日の丸半導体の復権を託されたラピダスが、最先端半導体の量産開始に向け着々と準備を進めている。2月には2600億円超の出資を獲得したと発表、2027年度中の量産開始が現実味を帯びる。だが技術をはじめクリアすべき課題は多い。「国策ベンチャー」に勝機はあるのか。文=ジャーナリスト/井田通人(雑誌『経済界』2026年5月号より)
民間企業32社1676億円 日本政府は1千億円を出資
「われわれが期待した以上にご支援をいただくことができ、非常に感謝している」
ラピダスが2月27日に東京都内で開いた記者会見。小池淳義・ラピダス社長は出資に応じたメーカーや政府に対する感謝の念をそう述べた。
発表によると、同社には民間企業32社の計1676億円に加えて、日本政府も情報処理推進機構を通じ1千億円を出資した。これまでトヨタ自動車やソフトバンクなど8社による73億円の出資のみが実行されていたが、新たに富士通やキヤノンなどが株主に名を連ね、金額は約1749億円と大幅に増えた。
ラピダスでは、株式上場を想定する2031年度までに7兆円の資金が必要と試算。うち1兆円を民間出資で賄い、25年度中に1300億円を集めたいとしていた。国に促されて「おつき合い」で出資に応じた側面もあったにせよ、目標を上回る1676億円の資金が集まったことは、将来性に対する前向きな評価の表れといってもよさそうだ。民間による資金支援では、ほかにもメガバンク3行による最大2兆円規模の融資が予定されている。
一方、経済産業省によると、政府は1千億円の出資によって約4割の株式を握る筆頭株主となる。ただし経営への関与は最小限にとどめ、ラピダスが迅速な経営判断を行えるよう、議決権ベースの出資比率は11・5%に抑えた。残りの株式には議決権を付与せず、経営悪化時など、「非常時」に限って議決権付きに転換できるようにした。さらに重要な経営事項に対して拒否権を持つ「黄金株」も1株取得し、技術流出などを防ぐ考えだ。
政府は26年度に1500億円の追加出資も実施する方針。仮にすべての株式を議決権付きとすれば、出資比率は最大で6割程度まで高まる。また、出資金と27年度までの補助金を合計すれば、累計3兆円規模がラピダスに投じられることになる。
赤沢亮正経済産業相は2月27日の閣議後記者会見で、「政府が進める成長投資の要となるものであり、国益のために、必ず成功させなければならない国家的プロジェクトだ」と強調した。
量産化に成功すれば10兆~20兆円の経済効果
ラピダスは、米ウエスタンデジタルの日本法人社長を務めた小池氏や、東京エレクトロンの社長、会長を歴任した東哲郎氏(現ラピダス会長)らによって22年8月に設立された。経産省に提出した事業計画によると、回路の線幅が2ナノメートル(ナノは10億分の1)の最先端半導体を27年度後半から量産し、翌年度には約4倍の増産体制を敷く計画だ。
資金調達同様、生産面の準備も順調に進んでいる。25年4月に北海道千歳市の工場で、ウエハーに回路を形成する前工程の試作ラインを稼働。さらにこの春には、隣にあるセイコーエプソン千歳事業所の一部を借りて、後工程の試作ラインも稼働させる予定だ。
半導体ではこれまで、工程が複雑で高い技術が要求される前工程とは異なり、人手に頼る部分が大きい後工程は人件費の安い中国などで行うことが多かった。しかし近年は後工程の複雑化が進み、そうした傾向は弱まりつつある。ラピダスはチップを効率良くつなぎ、製造コストを抑えられる技術を採用するとともに、国内の同じ場所で一貫生産することにより、状況の変化に対応する考えだ。
同社は「その次」となる1・4ナノメートル品についても、早ければ27年度に新工場の建設を始める方向で検討に着手している。
半導体では、回路の線幅をできるだけ細くする微細化の技術が何より重要とされている。線幅が細ければ、それだけ大量の情報を高速で処理したり、消費電力を抑えたり、1枚のウエハーからとれるチップの枚数を増やしてコストを下げたりすることができるからだ。この技術では台湾積体電路製造(TSMC)が頭一つ抜けており、すでに昨年末から2ナノメートル品の量産に入っている。
一方、半導体産業が衰退した日本では、最近まで普及品である40ナノメートル品がやっとだった。現在の線幅は実寸とは異なっており、メーカー間でも表現が異なることから、数字が同じだからといって実力が同じとは限らないが、2ナノメートル品の量産に成功すればTSMCとの距離が大幅に縮まるのは間違いない。
かつて日本の半導体産業は世界一のシェアを誇っていた。1980年代後半~90年代前半の全盛期には、メーカー別の売上高でトップ10の過半を総合電機系の日本メーカーが占め、特にデータの一時的な記憶に使うDRAMなどの記憶用半導体(メモリー)で圧倒的な地位を築いていた。
しかし、その後は半導体の主役が演算に使うCPU(中央演算処理装置)などのロジック半導体へ移るのに対応できず、米インテルの独走を許したばかりか、メモリーでも韓国サムスン電子をはじめとする韓国勢や台湾勢に追い抜かれてしまった。業界ではその後、ファウンドリーと呼ばれる製造受託のビジネスを確立したTSMCが台頭。ここ2年はGPU(画像処理半導体)を手掛ける米エヌビディアがAI普及の波に乗って急成長し、他を大きく引き離してトップの座に君臨している。日本が強い分野は、電力制御に使うパワー半導体や、スマートフォン向けイメージセンサーなど一部に限られており、メーカー別ランキングのトップ10に日本メーカーの名前はない。
自国で半導体の最先端品を入手できれば、搭載する製品でも開発のスピードアップや高性能化を図りやすくなり、競争力が高まる。小池氏は、ラピダスが最先端半導体の量産化に成功した場合、日本の国内総生産(GDP)に対して10年間で累計10兆~20兆円の経済的貢献が可能になるとの見方を示す。
一方、ラピダス支援のもう1つの理由が経済安全保障だ。ロシアによるウクライナ侵略や米中対立などを背景に、半導体を自国で調達できる体制の構築が以前にも増して重要となっている。そのため日本政府は、TSMCの熊本工場建設や、破綻した旧エルピーダメモリの広島工場を引き継いだ米マイクロン・テクノロジーの工場増設も支援している。その中でも、自国企業であるラピダスへの支援には最も力が入っているといっていい。
少量多品種への対応と国際エコシステムの構築
もっとも、挑戦はまだ始まったばかりだ。
最も重要な技術開発は、昨年7月に2ナノメートル半導体素子の動作を確認するなど、おおむね計画通りに進捗している。ただ、微細化による性能向上は限界を迎えつつあり、生産立ち上げや歩留まり(良品率)向上のハードルは年々上がっている。微細化に代わるブレークスルーにも取り組む必要がある。1枚の基板上に複数のチップを搭載する「チップレット技術」はその1つだ。
同社が強みとし、ウエハーを1枚ずつ高速で処理する「枚葉式」の製造法に磨きをかけることも欠かせない。
ラピダスの社員数は、昨年12月1日時点で1024人にすぎない。これに対し、TSMCは微細化技術の開発だけで数千人規模の技術者をつぎ込んでいる。当然ながら、資金力にも雲泥の差があるだけに、対抗していくのは容易ではない。
半導体の歴史を振り返ると、トップにのし上がったメーカーは、必ず独自のビジネス手法を確立し、有望な顧客と二人三脚の関係を築くことで上昇気流に乗ってきた。インテルはパソコン向けのCPUに経営資源を集中投入する一方、米マイクロソフトと「ウィンテル連合」と呼ばれる密接な関係を築いた。TSMCは製造に特化し、半導体の高い設計能力を持つものの、製造まで手が回らないシリコンバレーのベンチャーに寄り添うことで飛躍した。規模で上回る先行メーカーと同じことをやっても勝てないだけに、独自のビジネス手法はある意味、技術以上に重要となる。
ラピダスの場合、「少量多品種」がキーワードとなりそうだ。
現在使われているAI半導体は、汎用性が比較的高い。これに対し、ラピダスはやがて特定用途に的を絞った専用品の時代へ移行すると予想。枚葉式などで顧客の要望にスピーディーかつきめ細かく対応できる仕組みの確立を目指している。
一方、少量多品種への対応とともに成功のカギを握るのが、「グローバルなエコシステムの構築」だ。
もともと同社は、米IBMから2ナノメートル品の技術供与を持ち掛けられたことがきっかけで設立された。IBMとの関係は戦略的パートナーシップに発展。その後も世界最大級の半導体研究機関であるベルギーのimec(アイメック)や、半導体の設計受託や開発支援を手掛けるシンガポールのクエスト・グローバルと組んでいる。
国策会社とされ、日本政府や多くの日本企業に支えられているラピダスだが、彼ら自身は日の丸半導体の復権だけにこだわっているわけではない。むしろ純血主義に背を向け、世界各地の企業や研究機関と組み、彼らの優れた技術や人材、販売力を取り込むことで競争力を確保しようとしている。
海外の連携相手が増えれば、顧客獲得の可能性も高まる。
小池氏は2月27日の会見で、AIや高性能コンピューティング(HPC)、ロボティクスなどの分野を中心に「60社以上と議論し、試作を繰り返している」と説明。うち10社程度に概算見積もりを提供しており、多くは海外企業という。すでに半導体設計を手掛ける米シノプシスや米テンストレントが、ラピダスへの生産委託を決めている。
ラピダスという社名は、ラテン語で「速い」を意味する。日本政府や日本企業の支援が生産の垂直立ち上げにプラスとなるのは間違いないが、これまでのスピード感を維持し、彼らへの依存から早期に脱却してはじめて、「看板に偽りなし」といえそうだ。