2025年12月、障がい者雇用支援のスタートラインが東証グロースへ上場した。応用行動分析学など科学的根拠に基づく支援技術で、企業の法定雇用率達成と定着を両立させる。西村賢治社長に、異色の起業経緯から上場申請取り下げを経ての再挑戦、そして数合わせではない「戦力としての雇用」を生み出す成長戦略と、技術の核心を聞いた。文=佐藤元樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2026年5月号より)

西村賢治 スタートラインのプロフィール

西村賢治・スタートライン
スタートライン社長 西村賢治
にしむら・けんじ 滋賀県出身。人材業界を経て40歳で起業。2009年、株式会社スタートライン設立。科学的根拠に基づく独自の支援モデルを確立。障がい者雇用の社会インフラ構築により、業界の変革と社会課題の解決に挑む。

会社概要:スタートライン
科学的根拠に基づく障がい者雇用支援のリーディング企業。応用行動分析学(ABA)等の独自技術と、屋内農園「IBUKI」や焙煎所「BYSN」など多様な就労モデルの提供により、企業の課題解決と障がい者の活躍を両立。「誰もが自分らしく生きる社会」の実現を目指す。

常識にとらわれないキャリアと場所1の構造改革

 スタートライン社長、西村賢治は滋賀県で育った。「毎日が楽しければいい」という価値観で、20代の大半をアルバイトで過ごした。当時の思考の射程は、わずか1週間先。転機は27歳での結婚だ。無職でプロポーズし、パートナーから将来を問われた西村は一念発起。人材業界で人生初の正社員となり、社会との接点を持った。この世間の枠組みにとらわれない価値観を持ったままビジネスの世界へ足を踏み入れたことが、西村に独自の視点をもたらした。30代の頃、脳性麻痺を患う人物が、杖をつきながら満員電車で都心へ通勤していた。人混みでバランスを崩し、スーツを汚しながらも都心のオフィスへ向かう姿に、西村は違和感を覚えた。「なぜ、これほどの困難を伴う移動をしてまで、都心へ通う必要があるのか」。

 調査の結果、大企業の求人は東京23区に集中するが、求職者は全国に点在する「場所のミスマッチ」が浮き彫りになった。西村は「仕事の方を人のいる場所へ移す」サテライトオフィスを考案。39歳で起業を決意し、同僚の長谷川新里と白木孝一(現取締役)を誘って辞表を出した。

 創業直後、実績ゼロながら上場企業1社が導入を即決。その後1年間は苦戦したが、訴求内容を修正し続け、現在顧客の65%以上を上場企業グループが占める信頼を築いた。

スタートライン
スタートライン創業メンバーの3人(左から白木孝一、西村賢治、長谷川新里)
写真提供:スタートライン

「人のせい」にしない 科学的マネジメント

 場所の提供以上に同社が支持される理由は、現場で実践される「科学的支援」の具体性にある。

 精神・発達障がいを持つ社員が、業務中に突然フリーズしてしまったり、ミスを繰り返したりした際、一般的な職場ではどう対応するだろうか。「もっとやる気を出せ」「注意力が足りない」と、個人の性格や内面に原因を求め、精神論で解決しようとするケースが大半だ。これでは当事者は追い詰められ、離職につながる。

 これに対し、同社が導入した応用行動分析学(ABA)は、行動を環境との相互作用として分析する。例えば、業務が滞った場合、支援者は「やる気」という曖昧な言葉を使わない。「マニュアルの文字が小さすぎて読めないのではないか(先行事象)」「できた瞬間に褒められなかったため、正解か不安になっているのではないか(結果事象)」と、前後の環境に原因を探る。そして、「文字を大きくする」「作業完了後、即座にOKサインを出す」といった具体的な環境調整を行うことで、行動を変容させるのだ。

 また、第三世代の認知行動療法(ACT)を用い、ネガティブな感情を無理に消そうとせず、「不安だけど、仕事には手を付けよう」と行動へ意識を向けるトレーニングも行う。同社はこれら支援のノウハウを、特許取得の独自のシステムに実装した。日々の支援記録をデータ化し、AIが最適な介入方法を提示することで、熟練の支援者がいなくても高水準な定着率を実現している。

 同社の事業モデルは、サテライトオフィスだけにとどまらない。障がい者の特性と業務内容をマッチングさせ、新たな価値を生み出す事業として注目されるのが、屋内農園型支援「IBUKI(イブキ)」と、22年から本格展開するコーヒー焙煎事業「BYSN(バイセン)」である。

 IBUKIは、天候に左右されない屋内でハーブや野菜を栽培し、成果物を企業のノベルティや福利厚生として活用するモデルだ。植物に触れる作業は精神的な安定をもたらしやすく、対人ストレスが少ない環境は、精神・発達障がいを持つ人々の定着率を高める。

 さらに一歩踏み込んだのがBYSNだ。これは、単純作業中心とされがちな障がい者の業務を、専門技術を要する「職人仕事」へ転換する試みである。コーヒー豆の焙煎には、微細な色の変化や香りの違いを見極める高度な感覚と、手順を正確に守る集中力が求められる。こうした業務特性は、特定の感覚が鋭敏であったり、ルーチンワークへの没頭を得意とする発達障がいなどの特性と高い親和性を持つ。

 つまり、これまでの障がい者雇用が「苦手な部分を補いながら働く」福祉的側面が強かったのに対し、BYSNは障がい特性をプロフェッショナルな職能として生かす戦略である。焙煎士やバリスタという明確なキャリアパスを提示することで、労働者の自己効力感を高め、結果として高品質な製品を生み出す。これが「支援」と「ビジネス」を両立させる同社の思想である。

上場申請取り下げを経て挑む「第2創業」

スタートライン_上場セレモニー写真
上場セレモニーでの集合写真
写真提供:スタートライン
スタートライン_上場セレモニー写真
上場セレモニーで鐘を打つ西村
写真提供:スタートライン

 2025年12月、同社は東証グロース市場へ上場した。実は、23年2月にも上場申請を行っており、審査は最終段階まで進んでいた。しかし、西村はこの申請を自ら取り下げている。外部環境の変化に加え、当時の社内体制が上場企業としての水準に達していないと判断したためだ。ゴール目前での撤退は苦渋の決断だったが、無理をして上場しても社会に貢献し続けることはできない。「身の丈に合っていない」という評価を下し、そこから2年間、ガバナンスの再構築と事業成長性の論証に注力した。再申請においては、科学的支援による高い定着率と、独自モデルの持続可能性が評価され、承認に至った。調達資金は、地方都市への展開加速に充当する。これまでの大都市圏に加え、今後は人口10万人規模の都市をターゲットとする。新潟県三条市(人口約9万人)や茨城県牛久市での成功事例は、人材競合の少ない地方都市こそが、安定的な障がい者雇用を実現するスイートスポットであることを証明した。

 今年7月には法定雇用率が2・7%へ引き上げられる。企業は義務としての雇用から、人的資本経営の一環としての戦力ととらえた雇用への転換を迫られている。西村は「社会は変えようと思えば変えられる」と語る。科学とビジネスの力で雇用の質を変え、社会インフラとして定着させる。スタートラインの第2創業は、上場を機に加速する。(文中敬称略)

西村賢治・スタートライン