味の素は、アミノ酸研究の応用である半導体絶縁材「ABF」で世界シェアの大半を握る。この事業を育て上げ、創業以来初の技術系社長に就任したのが中村茂雄氏だ。食品とは異なる時間軸で培った「高速開発」を武器に、独自の「価値共創」経営をどう進化させるのか。変革の全貌と2030年への道筋を語る。聞き手=佐藤元樹 Photo=西畑孝則(雑誌『経済界』2026年4月号より)

中村茂雄 味の素のプロフィール

中村茂雄・味の素
味の素社長 中村茂雄
なかむら・しげお 1967年生まれ、兵庫県出身。東京工業大学(現・東京科学大学)に入学、大学院総合理工学研究科化学環境工学専攻92年修了。同年味の素入社、半導体材料「ABF」の開発と事業化を主導。味の素ファインテクノ、ブラジル味の素の社長を経て、2025年2月より技術系出身としては初の社長就任。

数学少年が挑んだ「半導体」と高速開発

―― まずは中村さんのルーツから伺います。もともとどのような学生時代を過ごされたのでしょうか。

中村 私は兵庫県の出身で、子供の頃から数学が大好きな少年でした。自慢ではないですが、公文式を最終教材(大学教養レベル)の「Z」まで修了しました。

 この頃に培った「数字で物事を捉える感覚」や「論理的に解を導き出す思考プロセス」は、経営者になった今でも私のベースになっています。感覚的な議論よりも、データとロジックを重視する私のスタイルは、まさに公文式が原点かもしれません。

―― そこからなぜ、食品メーカーである味の素を志望したのですか。

中村 大学は東京工業大学(現・東京科学大学)に進み、新設されたばかりの生物工学科の1期生になりました。当時はバイオテクノロジーが次世代の重要技術として注目されており、私も漠然と「発酵技術を使って新しい価値を生み出したい」と考えていました。

 就職活動をした90年代初めは、バブル崩壊直後とはいえ、日本企業がこぞって「多角化」を掲げていた時代です。味の素もアミノ酸発酵技術や化学合成の知見を生かし、医薬や化成品といった新規分野へ果敢に挑戦していました。

 とはいえ、食品会社なので、はじめは発酵で食卓に並ぶものを開発したいと思っていたところ、配属されたのは電子材料の開発部門です。「食品会社に入ったはずなのに、なぜ基板の絶縁材を作るのか」と、最初は正直戸惑いました。同期には材料工学の専門家もいましたが、私はバイオ専攻ですから、文字通りゼロからのスタートです。

―― そこから、現在では世界シェアのほとんどを握る半導体向け層間絶縁材「ABF(味の素ビルドアップフィルム)」を生み出すことになるわけですね。

中村 最初はプリント配線基板用のソルダーレジストの開発に取り組みました。必死に研究して、特許が書けるようなユニークな材料はできたのですが、これが全く売れない。技術的に面白いものと、顧客が求めているものは違うという、ビジネスの洗礼を浴びました。

 転機は96年です。CPUの高性能化に伴い、より微細で複雑な配線に対応した絶縁材が求められていました。そこでわれわれは、アミノ酸研究で培った樹脂配合技術を応用し、フィルム状にすることで作業効率を飛躍的に高める商品開発に着手しました。これが「ABF」です。

 開発開始から3年後の99年、ついに世界的な大手半導体メーカーのCPU向け材料として、当社の製品が正式に採用されました。研究室での成功が、巨大なビジネスとして実を結んだ瞬間です。それから四半世紀、私はこの事業が数十億円、数百億円と育っていく過程を、開発と事業の両面から支え続けてきました。

―― 食品業界とは全く異なる「半導体」という時間軸で生きてきたことが、経営者としての強みになっていると。

中村 それが私の原点であり、現在の経営スタイルの核になっています。半導体業界には「ムーアの法則」があり、集積度は2年ごとに倍増します。つまり、2年ごとに「材料オリンピック」が開催されるような過酷な世界なのです。ここで金メダルを獲れなければ、次の2年間、われわれの仕事はありません。この競争を勝ち抜く中で培ったのが、「高速開発システム」です。

 顧客から「こういうものが欲しい」と言われてから開発していては、絶対に間に合いません。2年後のニーズを先読みし、あらかじめ複数のプロトタイプを用意しておく。そして顧客から改善要求が来た瞬間に、すでに準備していた「次の一手」を提示する。

 例えば、「プランBのここを直してほしい」と言われたら、即座にBの改良版を3つほど出す。これを繰り返すことで、私のチームは自律的に動く、極めて「戦闘力」の高い組織になりました。このスピード感と先読みの思考こそが、今の味の素に必要なものだと確信しています。

ブラジルでの実証「温故知新」の経営

―― その独自のシステムは、食品のマスマーケットでも機能するのですか。

中村 まさにブラジルでの3年間でそれを証明することができました。私は2022年から25年まで、ブラジル味の素の社長を務めました。

 社内には当初、「電子材料しか知らない人間に、食品の巨大市場であるブラジルの社長が務まるのか」という懐疑的な見方もあったと思います。しかし、私は確信していました。顧客のニーズを先読みし、高速でプロトタイプを出し、フィードバックを受けて即座に改善する。このサイクルは、半導体だろうがスープだろうが、ビジネスの本質において変わらないはずだと。

 開発の高速化と2年目の黒字化を徹底した結果、ブラジル味の素は高い収益性を実現しました。この成果が、私の経営手法がグローバルかつ全事業で通用するという「実証実験」の完了証明書となったのです。

―― その実績が前任の藤江太郎会長に評価され、社長就任へとつながったのですね。

中村 藤江さんとは、私が執行役員になった時の研修で初めて深く関わりました。藤江さんは食品畑の方ですが、私の電子材料事業の話に非常に強い関心を持ってくださり、わざわざ群馬の工場まで足を運んで「この成功の本質は何だ」と議論を重ねました。

 藤江さんは、このシステムが味の素グループ全体の変革に使えると直感され、私をブラジルに送り込んだのでしょう。これは次期社長候補としての「修行」であり、最終試験だったのだと思います。味の素では、西井孝明さん、藤江さんと、2代続けてブラジル社長経験者がトップに就いていますから。

―― 技術畑出身の社長として、経営のプロとしてのスキルはどう補ってきたのでしょうか。

中村 私は常に、高い目標と現状とのギャップを埋める努力を惜しみません。研究者としては512件というグループ歴代最多の特許を保有していますが、それだけで巨大企業は経営できません。

 社長を目指すにあたり、従業員や株主を納得させるだけの「経営の共通言語」が必要だと考え、49歳からビジネス・ブレークスルー大学院で学び、MBA(経営学修士)を取得しました。当時、研究所長や事業部長という激務の中にありましたが、社長業を行う上での必須資格だと捉え、必死に食らいつきました。

―― そして25年、社長に就任されました。藤江会長からはどのようなバトンタッチがあったのですか。

中村 引き継ぎの際、藤江さんからは「中村君の好きなようにやりなさい」と言われました。具体的な指示ではなく、全幅の信頼を示してくれたことに、逆に重い責任を感じました。現在は「中期ASV経営 2030ロードマップ」に基づき、成長領域にリソースを集中させています。

―― 推進中の「2030ロードマップ」において、成長戦略はどう描いていますか。

中村 単に計画を立てるだけでなく、「1年で何をやるか」という執着心を持って実行に移す点です。具体的には、「ICT」「フード&ウェルネス」「ヘルスケア」「グリーン」の4つの成長領域です。

 ICTでは、AI半導体向けの次世代ABFが好調です。そして食品分野であるフード&ウェルネスでは、冷凍宅配弁当の「あえて、」が象徴的な成果を上げています。これは1食でおかずとご飯が完結するワンプレート型で、 タイパ、コスパ、栄養価値を兼ね備えた製品として市場のニーズを捉え、すでに売り上げも2桁億円に迫る勢いです。

―― 「グリーン」の領域でも、御社のアミノ酸技術が再評価されています。

中村 昨年11月にブラジルで開催されたCOP30(国連気候変動枠組条約締約国会議)でもアピールしましたが、牛のゲップなどに含まれる温室効果ガスを削減する技術があります。アミノ酸の一種であるリジンを特殊コーティングしたサプリメント「AjiPro-L」を牛に与えると、栄養吸収が良くなり乳量が増えるだけでなく、排泄物由来の窒素酸化物などの温室効果ガスが削減できるのです。

 実はこの技術の根底には、私の学生時代の学びがあります。東工大時代、恩師である土肥義治先生(現・名誉教授)の研究室で、微生物が作る生分解性プラスチックの研究をしていました。その時、先生がおっしゃった「これは温故知新である」という言葉が今も忘れられません。微生物の機能自体は昔から知られていたことでも、最新のテクノロジーで光を当てれば、全く新しい価値が生まれるという意味です。

 牛のゲップ対策も、実は何十年も前から研究してきた技術です。当時は時代が早すぎましたが、環境問題への関心が高まった今、まさに「温故知新」で脚光を浴びています。過去の資産を現代のビジネスとして蘇らせる。この視点も、私の経営の柱の一つです。現在10億円規模の事業を、いかに100億円、1千億円にするか。そのための投資と戦略を、スピード感を持って実行しています。

中村茂雄・味の素

「走りながら考えるな」利益への執着

―― 一方で、成長投資にはリスクも伴います。特にグローバルな地政学リスクの高まりをどう見ていますか。

中村 おっしゃる通り、われわれは世界中でビジネスを展開しており、地政学リスクは避けて通れません。しかし、それを過度に恐れる必要はないと考えています。

 例えば電子材料事業では、特定の国に過度に依存しないサプライチェーンを構築しています。重要なのは、どこの国のどの企業にとっても「なくてはならない存在」であり続けることです。それが最大の防御策になります。

―― 30年に向けて、EPS(1株当たり利益)を3倍にするという目標を掲げています。不確実な環境下で、この数字をどう達成しますか。

中村 EPSの向上には、自社株買いによる株式数のコントロールと、当期純利益の拡大の両輪が必要です。私が特にこだわっているのは、後者の「稼ぐ力」です。

 ブラジル時代にも徹底しましたが、私は社員によく「走りながらマネタイズを考えるな」と言います。電子材料時代から、1年目から利益が出るような値付けにこだわってきました。「最初は赤字でも普及すれば儲かる」という甘い計画は認めません。最初から利益構造を確立していなければ、普及した後の価格競争に勝てないからです。この利益への執着心は、公文式で鍛えた数字へのこだわりと、理系出身者としての論理的帰結です。

―― そうした厳しい変革を実行するには、組織や人材の在り方も変わらなければなりません。ブラジル味の素では中村さんの後任として初の女性社長が誕生しましたが、ダイバーシティについてどうお考えですか。

中村 私の後任に山本直子さんが就任したことは、非常に意義深いことです。彼女は私とは異なる視点で、素晴らしいマネジメントをしてくれています。しかし、私が目指しているのは、単に女性管理職を増やすといった数合わせの多様性ではありません。もっと本質的な「真のダイバーシティ」です。

 あえて厳しい言い方をすれば、女性であっても、中身が旧態依然とした「おじさん」のような考え方では意味がないということです。組織の論理に染まり、上司に忖度し、失敗を恐れて挑戦しない。そんな「おじさん化した女性」がリーダーになっても、イノベーションは起きません。

―― 「おじさん化」を防ぎ、イノベーションを起こすためには何が必要でしょうか。

中村 「知的誠実性」です。味の素にはまだ、古き良き日本企業特有の忖度文化が残っています。それを打破するために、データやサイエンスに基づき、対立を恐れずに本質を語り合う。相手が社長であっても、事実に基づいて「それは違う」と言える組織でなければなりません。

 異なるバックグラウンドを持つ人間が、それぞれの視点で意見を戦わせる。そこからしか新しい価値は生まれません。私は、そういう健全な衝突ができる組織をつくりたいのです。

―― 最後に、中村社長が次世代のリーダーに求める素質と、今後のビジョンをお聞かせください。

中村 リーダー自らが挑戦し、夢を語ることです。われわれが掲げる「ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)」、すなわち事業を通じて社会課題を解決し、経済価値を創出するというパーパスのもと、数字以上に「われわれはどこへ向かうのか」という大きな物語を示すことが重要だからです。

 また、「ポジティブ・エナジャイザー」であることも欠かせません。周囲を元気づけ、厳しい指摘であっても相手のモチベーションへと変える。そこにデータに基づく「知的誠実性」を兼ね備えた人物こそが、次代を牽引できるはずです。

 私の経営スローガンである「ちゃんと考えて、ちゃんと実行する」に基づき、STPD(See-Think-Plan -Do)の「考える」質を高め、失敗を恐れず圧倒的な速度で挑戦を「実行」する。この姿勢を組織全体に浸透させ、2030年のビジョン実現へ向けて、私自身が先頭に立って邁進していきます。