もはや日常的に使われるようになった生成AI。その一方で著作権侵害にあたるケースも増えており、既存メディアは被害を食い止めようと訴訟を起こす例が増えている。その一方で、コンテンツ企業がAIと協業することで新たなビジネスモデルが生まれる可能性も見えてきた。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2026年2月号より)
新聞社・通信社のAI企業への訴訟
驚異的なスピードで進化を続ける生成人工知能(AI)企業と、新聞、アニメなど既存のコンテンツ企業の間で、熾烈な「戦い」が始まった。ネット上の膨大なデータを学習し、わずか数秒でテキストや画像、映画品質の動画を生み出す生成AI企業に対し、既存コンテンツ企業は「著作権を侵害している」と反発。国内外で巨額の賠償金を巡る法廷闘争に発展している。今回、その争いの「現在地」を紐解くとともに、既存のコンテンツ企業が生き残るための道筋や、AIとの共存の「未来図」を探りたい。
「書類作りやその校正を、かなり生成AIに頼るようになった」。東京都内の40代の男性会社員はこう打ち明ける。
「大学では、学生がレポートを生成AIで書き上げるのは当たり前になっていた」。こう話すのは、社会人1年生の20代女性だ。
ある企業でデータベース入力の仕事をしている50代の派遣社員の男性は「AIがもっと広まれば、われわれのような仕事をする人間はいらなくなるのでは」と不安を口にした。
このように、今の社会でAIは「なくてはならないもの」になりつつある。普及は今後も進んでいく。
だが、ネット上で膨大な情報を渉猟・学習し、コンテンツを生み出す生成AIに関しては、現行ルールを逸脱し、オリジナル情報の著作権を侵害しているのではと思われるケースも数多く見られるようになった。その「被害」を訴え、生成AI側に「闘争」を仕掛け始めているのが既存のコンテンツ企業だ。
12月1日、共同通信社と産経新聞社、毎日新聞社が米生成AI新興企業のパープレキシティに対し、生成AIを活用した検索サービスで各社の記事を無断に使い、著作権を侵害したとして抗議した。そして、著作権侵害行為を止めることなどを求めた。
このうち共同通信は、同社のニュースサイトに掲載された記事にパープレキシティ社から約1年間で数十万回のアクセスがあったと主張。共同通信が著作権を持つ配信記事を、パープレキシティ社が許諾なく収集・複製し、回答を生成するために利用しており、明らかな著作権法違反行為であるとした。
さらに、パープレキシティは共同通信の社名などを示しながら内容に誤りのある回答を示しており、共同通信の信頼・ブランド価値を大きく損なったと批判した。パープレキシティ側が要求に応じなければ、訴訟も辞さないとしている。
産経や毎日の主張も同様だ。
一方、3社に先んじ、パープレキシティに巨額の賠償を求めて裁判を起こすことまで踏み込んだのが、読売新聞社、日本経済新聞社、朝日新聞社だ。
先鞭をつけたのは読売で、25年8月、東京、大阪、西部3本社が、記事の利用の差し止めと、約21億6800万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。生成AIを巡る訴訟は米国や欧州で相次いでいたが、日本の大手メディアでは初めてだ。
読売は、パープレキシティが読売のニュースサイト上の記事を無断で取得して複製し、その記事に似た内容の回答を利用者に提供することが、著作権法上の複製権と公衆送信権を侵害していると主張した。
日経と朝日も8月、パープレキシティに対し、著作権侵害行為の差し止めと、それぞれ22億円の損害賠償を求め、東京地裁へ提訴した。
パープレキシティが日経と朝日のサイトのサーバーに技術的な制限を無視してアクセスし、要約の形にした情報を利用者に提供して、やはり著作権法上の複製権と公衆送信権を侵害したとした。
また、元の記事と異なり要約に誤りがあるにもかかわらず、日経や朝日を引用元として記し、両社の社会的な信頼を傷つけたことが、不正競争防止法違反にあたるともしている。
大手メディアが生成AIを訴える動きは23年ごろから米欧で増え始めた。たとえば米ニューヨーク・タイムズやシカゴ・トリビューンは米オープンAIとマイクロソフトを、米ウォール・ストリート・ジャーナルの発行会社はパープレキシティを、米フォーブスや英ガーディアンなどはカナダのコーヒアを提訴している。
読売、日経などの訴訟の動きは、その潮流が日本にも波及したことを示していると言えるだろう。
訴訟の一方で手を組むAI企業と既存メディア
もともと、メディアは読者の「知る権利」に応えるため、莫大な時間や労力、コストを費やして記者を育て、日々の取材や編集、記事執筆作業に取り組んでいる。対価を払わず「ただ乗り」している生成AIの姿勢にメディアが怒るのは当然だ。
また、ウェブ上に有料、無料を問わず記事を出しているメディアであれば、新聞に限らず、雑誌、ネット専業メディア、テレビ局、ラジオ局など、あらゆる媒体が同じ問題に直面しうる。生成AI企業が今と変わらない情報収集やコンテンツ提供の姿勢を続ければ、訴訟に発展せざるを得ない事態は繰り返されるだろう。
一方、日本が世界に誇るコンテンツは、アニメやゲームだ。その著作権を脅かしかねないと物議をかもしたのが、オープンAIが提供する動画生成AIサービス「Sora(ソラ)」だ。
文章による指示で動画を作ることができるサービスで、25年9月30日から次世代版の提供が始まった。
問題となったのは、ソラにより「ポケットモンスター」や「ドラゴンボール」といった、日本の著名キャラクターに酷似した動画が生成されたことだ。提供直後から、SNS上には酷似キャラクターが登場する動画が溢れた。学習するプロセスで、ソラがオリジナルキャラクターを取り込んだためである可能性がある。
著作権侵害を指摘する声が多く上がったことを受け、10月上旬、オープンAIは、ソラによる日本のアニメキャラなどの無断利用に制限をかけた。
日本のアニメ会社、出版社などが加わる「コンテンツ海外流通促進機構(CODA)」は10月下旬、オープンAIの日本法人に対し、会員企業のコンテンツの無断学習をやめるよう求める要望書を出している。
日本のアニメやゲームは、世界に誇る「クールジャパン」の旗手だ。キャラクター特有の絵柄や動き、アニメやゲームが描き出す世界観は、数十年にわたるクリエイターの膨大な努力の上に築かれてきた。
ソラをはじめとする生成AIが、海賊版を含む既存のアニメやゲームの作品を学習し、そのスタイルを真似した動画を大量かつ短時間に生成できるようになれば、当然、オリジナル作品の市場価値は急速に薄れていく。クリエイター側の怒りは当然といえる。
ただ、やはり今後、同様の生成AIサービスが相次いで生まれれば、同じ問題が繰り返される可能性は否定できない。
生成AIの進化が止まらない中、既存のコンテンツ企業は、生成AI企業と競うだけでなく、協力したり、自ら技術を開発したりして、生成AIサービスを提供していく戦略も求められそうだ。
日本の新聞各社が提訴しているパープレキシティは、海外のメディアからも訴えられているが、実は、パープレキシティとの提携を進めるメディアも相次いでいる。
秋に発表されたのは、米ワシントン・ポスト、CNN、フォーチュンなど米国の5社と、ルモンドなどフランスの2社の合計7社との提携だ。
パープレキシティの新しい有料メールサービスに記事を提供し、閲覧数に応じて収益が分配されるのだという。
同じ動きは他の生成AI企業とメディアの間でも広がっており、オープンAIは、ワシントン・ポスト、英フィナンシャル・タイムズ、AP通信などと提携している。
こうした動きから見て取れるのは、高品質で訴訟リスクのない学習データを確保するため、今後、生成AIがコンテンツ企業へ「対価」を支払う方向へと舵を切る可能性だ。また、コンテンツが「石油」「レアアース」のような必須のインフラ資源としてAI産業で評価されるようになり、コンテンツ企業が「インフラ供給者」として地位を確立できる可能性もみ見て取れるだろう。日本のコンテンツ企業も、こうした動きをしっかり捉え、生成AI企業との連携を模索していくことが重要だ。
AI時代の新たなビジネスモデルの可能性
一方、日本でも、コンテンツ企業自身が生成AIサービスを開発する動きが出始めた。その一つが、共同通信とソフトバンクグループ(SBG)の協業だ。
共同通信とSBGは24年11月、生成AIの開発に向け業務提携したと発表した。共同通信の配信記事の一部を使って、生成AIの大規模言語モデルを作り上げるという。
両社は25年5月にも、AIを使用したサービスの開発などで提携したと発表している。共同通信の配信記事をもとに、AIの学習のための訓練用データを作るという。うまくいけば、共同通信の持つ「高品質で信頼性の高い記事データ」を、自社管理下でSBGのAI技術と融合させられる。
また、著作権がクリアなデータによってAIを育成し、他社AIによる無断利用リスクも回避しつつ、「メディアの持つ信頼性を備えたAI」という新たな市場を築くことにもつながる。先ほど述べたこととも重なるが、「コンテンツ提供者自身がAIのインフラになる」という、AI時代の新たなビジネスモデルの嚆矢となる可能性も出てくるだろう。
安価で均質なコンテンツが大量生産される時代だからこそ、「信頼性」「ファクトチェック」「真の独創性」といった要素は、かつてないほど高い価値を持つようになる。人間が時間と労力をかけて生み出した真のオリジナルコンテンツの重要性はますます大きくなるはずだ。
これからの時代、AIの進化を止めることは不可能といえる。繰り返しになるが、既存のコンテンツ企業は、AIと争うだけでなく、自らが「インフラ」を作り出し、あるいは協力者となって、今の「破壊的」な時代の波を乗り越える意気込みが必要だ。それが自らの価値を再定義し、新しいビジネスモデルを築き上げる「創造的破壊」の成功につながるだろう。