AI化の進展により電力需要が急増するなか、四方を海に囲まれた日本には膨大な未利用エネルギーが眠っている。その鍵を握るのが「浮体式洋上風力発電」だ。商用化に向けた技術開発を主導する「FLOWRA」の寺﨑正勝理事長に、新産業創出の可能性と、国際的な連携枠組みの役割を聞いた。(雑誌『経済界』2026年5月号より)
寺﨑正勝 浮体式洋上風力技術研究組合のプロフィール
てらさき・まさかつ 1982年九州電力入社。九電みらいエナジー常務を経て2023年NTTアノードエナジー執行役員に就任。現在は浮体式洋上風力技術研究組合(FLOWRA)理事長を務める。再エネ開発の知見を生かし、浮体式洋上風力の商用化と技術標準化を主導する。
ライバル企業が結集して共通課題を解決する
―― はじめに「FLOWRA」の概要と目的を教えてください。
寺﨑 正式名称は「浮体式洋上風力技術研究組合」です。2024年3月に経済産業大臣の認可を受けて設立された非営利組織で、複数の企業が協力して共通の技術開発を行います。26年1月時点で、電力会社、ガス会社、商社など21社が正組合員として参画しています。加え、造船や建設、電線メーカーなど76社が共同研究パートナーとして名を連ねる「オールジャパン」の体制です。個別の企業では負いきれない技術的リスクとコストを業界全体で分担し、浮体式洋上風力の商用化を早い段階で実現することが目的です。
―― なぜ、日本においてこれほど大規模な組織が必要なのでしょうか。
寺﨑 カーボンニュートラル実現への期待に加え、日本の電力需要の大きな変化があります。過去の予測では人口減少に比例して需要も下がるとみられていましたが、AI化の進展に伴うデータセンターの増設などにより、産業用電力を中心に需要想定が反転しました。この膨大な需要を賄うため、日本の排他的経済水域(EEZ)に眠る未利用エネルギーへの期待が高まっています。しかし日本の海は海岸から離れると急峻な地形となります。水深50メートル程度までなら海底に土台を築く「着床式」が可能ですが、それより深い海域では構造物を浮かべる「浮体式」が不可欠です。水深が200メートルや300メートルとなれば、下から基礎を積むのは現実的ではないからです。
―― 他の海洋エネルギーと比較した際の優位性はどこですか。
寺﨑 水は空気の800倍の比重があり、波力や潮流発電は仕組みとして大きな出力が期待できますが、設置場所が海岸付近に限定される傾向にあり、景観上の問題や漁業との調整が難題となります。一方、浮体式洋上風力は沖合の風が安定している広い海域を利用できるため、設備利用率が40%から50%と高く、大量の電力を継続して生み出すことが可能です。いわば日本の周りに未利用の油田があるようなものです。
国富循環の創出に向けた国際的な連携枠組み
―― 日本の製造業にどのような経済効果をもたらしますか。
寺﨑 設備コストの構造を見ると、風車本体は全体の約4分の1に過ぎません。浮体式の場合、土台となる浮体構造物が約2割を占めます。現状の風車本体は海外メーカーが主流ですが、浮体構造物は造船や金属加工といった日本の強みが直結する領域です。化石燃料を海外から買い続けるのではなく、国内で発電装置を作り、国内産業に資金が循環する構造を構築できます。これは国富を国内に留め、地域振興につなぐための重要な産業政策でもあります。
―― 国際的な連携はどのような枠組みで動いているのでしょうか。
寺﨑 英国やデンマーク、ノルウェー、フランスなど欧州の主要国と連携協定を結んでいます。なかでも25年秋設立の国際的な研究開発枠組み「The Moonshot」に期待を寄せています。これは世界各国の技術者や研究者約60人が集い、共同研究を行うプロジェクトです。各国の研究機関や日本海事協会などの認証機関と連携し、技術開発や標準化を進めることが目的です。日本が有する技術のなかで世界のチョークポイントとなり得る特定の技術が国際標準となれば、日本企業が世界中に部品を出荷できるようになります。日本の技術で世界を牽引するため、この枠組みを活用しています。
―― 40年までに15GWという目標の実現性については。
寺﨑 15GWは原子力発電所15基分に相当する膨大な量です。国はEEZでの設置を可能にする法改正を行うなど、道筋を示しています。われわれは30年代の社会実装から逆算し、設計基準の策定、大量生産技術、大水深での係留技術、ダイナミックケーブル開発、遠洋での風況観測の5テーマに注力して要素技術の開発を進めています。
制度を超えて情にかなう 地域共生の信念
―― 技術開発以外で、事業推進に困難な要素は何でしょうか。
寺﨑 地元の方々、特に漁業関係者との信頼関係構築です。海は地元の財産であり生計を立てる人々には死活問題です。制度上の権利を得ても地元の協力なしに事業は継続しません。発電所はできてからがスタートであり、地域との絆が不可欠です。私は「法にかなうのは当たり前、理にかなうのは当然。しかし、最後の段階で『情』にかなわなければならない」という信念を持っています。
―― 地域住民との対話ではどのような姿勢を重視していますか。
寺﨑 法令順守や経済的合理性だけでは不十分で、地元の方々が「来てよかった」と思える心情的な納得を得るための対話と交流が不可欠です。九州電力時代に携わった潮流発電プロジェクトで、当初は訝しまれながらも実証に成功し、最終段階では地域の方々に「1日も長くやってほしい。応援するよ」と言っていただけた経験が支えになっています。
―― 困難に挑み続ける寺﨑さんの原動力についてお聞かせください。
寺﨑 「夢」を持つことです。人間は夢に向かって行動します。「未来をこう変えたい」という強い思いが仕事の原動力です。浮体式洋上風力の社会実装も短期間では成し遂げられません。石に一滴ずつ水を垂らすように努力を続ければ、やがては穴が開くはずです。
―― 今後の展望をお聞かせください。
寺﨑 次世代に環境と産業を残すため国際連携を生かし、日本を海洋エネルギー大国へ押し上げたいと考えています。ライバル同士が手を携える組織の挑戦は、日本の未来を拓くうねりになると確信しています。