100年に一度の大規模再開発が続く渋谷。東急不動産が手掛けた「渋谷サクラステージ」も2024年に全面開業。渋谷の動線を大きく変えた。箱はできた。今後はそれをいかに活用していくのか。東急不動産ホールディングスの西川弘典社長に聞いた。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2026年2月号より)
東急不動産ホールディングス 西川弘典のプロフィール
にしかわ・ひろのり 1958年、北海道生まれ。82年、慶應義塾大学経済学部を卒業後、東急不動産入社。主にリゾート開発などを手掛け、2013年に東急不動産ホールディングス執行役員就任。20年より社長(現任)。東急不動産では、17年副社長就任、21年より会長(現任)。
サクラステージ開業で改善された渋谷の動線
―― 渋谷駅周辺は近年大きく変わっています。東急不動産が開発した「渋谷サクラステージ」も全面開業してから1年余りがたちました。振り返ってみていかがですか。
西川 開業前に予想したとおりに推移し、思ったとおりの集客施設になっていると思います。
渋谷はご存じの通り、谷底のような地形に駅が位置しているため、人の動線も複雑で「街としての一体感が生まれにくい」という課題がありました。それを解消し、ひとつの都市としての魅力を最大化することが、再開発の大きな目的でした。特にサクラステージのある桜丘エリアは、国道246号により分断されていましたが、サクラステージが誕生し、JR渋谷駅南口と直結したことで動線が一気に改善されました。全面開業から1年での累計来街者数は延べ3千万人を超えています。
―― そうなると今の課題は何でしょうか。
西川 東急グループでは、渋谷駅周辺に加え、表参道、原宿、青山、恵比寿、代官山などを含むエリアを広域渋谷圏と位置付けています。個性豊かな街が複合的に結び付くことでより魅力的な都市になると考えています。
その中でサクラステージは、広域渋谷圏の中での重要な情報発信基地になると考えています。ところがわれわれの努力不足もあり、情報発信力がまだ十分ではない、と認識しています。
渋谷は多様なカルチャーの集積地です。誰もが憧れる、それに触れたい、染まりたいという質の高いカルチャーをどれだけ用意できるかは、都市開発の重要なポイントです。渋谷はすでにそれを持っている。ブレーキンなどのアーバンスポーツやデジタルコンテンツなどの材料も山のようにある。あるいは広域渋谷圏の特徴は、住宅が隣接していることです。こういう地区の再開発は、渋谷以外それほど多くはありません。そういう生活圏も大きなカルチャーです。こうした部分をもっと上手に立体的な情報発信をしていけば、渋谷の魅力はさらに高まるはずです。
―― どうやって発信力を高めていきますか。
西川 365日24時間、サクラステージから日本のさまざまな文化を発信できるようにしたい。すでに漫才のステージに取り組みましたが、今後落語なども外国人に向けた発信ができればと思っています。言葉の壁があると思うかもしれませんが、うまく英訳できれば海外の人にも笑ってもらえます。あるいはデジタルアイドルも渋谷にはたくさんいますので、彼らのライブを発信する。それによってサクラステージが文化の聖地になる。それをやっていきたいと考えています。
食もその一つです。必ずしも和食である必要はありません。日本ほど食のレベルの高い国はありません。さまざまな国の料理も食べられるし、それを組み合わせた創作料理もある。そういうものを発信すれば、海外の人にとってはものすごく強力なコンテンツになると思います。
ポートフォリオの見直しで「競争力のある事業」だけに
―― 渋谷には「ビットバレー」と呼ばれた1990年代から、ベンチャー企業が集まり、その中からGMOやサイバーエージェントなども育ち、今も渋谷に本社を置いています。しかし今では渋谷以外の地区でもスタートアップ誘致などに力を入れています。
西川 是非とも実現したいのが、スタートアップのエコシステムをつくることです。これまでにもスタートアップが育ちやすい環境は提供してきました。それなりの水準には到達していると思います。でもさらにブラッシュアップするには、先ほど言った文化や、大学などの知の集積との統合が必要です。
すでにサクラステージは、東京大学や京都大学など日本のトップ大学と提携しています。海外でもMIT、オックスフォードなどの大学の産学連携プログラムや起業支援機関と連携しています。さらに広域渋谷圏である中目黒には間もなく内閣府が推進するグローバル・スタートアップ・キャンパス(GSC)が誕生します。これは海外の大学を誘致し日本と海外のスタートアップエコシステムを連携しようというものです。これがさらなる渋谷の魅力につながります。そしていずれはGSCで育ったスタートアップが渋谷にオフィスを構える。そうなればうれしいですね。
―― ところでサクラステージの完成により、東急不動産の大型開発は一段落しました。ほっとしているのではないですか。
西川 そんな気持ちはまったくないですね。完成して最初に何を思ったかというと、これだけの大きな施設を有効活用するにはどうするか、ということばかりでした。コロナ明け直後でしたから、オフィス環境も決して良かったわけではありません。その中でサクラステージの魅力、渋谷の魅力、そして広域渋谷圏の魅力をどのように伝え、多くの人に利用してもらうか。それだけです。
―― 25年には新たな中期経営計画を策定。30年度に2200億円の営業利益目標を掲げました。24年度が1400億円ですからかなり意欲的に思えます。
西川 私が社長になったのは20年。新型コロナ流行の直後でした。そこでまず取り組んだのは事業ポートフォリオの再構築でした。東急ハンズ(現ハンズ)をカインズさんに引き取ってもらい、大型プロジェクトだった東急プラザ銀座も売却。健康産業のオアシスも手放しました。
東急ハンズなどは長い間、多くの方に愛されたお店ですから、手放すことは断腸の思いでもありました。ただし再建するにしても方策も経営資源もわれわれにはなかった。それならカインズさんに渡すほうが、お客さまにもハンズの社員にとっても幸せなのではないか。そう考えて決断しました。その結果、ハンズは今や最高益を計上するまでになりました。複雑な心境ではありますが、正しい判断だったと思います。
このようなポートフォリオの見直しをして残った事業は、ノウハウや人材で競争優位性を確保できるものばかりとなりました。それが中計で重点テーマにも選んだ「広域渋谷圏戦略の推進」「GXビジネスモデルの確立」「グローカルビジネスの拡大」の3つです。いずれもわれわれが競争優位性を持っています。しかもこれらがシナジーを発揮することで、1+1が2ではなく、3にも4にもなっていく。ですから目標の数字は決して高いハードルではありません。
―― 不安材料はありませんか。
西川 もちろん景気の動向は気になります。特に長期金利が上がる傾向になっています。東急不動産の借入金の多くは長期かつ固定金利で調達しているのでそれほど大きな影響はありません。しかし金利が上がればマーケットが冷える。それによって不動産の取引のマインドがシュリンクすれば、影響を受けざるを得ません。
フィービジネス比率を売り上げ全体の半分に
―― 金利もそうですが、コロナにしても昨今の国際情勢にしても、自助努力とは関係ないところで経営環境が大きく変化します。西川さんも若い時代にバブル崩壊を経験しています。こうした事態にどう備えますか。
西川 経済がシュリンクしても売り上げがゼロにならない仕組みづくりです。土地の売買ビジネスは、市況が良ければ利益も大きいですがリスクもあります。バブル崩壊、そしてリーマンショックの時もわれわれは売却利益ゼロという恐ろしい経験をしています。また同様のことがあるかもしれません。そのため今は売却利益に頼らず、フィービジネスなどの安定利益を伸ばそうとしています。これは東急不動産グループの共通認識です。
グループには東急リバブルや東急コミュニティ、あるいは東急リゾートのようにフィービジネスで競争力のある会社がいくつもあります。こうした会社、事業を安定的に伸ばしていく。さらには再生可能エネルギー事業に力を入れる。それにより相対的に売却利益の比率を落としていく予定です。
―― 土地売買を減らしていくということでしょうか。
西川 そうではありません。売却利益が不動産業の利益の源泉であることは変わりませんから継続していきます。ただそれ以上にフィービジネスを伸ばしていく。幸い、ここ数年投資してきたものが、30年ぐらいには稼働資産として賃料収入を得るようになり、安定利益を上げるようになっていきます。
そうなれば、現在4割程度のフィービジネス比率が、30年には5割まで伸びると見ています。これにより経営の安定性は格段に上がります。
―― とはいえ人口減少が加速すれば、それだけ不動産需要が減っていきます。どうやったら乗り越えられるのでしょう。
西川 私は将来の姿を描くためにいろんな人の話を聞くようにしています。その話を考えると日本の未来は決して悲観したものではない。「もう1回、日本だよ」という人もいました。日本人は人口減少にとらわれすぎだというわけです。
地政学的な面や、あるいは安全の問題ひとつとっても、世界の国々より勝っている部分は多い。その日本の中心が東京であり、しかも渋谷には大企業もスタートアップもカルチャーも知の集積もある。そしてそこに人は集まってくる。未来は明るいと信じています。