世界最大級の水産企業が社名を変えた。マルハニチロ改め「Umios(ウミオス)」。気候変動や人口増によるタンパク質危機が迫る中、140年を超える歴史を持つ巨人は、いかにして持続可能な海洋経済(ブルーエコノミー)を構築するのか。新生Umiosを率いる池見賢社長に、第三の創業に懸ける決意を聞いた。(雑誌『経済界』2026年5月号より)

池見 賢 Umiosのプロフィール

池見賢・Umios
Umios社長 池見 賢
いけみ・まさる 1957年兵庫県生まれ。81年京都大学農学部水産学科卒業、大洋漁業(旧マルハ)入社。タイの現地法人キングフィッシャー社長やマルハニチロ食品海外部長を経て、2020年4月より社長。26年3月Umiosへの社名変更を主導。4月1日に会長に就任する。

伝統を受け継ぎ、挑む「真の統合」

── マルハニチロとしての経営統合から約20年。このタイミングで新社名「Umios」へとアイデンティティを一新する狙いをお聞かせください。

池見 私が社長に就任した2020年以降、パンデミックや地政学リスク、円安、インフレと、経営環境は激変しました。われわれは水産物の取扱数量で約170万トンと世界最大規模を誇ります。しかしもはや「規模」だけで勝てる時代ではありません。

 最大の課題は、事業基盤である「天然水産資源」の限界です。世界の魚の需要は人口増加とともに急増し、30年にはさらに1400万トンの供給不足が予測されています。一方で、天然資源の約3割は枯渇状態にあり、これ以上の増産は不可能です。

 こうした中、単に魚を調達して売るだけでいいのか。魚は健康食として世界中で評価されています。ならば、われわれは魚を通じて「地球も人も健康にする」課題解決型の企業へ進化しなければなりません。新社名「Umios」には、DNAである「海(Umi)」と、ステークホルダーと共に「One」、社会課題を解決する「Solutions」という意味を込めました。

 今や「寿司(Sushi)」は世界共通語になりました。同様に、いつか「Umi」という言葉も世界中で通じるようにしたい。「Sea」ではなく「Umi」と呼んでもらえるような、日本発のサステナブルな海洋文化を世界へ広げていく。これは創業146年目の「第三の創業」であり、「海洋経済のサステナビリティ(持続可能性)」をビジネスの核に据える変革なのです。

── 社名変更には、社内の意識改革という狙いもあったのでしょうか。

池見 非常に大きいです。もともとマルハ(旧大洋漁業)とニチロは、共に漁業会社としてスタートしました。かつては1千隻以上の船を持ち、世界中の海で自由に魚を獲っていました。

 しかし、1970年代後半の「200海里水域」制定がすべてを変えました。他国の沿岸で自由に操業できなくなり、旧マルハは世界中から魚を買い付ける「トレーディング」や、現地企業との合弁による資源アクセスを選びました。一方の旧ニチロは、冷凍食品などの「加工事業」へ活路を見いだしました。

 つまり、同じルーツを持ちながら、一方は「商社・資源アクセス」、もう一方は「メーカー」という異なるDNAを持つ企業へと進化して生き残ったのです。2007年の統合後も、お互いの強みを伸ばす方針が壁となり、社内には縦割りが残っていました。システムも人事も別々で、真のシナジーが発揮できていなかった。そこに農薬混入事件などの危機対応が重なり、本質的な統合が先送りされてきました。しかし、今の激変する環境下で、過去の遺産には頼れません。伝統ある社名をあえて捨てることで、「過去との決別」と「真の融合」を宣言したのです。新本社をイノベーションの拠点である高輪ゲートウェイシティに移転したのも、JR東日本や東京大学、スタートアップ企業と交わり、社員の意識を根本から変えるためです。

テクノロジーで拓く 海洋経済の未来

── 海洋経済の持続可能性を担保するために、具体的にどのような技術革新を進めていますか。

池見 天然資源が増やせない以上、「養殖の高度化」と「代替タンパク質」がカギになります。しかし、養殖も気候変動の直撃を受けています。鹿児島でのブリ養殖では、海水温がかつての28度から34度近くまで上昇し、魚が餌を食べなくなる事態が起きています。

 そこでわれわれは、生簀(いけす)を沈下させて冷たい層で飼育する技術や、高水温に耐えうる品種「スギ(スズキ目)」の養殖開発などを進めています。また、気候変動や海洋汚染の影響を受けない「陸上養殖」にも注力しており、富山県入善町でアトランティックサーモンの陸上養殖施設を建設中で、29年頃の本格稼働を目指しています。

── スタートアップとの連携による、新しい海洋資源の創出についても聞かせてください。

池見 「獲る・育てる」だけでなく、「創る」技術への投資です。一つは「細胞性水産物(培養魚肉)」です。シンガポールのUmami Bioworks社など複数のスタートアップと提携し、魚の細胞を培養して食料にする研究を進めています。特にクロマグロの培養に注力しており、将来的には天然資源に依存しない供給体制を目指します。

 もう一つは「微細藻類(も)」の活用です。魚に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)は、実は魚が作っているのではなく、海中の藻類を食べることで蓄積されたものです。そこでわれわれは、海ではなく陸上のタンクで藻類そのものを大量培養し、そこから直接DHAを抽出する技術を持つ企業と協業しています。これにより、天然魚を消費することなく、健康機能成分を持続的に生産できます。

 さらに、従来、魚油由来のDHAはその独特の臭いが課題でしたが、独自の「無臭化技術」により、パンや飲料など多様な食品への添加が可能になりました。将来的には、個人の体質や健康状態に合わせた展開も見据えています。

資源国家として責任とルール形成

── 国際イニシアチブ「SeaBOS(シーボス)」での活動について教えてください。

池見 SeaBOSは、16年に発足した組織で、世界の大手水産企業6社と科学者が連携し、海洋の持続可能性を追求しています。われわれは設立メンバーとして参画し、当時の社長である伊藤滋が初代会長を務めるなど、日本企業として資源管理のルールメイキングを主導してきました。

 ここでは、IUU漁業(違法・無報告・無規制漁業)の撲滅、強制労働の排除、抗菌剤使用の削減、海洋プラスチック問題などに取り組んでいます。日本は世界第6位の排他的経済水域(EEZ)を持つ海洋国家ですが、資源管理の面では欧米に後れを取っている側面があります。資源が枯渇すれば、水産業そのものが成立しません。

 科学的根拠に基づいた厳格な資源管理を行い、トレーサビリティ(追跡可能性)を確保する。これをグローバルスタンダードとして定着させることが、回り回って日本の水産業を守り、Umiosの競争優位性にもつながると確信しています。

 また、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の枠組みに基づき、事業が自然資本に与える影響とリスクを開示することも進めています。「魚がいなくなれば、ビジネスも終わる」。この水産業特有のリスクと、それを守る活動の価値を、投資家や社会に対して定量的に示していく責任がわれわれにはあります。

── 海外事業の拡大も掲げています。グローバル市場における「Umios」の勝算はどこにありますか。

池見 私は入社5年目にソロモン諸島へ赴任し、その後タイのバンコクに9年と、計16年間の海外駐在経験があります。異文化の中でゼロからビジネスを立ち上げた経験から言えるのは、世界市場で勝つために必要なのは「資源へのアクセス権」と「現地化」だということです。

 人口減少が進む日本とは対照的に、世界の魚食需要は拡大の一途をたどっています。先ほどお話しした200海里問題の際、われわれは海外企業との合弁事業という形で現地に入り込み、漁獲枠を確保する戦略をとりました。その遺産が今、アラスカのスケソウダラやオーストラリアのメロといった、国家管理された持続可能な「減らない資源」へのアクセス権として生きています。

 今後は、海外利益比率70%を目標に、各地域のニーズに合わせた加工・販売を強化します。「日本から輸出する」だけでなく、現地の資源を現地で加工し、現地で売る。そのための地域統括会社(リージョナルヘッドクォーター)を欧米やアジアに設置し、意思決定の現地化を進めています。本社主導ではなく、現場の市場を熟知した人間がスピード感を持って判断する体制こそが、グローバル競争を勝ち抜く鍵になります。

── 最後に、100年後の海と食卓のために、Umiosはどう貢献していきますか。

池見 100年先も、世界中の人々がおいしい魚を食べ続けられること。これがわれわれの使命です。そのためには、今ここで行動を変えなければなりません。

 天然資源の管理、養殖の高度化、そして新技術による代替タンパク質の創出。これらを「One Solution」として組み合わせ、海を守りながら食を供給する。社名は変わりましたが、創業以来のDNAは変わりません。「Umios」という名が、持続可能な海洋経済の代名詞となるよう、全社一丸となって挑戦を続けていきます。

池見賢・Umios