福岡県議会議長の藏内勇夫さんは獣医師というもう一つの顔を持ちます。しかも間もなく、日本人初の世界獣医師会会長に。選ばれた理由は、これまで取り組んできた「ワンヘルス」が評価されたのだとか。ワンヘルスって何? 今回はこのテーマを中心に盛り上がりました。(雑誌『経済界』2026年5月号より)
藏内勇夫 全国都道府県議会/世界獣医師会のプロフィール
くらうち・いさお 1953年福岡県生まれ。日本大学農獣医学部獣医学科卒。83年から10期連続福岡県議会議員。2025年6月全国都道府県議会議長会会長。13年日本獣医師会会長、22年アジア獣医師会連合会長、今年4月に世界獣医師会会長に就任する。
世界獣医師会会長に大差で選ばれた理由
佐藤 藏内さんは昨年4月に2度目の福岡県議会議長となり、6月には全国都道府県議会議長会会長に選ばれるなど、地方議会を代表する政治家として知られています。でも元々は獣医師さんで、4月には日本人として初めて世界獣医師会会長に就任されるとか。おめでとうございます。
藏内 ありがとうございます。選挙は2年前に行われたのですが、私以外に、ヨーロッパ獣医師会会長、アフリカ獣医師連合会長、そしてイギリス獣医師会会長が立候補しました。こういう選挙はだいたい英語圏の人が強い。しかもイギリスの方は女性です。どうなるかと思ったのですが、フタを開けてみれば最初の投票で私が7割を獲得して会長に選ばれました。
佐藤 すごい支持率ですね。何が決め手だったのですか。
藏内 長年私が取り組み、ライフワークでもある「ワンヘルス」が国際的にも評価されたようです。
佐藤 ワンヘルスとは、ワンちゃんの健康? ペットを飼う人も増えていますしね(笑)。
藏内 国会議員の先生に説明した時も同じことを言われました(笑)。でも全然違います。「人の健康」「動物の健康」「環境の健全性」は相互に関連する一つ(One)の健康であり、一体的に守っていくという考え方です。
地球温暖化など、地球環境はどんどん破壊されています。パンデミックも数年ごとに起きています。そして日本のクマ被害に代表されるように、人間と自然の共生も難しくなっています。実はこれらはすべてつながっています。これを解決するのがワンヘルスです。
佐藤 地球温暖化とパンデミックがつながっているんですか。
藏内 気候変動によって生物多様性が失われつつあります。さらには環境破壊、人口増加が加わります。人口が増えると食料を増産するために自然を壊して田畑をつくる、ジャングルを開発する。その結果、さらに温暖化は進むしウイルスと接近する可能性が増えていきます。
だからこそ、毎年のように世界のどこかで新しいウイルスによる被害が出ているのです。
佐藤 それを防ぐには単に獣医師の枠にとどまらない対策が必要ですね。
藏内 私は日本獣医師会会長として、獣医師と医師の連携体制をつくりました。今では世界医師会と世界獣医師会もワンヘルスのMOU(基本合意書)を結んでいますが、日本はその先駆けでした。加えて行政が積極的に実践に取り組む基盤となった「ワンヘルス推進基本条例」(福岡県)の実現に努力してきました。
さらに言えば、日本には狂犬病の克服という世界に誇れるワンヘルスの成功例を持っています。日本では1950年代を最後に、狂犬病の国内発生が確認されていません。これは世界的にも極めて稀なケースです。これは獣医師と医師が一緒になって取り組んできた成果です。
こうした日本の取り組みを世界に広め、「健康な地球」を守りたい、と考え世界獣医師会会長に挑戦したのですが、世界の多くの方々がこの考えを支持してくださいました。
クマ被害が減っても自然の仕返しが心配
佐藤 ところで、先ほどクマ被害の話が出ましたが、獣医師としてこの問題をどうとらえていますか。昨年はクマ被害のニュースのない日はなかったほどですし、ゴルフ場にも出没しています。ゴルフ好きの私としては気が気でなりません。
藏内 ワンヘルスが破綻した典型的な例だと思います。
昔の日本は里山という、山の自然と人間の住む世界の間に緩衝地帯がありました。ところが人間の生活圏が里山に入り込んだためにそれがなくなってきた。その分、クマと人間が遭遇する機会が増えています。
しかも耕作放棄地や空き地が増え、柿の木などが放置されています。この美味しさを知ったクマは、どんどん人間の生活圏に入るようになっています。
佐藤 昔はクマよけの鈴をつけていればクマに会わずにすむと言われていたのに、今では人間を恐れないクマが増えているような気がします。
藏内 遭遇の機会が増えたことで、クマは人間に慣れ、恐れなくなっています。だから平気で人の住む家に入ってきてエサをあさっています。
佐藤 あまりの被害の多さに、昨年、クマへの発砲条件が緩和され、実際、多くのクマが駆除されています。獣医師として複雑な気持ちではないですか。
藏内 昨年、木原稔官房長官と面談した時も、人命が脅かされていることを捉えれば、短期的には殺処分はやむを得ないと思うとお答えしました。
でもそれで終わる話ではありません。クマの数が少なくなれば、生態系が壊れてしまいます。クマ被害は減るかもしれませんが、違う形で自然からしっぺ返しをくらうかもしれません。これはクマに限った話ではなく、イノシシやシカなどの野生動物は皆同じです。野生動物は一定の頭数管理をしなければ人間との共存・共栄は困難です。それだけではなく生活圏をわける棲み分けに向けて人間が努力すべきです。
佐藤 このことだけでも、ワンヘルスの実現がいかに難しいかがわかります。藏内さんはこれから2年間にわたり、ワンヘルスの世界のリーダーとして活動なさっていくわけです。健康な地球が守れるよう、子どもたちの世代に引き継げるよう、その活躍に期待しています。
藏内 期待に応えるよう全力で取り組みます。