ソニーグループが、テレビ事業の分離を発表した。「SONY」のロゴが入ったテレビは、日本のお茶の間にとって憧れの製品であり、かつてのソニーの成長を支える屋台骨でもあった。なぜ、ソニーは自らの歴史を支えてきたテレビ事業を分離するのか。文=ジャーナリスト/大河原克行(雑誌『経済界』2026年4月号より)
合弁会社の株式は中国TCLが過半
ソニーグループ(エレキ部門の事業会社はソニーであり、以下はソニーに統一)が、2026年1月20日に発表したテレビ事業の分離は、人々にとって、大きな驚きとして受け止められた。
ソニーの発表によると、中国の家電メーカーであるTCL(TCL Electronics Holdings)と、ホームエンタテインメント領域において、戦略的提携に向けた協議を開始。具体的には、TCLが51%、ソニーが49%を出資する合弁会社を設立し、ソニーGのホームエンタテインメント事業を承継することになる。
対象となるのは、ソニーブランドのテレビである「BRAVIA(ブラビア)」や、ホームオーディオ機器で、合弁会社では、これらの製品の開発、設計、生産、販売、物流、顧客サービスまでを、グローバルに運営することになる。
3月末までに確定契約書を締結。27年4月から合弁会社による事業を開始することになる。
合弁会社は、TCLが株式の半数以上を所有するため、ソニーは、テレビ事業を連結対象から外す公算が大きい。その一方で、合弁会社が投入するテレビには、ソニーのブランドや、ブラビアのロゴが付与されたまま販売が継続されることになる。
ソニーでは、新体制でのテレビ事業について、「ソニーが長年培った高画質、高音質技術、ブランド力およびサプライチェーンなどのオペレーションマネジメント力を基盤としつつ、TCLが有する先端ディスプレイ技術、世界規模の事業基盤、包括的なコスト競争力および垂直統合型サプライチェーンの強みを生かして事業を進めていく」としている。
TCLというメーカーにあまり馴染みがない読者もいるだろう。
だが、グローバルでは人気が高いテレビメーカーの1社で、市場調査では、韓国サムスンに次いで、世界第2位のシェアを持つ。
パネル生産を行うTCL CSOTを傘下に持ち、規模を追求した生産体制を敷くことで、圧倒的なコストパフォーマンスの高さを実現していることも、TCLのシェア拡大に直結している。いまでは、一部の国内ブランドメーカーもTCLにテレビ生産を委託している。
そして、日本の市場においても、すでにTCLは主要プレーヤーの1社になっている。
家電量販店や主要ECサイトの販売データを収集しているBCNによると、25年(1~12月)の薄型テレビの販売台数シェアで、TCLは、10・2%のシェアを獲得。TVS REGZA、シャープ、ハイセンスに続いて、国内4位のシェアを持つ。ソニーやパナソニックを上回るシェアであり、10台に1台はTCLという状況になっているのだ。
とくに高いシェアを持つのが、70型以上の超大型テレビである。TCLは21・7%のシェアを持ち3位だ。この分野ではソニーが24・9%でトップシェアとなっており、今回の合弁会社が誕生すると、超大型テレビでは、約半分のシェアを持つ陣営が誕生することになる。
かつての看板事業が今では傍流事業に
ソニーは、なぜテレビ事業を分離することになったのか。
それは、ソニーにとって、テレビ事業そのものが、コア事業ではなくなり、ソニーが目指す「姿」には、不要なピースになりつつある点が見逃せない。
ソニーのテレビ事業は、1960年に世界初の直視型ポータブルトランジスタテレビを発売したのが始まりだ。46年のソニー設立から15年目のことである。
だが、68年に、ソニー独自となるトリニトロン方式のブラウン管テレビを開発すると、従来に比べて2倍の明るさを持つ優位性などが高く評価され、テレビ事業が大きく成長。96年には、業界初となるフラット画面採用テレビを発売してテレビの新たな常識を確立し、国内外において、ソニーのテレビ事業のポジションは強固なものになっていった。
ところが、液晶パネルやプラズマパネルを採用したデジタルテレビの時代になると、ソニーはパネル生産を行わない方針を選択。テレビのコモディティ化を視野に入れた意思決定であったが、結果として、パネルというキーデバイスで主導権を持たないソニーは、ブラウン管時代ほどの存在感を発揮できなかった。
とはいえ、振り返ってみると、パネル生産に乗り出したシャープ、パナソニック、日立製作所などは、結果としてパネル事業から撤退したり、大規模な投資が発端となり経営不振に陥るなど、経営の観点から見れば、ソニーの選択は正しかったのかもしれない。
ただ、そのころのソニーにとって、テレビ事業は、まだ「聖域」であった。
テレビ事業は、2013年度まで10年連続で赤字を計上しても、維持しつづけたことからもそれが分かる。
このとき、社長を務めていた平井一夫氏は、「テレビ事業の黒字化なしに、ソニーの再生も、その後の成長もない」とコメント。テレビ事業の復活を、ソニー再生の1丁目1番地に掲げていたのは明らかだ。
赤字脱却の切り札となったのが、テレビ事業の分社化であった。現場判断によって、経営スピードを高めることで、改革を促進することにしたのである。実はこれが奏功した。ソニーの成長を支えたテレビ事業に対しては、経営に口を挟む関係者が多く、改革が前に進まないという課題があった。分社化によって、これが無くなり、改革が推進され、わずか1年後には黒字化したのである。このとき、聖域とされ、過去のしがらみが残っていた体質からも決別したともいえる。
テレビ事業が瀕死の状態からようやく黒字化する一方で、ソニーの経営戦略は大きく舵を切り始めていた。プレイステーション事業出身の平井一夫氏の社長就任に象徴されるように、ソニーはエンターテインメント企業への転換を本格化。この10年でその姿勢は明確になっている。
2025年度通期の業績見通しでは、ゲーム&ネットワークサービス、音楽、映画の「エンタメ3事業」が、売上高全体の67%を占め、営業利益の70%を稼ぎだしている状況にある。
ソニーグループの十時裕樹社長 CEOは、「ソニーグループは、この数年、ゲーム、音楽、映画などに注力してきた。これらの取り組みがソニーグループの変革に寄与し、好調な実績につながっている。今後も方針には変更がない」とし、「エンタメ3事業と、イメージセンサー事業を軸とした成長領域に資本を集中し、クリエイションに特化していくことを目指す」とする。
その一方で、テレビ事業は「構造改革・転換事業」と位置づけ、25年度には、販売地域の絞り込み、製造の外部化および内部の適正化、設計・間接部門の人員規模適正化を進めてきた。また、シネマクリエイターの制作意図した製品の開発を推進し、これが、クリエイション領域のディスプレイとして採用されはじめていることも強調した。
振り返ると、これらの動きは、すべてが今回のテレビ事業の分離につながる。
ソニーグループ 執行役 CFOの陶琳(タオ・リン)氏は、「合弁会社に、どの技術やどの資産を移管するのかを、確定契約に向けて協議をしているところだ」と語るが、ソニーの基本姿勢をベースにすれば、コンシューマー向けテレビ事業は分離しても、プロ仕様のクリエイター向けディスプレイ事業はソニー本体で継続する可能性がありそうだ。
いずれにしろ、エンタメシフトとクリエイター重視を掲げるソニーグループにとって、それに直接連携しないコンシューマー向けテレビ事業は、もはや不要なピースなのだ。
パナソニックは純国産をどうする?
テレビ事業を再建する方向で進めていたソニーグループが、一転して分離を決めたのに対して、分離を模索していながら事業継続を決めたのがパナソニックグループである。
パナソニックホールディングスの楠見雄規グループCEOは、グループ経営改革において、課題事業のひとつにテレビ事業を位置づけ、「事業売却の覚悟もある」とまで言及。25年度中に方向づけを行うことを示し、その行方が注目されていた。
だが、25年11月に、「テレビは、26年度を目途に、課題事業から脱却させることができる。オペレーションを抜本的に変えることで、事業売却や、商品や地域からの撤退は行わずに、課題事業からの脱却ができる」と発言。テレビ事業を維持する考えを示した。
「成長性が見込めず、かつROIC(投下資本利益率)がWACC(加重平均資本コスト)以下」が課題事業の定義であったが、ROICがWACCを超える見込みがついたとしても、現在のテレビ事業が、もうひとつの「成長が見込める」という条件には当てはまらないのは明らかだ。
事業継続を決定した背景には、パナソニックグループならではの事情がある。それは、「街のでんき屋さん」と言われるパナソニックショップの存在だ。全国に1万5千店舗あるパナソニックショップにとって、「Panasonic」ブランドのテレビは「顔」といえる商材だ。
楠見グループCEOは、「店頭からパナソニックのテレビが無くなれば大打撃になる。パナソニックショップにとって必要なものは残していく」と語る。
26年4月には、テレビ事業の新たな姿が明らかになるだろうが、開発、生産、販売において、想定以上に大胆なアセットライト化を進めることになりそうだ。そこまでしてテレビ事業を維持する必要が、いまのパナソニックにはある。つまり、「聖域」が残ると言っていい。約10年前に、ソニーがテレビ事業を維持せざるを得なかった社内風土が、いまのパナソニックには残る。経営判断としては、周回遅れになる可能性も捨てきれない。
かつての国内テレビ市場は、日本のテレビメーカーで占められていた。だが、亀山モデルで一世を風靡したシャープは、台湾鴻海グループの傘下となり、東芝はテレビ事業を中国ハイセンスに譲渡し、TVS REGZAとして事業を継続。現在ではその製品には「TOSHIBA」のロゴはない。そして、日立製作所や三菱電機はテレビ事業から撤退。このほどソニーが中国TCLにテレビ事業を分離することになる。残るパナソニックグループも自社で事業を継続しながらも、テレビそのものはその多くを海外から調達したものになる公算が大きい。
事実上、テレビはすべてが海外メーカーという時代がやってくる。