四方を海に囲まれた日本で、膨大なポテンシャルを秘める海洋エネルギー。波の力に着目し、独自の浮体式波力発電の実用化を目指すスタートアップがある。巨大化する洋上風力とは異なるアプローチで、漁業との共生など、波力発電が切り拓く新たな経済圏の可能性について、起業家の挑戦を追った。(雑誌『経済界』2026年5月号より)
中山繁生 Yellow Duckのプロフィール
なかやま・しげお 兵庫県出身。前職は行政書士。東日本大震災後の太陽光開発による環境破壊を機に、未利用エネルギーを独学で研究。独自の浮体式波力発電技術で2022年にNEDO賞を受賞し、23年にYellow Duck(イエローダック)を設立。
独自の浮体式技術で挑む 巨大エネルギー市場の開拓
―― まずは、イエローダックの事業について教えてください。
中山 私たちは、「海を電源化する」という目標を掲げ、波力発電装置を開発しています。太陽光や風力と違い、波力発電はまだ決定的なプロダクトがなく、世界各国で最適な形を模索している黎明期です。当社も海外技術を検証し、日本の海に最適な形での実用化を進めています。
―― 中山さんは元々、波力発電の専門家だったのでしょうか。
中山 いえ、前職は遺言書作成などを扱う行政書士でした。転機は東日本大震災です。国が再生可能エネルギーへと舵を切り、私の地元の山でもメガソーラーの開発が進みました。しかし、山を切り拓いて地肌が剥き出しになる光景を見て、「環境を破壊してエネルギーを作るのは本当に正しいのか」と疑問を抱きました。そこから、環境に負荷をかけない未利用エネルギーを独自に探し始めました。その過程で、常に揺れ続けている「波」という巨大なエネルギーに気付き、島国日本こそ取り組むべき事業だと確信したのです。
―― 波力発電事業に参入している大手企業は少ない印象です。なぜ参入しないのでしょうか。
中山 過去の研究で「波力は海特有の過酷な環境によりコストが合わない」と見切りをつけられたのが1つ。海にインフラを築くには50年に一度の大波にも耐えうる性能が求められ、設備がオーバースペックになり導入コストが跳ね上がります。また、年間8センチも付着する海洋生物を取り除くメンテナンスコストも膨大です。さらに大きな理由は、国の方針が洋上風力に集中しており、大手企業でも波力への予算が付きにくい環境があるからです。
―― 風力と比較して、波力にはどのような技術的優位性があるのでしょうか。
中山 洋上風力は、陸で成功した巨大な風車を、不安定な海に固定し、波風による揺れを厳密に抑え込まなければなりません。一方、私たちの波力発電はそもそも揺れることが前提です。自然の力を生かして利用するため、構造への負荷が少なく、コスト競争力を持たせやすい。洋上風力が事業採算性の壁に直面した際、海の再エネの選択肢がゼロになるリスクを回避するためにも、波力という代替手段は必要不可欠だと考えています。
養殖の自動化から安全保障まで広がるマネタイズの道
―― 中山さんたちが開発を進めている発電機はどのようなものですか。
中山 ドーナツ型をした発電機の開発を進めています。
そもそも波力発電の仕組みは、海面に浮かぶ発電機から海中に重りを垂らした構造になっています。波の力で重りを上下に連動させ、絶え間なく発電機を回し続けます。従来は上下動のみを利用していましたが、われわれが開発を進める発電機は上下動だけでなく、波による傾きも含め、発電機が動きさえすれば重りが連動し、無駄なく発電できるのが最大の特徴です。また、洋上風力のように海底に固定する構造が不要なため、海岸から少し離れると急激に水深が深くなる日本の地形に極めて適しています。
―― 海上にどのくらいの規模の発電所を造る構想ですか。
中山 最終的には、2キロ四方の海域に1万台を並べて原発1基分に相当する大規模な発電所を造るポテンシャルがあります。ただ初期段階からそこは狙わず、まずは地元の海に小規模に配置し、地域で使う電力を地域で作る分散型の地産地消モデルから展開し、着実に実績と収益を積み上げていきます。
―― 海を利用する上で、地元の漁業者との利害調整はどのように行いますか。
中山 そこが最大の強みです。当社の発電機は直径10メートルから20メートル程度とコンパクトで、漁船で曳船できます。気候変動による漁獲量減少で困窮する地元の漁師さんに、発電機の移動やメンテナンス業務を委託することで、彼らに新たな収入源を提供する「協業モデル」を構築します。
―― 波力発電の電力を、漁業そのものに活用する構想もあると伺いました。
中山 沖合養殖への電力供給です。現在、海水温の上昇によって湾内での養殖が困難になり、沖合へ生け簀を移動させる必要性に迫られています。しかし沖合は波が荒く、頻繁に船を出して餌やりや管理を行うのは多大な燃料代と労力がかかります。そこで生け簀に波力発電を併設して、AIによる自動給餌や遠隔監視を導入すれば、陸上からの完全リモート管理が可能になります。波力発電は、スマート漁業を実現するための必須インフラになる需要を秘めています。
―― 他にも海上の電力需要を満たす用途はありますか。
中山 安全保障やデータ観測の領域で大きなビジネスチャンスがあります。現在、海上に浮かぶブイは太陽光パネルですが、塩の付着による発電力低下や頻繁なバッテリー交換がネックになっています。
他社と進めている構想ですが、波力と海中ソナー技術を組み合わせれば、メンテナンスフリーで半永久的に海を監視し続けるブイが完成します。不審船の接近や魚群の動きなどをリアルタイムで把握できるようになり、防衛から気象データ販売まで多様なマネタイズが可能です。
―― 実用化の目標時期と、そこへ向けた現在の課題を教えてください。
中山 2030年になる前には初期プロダクトの販売を開始し、そこから得たデータをもとに30年代中頃には大規模展開へ移行します。越えるべき壁は3つあります。1つ目は国の規制です。
現在のエネルギー基本計画には波力発電の記載がないため、まずは国に働きかけて計画に明記させ、法整備を促す必要があります。2つ目は実証実験の環境です。日本では実験海域の許可を取るだけで1年近くかかり、開発の足枷です。そして3つ目が、マイナー領域ゆえの資金調達です。ここを突破するために、出資パートナーを強く求めています。
―― 中山さんは、波力発電が普及した先の未来の景色をどう描いていますか。
中山 人類の活動領域が海へ広がる未来です。これまで海は漁業や航路といった通過点でしたが、海上に安定した自立電源があれば、長期居住や、海上農業が可能になり、新たな経済圏が生まれます。
社名のイエローダックは、海上の安全を示す黄色とクリーンな電気の象徴です。黄色い発電機が日本の海に浮かび、新しい海のインフラを目指します。