資生堂が業績不振に苦しんでいる。2025年12月期は、連結最終損益が過去最悪となる520億円の赤字になる見通しだ。業績悪化に伴い、世界各地で人員削減にも踏み切っている。国内化粧品業界のガリバーとして君臨してきた同社に何が起きているのか。文=ジャーナリスト/井田通人(雑誌『経済界』2026年2月号より)

黒字予定が一転赤字へ 余儀なくされた下方修正

 「下方修正を重く受け止め、以降の成長と収益性改善を推進する」

 11月10日に行われた資生堂の決算記者会見。藤原憲太郎社長CEO(最高経営責任者)は、報道陣の前で再成長を誓った。

 同社はこの日、2025年1~9月期の連結決算発表と合わせて通期業績予想を下方修正した。それまで最終損益は60億円の黒字になるとしていたが、一転して520億円の赤字に下方修正した。本業のもうけを示すコア営業利益は365億円と従来予想を据え置いたものの、売上高も300億円少ない9650億円に引き下げた。

 同社は01年3月期に450億円の最終赤字を計上している。会計基準や決算期が異なるとはいえ、今回はその時よりも赤字額が多い。そのうえ24年12月期にも108億円の赤字を計上しており、赤字は2期連続となる。

 損益改善のため、国内の本社と一部子会社を対象にした人員削減を実施。一定の年齢や勤続年数などの条件を満たす社員を対象に、200人程度の早期退職を募る。募集期間は12月8~26日で、退職日は26年3月31日となる。削減に伴い、25年12月期に30億円程度の構造改革費用が発生するという。国内では、24年に美容部員など約1500人を削減したばかりだが、わずか1年で追加の削減を余儀なくされることになった。

 今期の赤字は、米国事業で468億円の減損損失を計上することが主な要因だ。とりわけ19年に約900億円で買収した米スキンケアブランド「ドランクエレファント」の不振は深刻で、似たような新興ブランドとの競争激化に加え、生産トラブルによる供給の混乱にも見舞われ、急速な顧客離れが進んでいる。米国事業については、現地社員の1割超に相当する約300人の削減を7月に実施済みだ。

 買収した米国ブランドの不振といえば、同社には苦い経験がある。10年に自然派化粧品を手掛ける「ベアエッセンシャル」を約1700億円で買収したものの、その後の販売不振で合計1千億円近い減損を計上。結局、16年に買収したブランド「ローラメルシエ」などとともに、21年に約770億円で手放した。しかも24年には、売却代金の一部が回収不能となる恐れが生じたことから、128億円もの引当金を計上している。

 今回、またしても買収後のブランド育成や本体とのシナジー(相乗効果)創出に失敗したことで、過去の教訓がまったく生かされていないことが露呈してしまった。

日中の関係悪化が業績に及ぼす影響は?

 決算会見では、シンガポールにある「アジアパシフィックイノベーションセンター」などの研究施設を閉鎖することも明らかにされた。一連の構造改革により、26年12月までにコア営業利益ベースで計700億円超の効果が表れるほか、米国事業についても黒字化できるとしている。

 もっとも、成長軌道への復帰は容易ではない。同社を苦しめているのは米国だけではない。むしろそれ以上に懸念されるのが、中国事業の先行きだ。

 中国では景気減速や節約志向の高まりを背景に、得意とする中・高価格帯の化粧品が売れなくなっている。しかも低価格を売りとする現地メーカーが台頭し、韓国メーカーに続いて資生堂のテリトリーを侵食しつつある。さらには中国当局の規制強化で、「中国のハワイ」と呼ばれる海南島での転売目的による免税品購入が大きく減少したことも打撃となった。このため24年には、中国でも不採算店舗の閉鎖や人員削減を実施している。

 資生堂は、文化大革命が終わって間もない1981年に中国へ進出。改革開放と歩調を合わせるかのように、化粧文化を現地に根づかせ、他のメーカーに先駆けて市場を育ててきた。20年ほど前までは、日本から中国の地方に派遣されたメーキャップの指導員が、歓迎の垂れ幕で迎えられ、「先生」と呼ばれることも珍しくなかった。

 同社にとって中国の存在は大きく、一時は売上高の4割を占めていたほどだ。現在の比率は25%程度まで下がっているが、それでも花王など競合他社の10%程度より高い。2019年12月期には過去最高となった営業利益(1138億円)の約半分を免税品などのトラベルリテールと中国で稼ぎ出しており、株式市場ではいまだに中国関連銘柄として扱われている。いわば金城湯池といえる地域だけに、収益悪化のマイナスインパクトが米国以上なのもうなずける

 足下でも高市早苗首相の台湾有事を巡る発言で日中関係が悪化する中、中国での販売や、日本における訪日中国人客の購入減少が危惧されている。11月20日には、株価が9年9カ月ぶりの安値をつけたばかりだ。

 国内業界のガリバーで、世界的にも仏ロレアルや英ユニリーバなどに続く5~6位の地位にあるとはいえ、その歩みが常に順風満帆だったわけではない。前回の危機は10年代前半。05年から11年まで社長を務めた前田新造氏は、創業家への依存脱却とパブリックカンパニーへの脱皮を進める一方、海外売上高比率を2割台から4割台に高めるなど海外進出を加速した。だが任期半ば以降は業績が低迷し、10年に買収したベアエッセンシャルもやがて不振に陥った。そのうえ、さらなる業績悪化に苦しんだ後任社長が体調不良を理由に2年で辞任。前田氏が急遽再登板したものの、不振の責任を前田氏に求める声もあり経営は迷走した。

 そのような中で外部から招かれ、14年6月から22年末まで社長を務めたのが魚谷雅彦氏(現シニアアドバイザー)だ。日本コカ・コーラで数々のヒット商品を生み出した同氏は、プロ経営者の代表的存在とみなされることが多い。しかし本人は自身をそうとはみておらず、実際に社員との対話を重んじ、気さくにコミュニケーションを取るなど、ドライで数字に執着するプロ経営者のイメージとは真逆の人物だった。

スローガン復活に見る「魚谷前」への揺り戻し

 魚谷氏は前田氏のグローバル路線を継承しつつ、「アクティブでスピーディーな会社」「世界で勝てる日本発のグローバルビューティーカンパニー」を標榜した。その結果、資生堂は再び成長。就任前に7千億円前後で停滞していた売上高は、17年12月期に初めて1兆円を突破し、最終年度の20年に「売上高1兆円超、営業利益1千億円超」を達成するとした6カ年中期経営計画の目標は、ともに前倒しで実現した。

 横浜市のみなとみらい21地区に立派な研究所を作ったほか、旺盛な需要に対応するため国内で36年ぶりとなる工場を建設するなど、次の成長に向けた布石を打つことにも熱心だった。女性幹部の登用や英語の公用化に踏み切ったのも同氏だ。周囲の期待には一定程度、応えたと言っていいだろう。

 もっとも、魚谷氏の場合も任期後半の20年以降は業績が低迷気味だった。新型コロナウイルスの感染拡大で人々が化粧どころではなくなってしまったり、東京電力福島第一原子力発電所の処理水放出に伴う中国の不買運動に巻き込まれたりといった、予期せぬ環境悪化に直面したことが主な理由とはいえ、より強いブランド力を身に付けていれば、もっと軽微な打撃で済んだ可能性は否めない。

 環境悪化の中で同社が進めた事業の選択と集中には、今でも賛否両論がある。

 同社は選択と集中にあたり、自社の強みを「スキンケアの研究知見と技術」「中・高価格帯化粧品のマーケティング・販売力」と定義した。21年には、低採算でノンコア(非中核)事業と位置付けられた、ヘアケアブランド「TSUBAKI(ツバキ)」や男性化粧品ブランド「UNO(ウーノ)」などの日用品事業を、投資ファンドに1600億円で売却した。

 日用品事業は確かに低採算でノンコアだったが、ツバキやウーノは化粧に詳しくない層にもよく知られており、資生堂のブランド力を支える存在でもあった。そのためある社員は「正直、売却で仲間が去って残った社員はがっかりした。売るにしてもヒット商品が不在の状況下で急ぐ必要があったのか」と疑問を呈する。ちなみに日用品事業はファイントゥデイホールディングスと名を変え収益を改善、近く東京証券取引所に上場する予定だ。

 魚谷氏が世界各地に6つの地域本社を置き、グローバル人材の獲得強化や権限の移譲を図ったことに対しても、「グローバル化した分だけ『日本発の良さ』が希薄になってしまった」との声が聞かれる。

 資生堂が決算発表と合わせて発表した30年12月期までの新中期経営計画では、そうした魚谷改革の一部見直しとも取れる内容が盛り込まれた。地域本社が担ってきた投資などを含む戦略の立案や実行は今後、再び日本の本社が主導していくという。また、ブランドごとに立てていた成長戦略は、スキンケアや日焼け止めといった分野別で立案する。売上高が多く成長性のあるブランドへの重点投資も強調した。

 特に目立ったのが、05年に打ち出した「一瞬も 一生も美しく」というスローガンを改めて掲げたことだ。魚谷時代の否定ではないが、資生堂が失いつつある「美の創造力」を取り戻そうという決意表明に映る。

 同社はこれらの施策により、年平均の売上高成長率2~5%を達成するほか、30年12月期にはコア営業利益率と投下資本利益率(ROIC)10%以上を目指すとしている。23年1月の就任以来、業績改善に追われてきた藤原氏は「苦しい構造改革期を経て、新たな成長軌道へ舵を切る」と強調する。

 だが同社が近年、業績予想の下方修正を繰り返してきたこともあり、株価は今も低迷したままだ。経営陣は、一刻も早くブランド力を再び高め、市場の懸念を払拭する必要がある。