考えるべきだろう。円安によって海外への投資金額の確保が難しくなる一方で、モノやサービスの輸出は儲かりやすくなっている。海外の競争環境は厳しいが、国内需要の増加がイメージしにくい中、円安環境を生かす経営戦略や体制づくりを進めていくべきだろう。

 為替リスク対策は本来、事業部や経理部だけで考えて行うべきものではない。経営者、役員、経営企画、財務部、さらに実務部隊としての事業部、経理部、法務部などが一緒に考えるべき事項である。特に海外との接点が多いと想定され、全社的な事業方針を決める経営陣には為替リスクについて考えると共に、「為替チャンス」の発想を強く持って事業にあたることで、より効果的な経営が期待できるはずだ。

※2025年11月取材時の情報です。