ホルムズ海峡の閉鎖が続く。政府は備蓄原油の放出に追い込まれた。今日本のエネルギー需要はかつてないほどの危機にある。しかし科学技術の進化によって、われわれが安価で無尽蔵のエネルギーを手に入れる可能性が出てきている。10年後か20年後かは分からないが、日本は世界に冠たるエネルギー大国になる、かもしれない。そう考えるだけで、今の危機の苦しみが少しは和らいでくるのではないだろうか。(雑誌『経済界』2026年6月号より)

科学技術の世界から産業化への転換点

 地熱などのごく一部を除いて、人間の使用するエネルギーはすべて太陽に由来する。太陽光発電が最たるものだが、石油などの化石燃料にしても、植物が光合成を行った結果、貯えられた炭水化物が時を経てエネルギー原料へと転化したものだ。風力にしても水力にしても、風や雨はすべて太陽熱があるからこそ起きる自然現象だ。

 太陽のエネルギーは膨大で、1時間に地球に降り注ぐエネルギー量は、人間が1年間に消費する量を上回る。ということは、地上に太陽をつくることができれば、人類のエネルギー問題は解決する。それが核融合だ。

 核融合とは重水素(通常の水素の原子核は陽子1だが、重水素は陽子1・中性子1)が三重水素原子(陽子1・中性子2)と「融合=フュージョン」し、ヘリウムが誕生する際に巨大エネルギーが生まれるというもの。これを軍事転用したものが水素爆弾。これを制御し発電するというのが核融合発電だ。

 核融合発電の概念は1950年代に生まれた。以来70年に及ぶ科学的探究の季節を終え、いまや人類の命運を左右する巨大な経済・エネルギー産業へと変わりつつある。世界各国で開発が進むが、とりわけエネルギー貧国の日本にとって、カーボンニュートラルの達成と経済安全保障を両立させる核融合の持つ意味は大きい。

 日本の核融合研究の歩みは、50年代の黎明期に遡る。60年代に国家プロジェクトとしての枠組みが整備されて以降、日本原子力研究所(現・量子科学技術研究開発機構=QST)を中心に、磁場閉じ込め方式の一種である「トカマク型」の研究が世界の最前線を走り続けてきた。85年に稼働した「JT-60」が、98年に当時の世界記録となる「臨界プラズマ条件」という快挙も成し遂げている。この成功が礎となり、フランスで建設中の国際熱核融合実験炉「ITER」への参画、JT-60の後継機であり、世界最大級の超電導プラズマ実験装置「JT-60SA」の運用へと、技術のバトンがつながれてきた。

 そして昨年11月、高市政権は補正予算で核融合に対する1千億円の支出を決めた。金額の大きさもあるが、何より画期的だったのが、これまでは文科省管轄の予算だったのが経産省管轄となったことだ。これは「科学技術予算から産業政策予算へとステップアップした」(山際大志郎衆議院議員)ことを意味している。つまり、実用化へ向けての準備が始まったということだ。

 しかし話はそう簡単ではない。現在、日本および世界で開発が進む核融合炉は、大きく分けて「トカマク型」「ヘリカル型」「レーザー型」の3種類ある。その特徴については次稿以降に譲るが、日本の技術はどの分野でも世界トップ水準にある。しかし今のところ日本では「Q値」が1を上回ったことはない。

 Q値とは核融合発電実用化に向けて避けて通れない指標で、投入エネルギーと核融合反応により得たエネルギーの比率を意味する。Q値が1を超えるとは、投入エネルギー以上の出力エネルギーを発生させたことを意味している。つまりQ値が1以下なら、発電する意味がない。

出るか日本出身のイーロン・マスク

 これまでのところ、Q値1超えを記録したのはアメリカの研究所のレーザー型のみ。これは核融合エネルギーにおける一大エポックだった。しかしそれだけで実用化、とはならない。

 核反応を起こすためにエネルギーを投入する際、それよりはるかに大きなエネルギーを使って設備の運転を行わなければならない。例えばトカマク型の場合、投入エネルギーの5倍以上の運転エネルギーが必要だといわれている。それだけではない。核融合反応で得たエネルギーで水を沸騰させ、タービンを回して発電する際、ロスが発生する。一般的に電気として取り出せるエネルギーは獲得エネルギーの3分の1程度といわれている。そのエネルギーを次の核融合に投入する。そのサイクルが成立して、初めて発電所として機能することになる。

 そのためにはトカマク型の場合、Q値は20以上が必要とされている。現在ITERの目指すQ値は10以上。これをさらに倍以上に引き上げる必要がある。そう考えると実用化への道はまだまだ遠い。

 しかし時に技術は一足飛びに進化することもある。2022年秋にChatGPTが登場したことで世の中は大きく変わった。同時に多くの企業や国家が開発競争に名乗りを挙げ、それがさらなる進化につながっている。核融合でもそれが起こらないとは限らない。

 重要なのは、その時にも日本がトッププレーヤーでい続けることだ。インターネットの世界ではメガプラットフォーマーをアメリカが独占した。その轍を踏んだのでは、経済安全保障も絵に描いた餅となる。

 救いがあるとすれば、社会の関心がここ数年で大きく強くなっていることだ。昨年の補正予算だけでなく、政財官学が一体になった取り組みもスタートしている。

 24年には一般社団法人「フュージョンエネルギー産業協議会」が設立された。ここには三菱重工業や東芝などの大手メーカーから、スタートアップ、金融機関まで200社以上が結集した。今年3月には青森県が「フュージョンエネルギー国際拠点化戦略」を発表した。ある試算では関連産業が集積することで、青森県には1兆4千億円の経済効果が起き、雇用創出は27万人に達する。半導体のラピダスが北海道に、TSMCが熊本県に大きな経済効果と雇用を生んだのと同様の期待が膨らんでいる。

 そしてもう一つ期待できるのは、核融合の実用化を目指すユニークなスタートアップが次々と誕生していることだ。世界的な潮流として、画期的なチャレンジはすべてスタートアップから生まれている。日本発の社会を変えるスタートアップが核融合の世界で誕生する可能性もある。

 そこで本特集では「トカマク」「ヘリカル」「レーザー」の3方式と、理論的には確立していないが確実にエネルギーを発生している常温(低温)核融合に取り組むスタートアップを取り上げる。ここから日本のイーロン・マスクが生まれるかもしれない。

核融合発電
出所:Helical Fusion の資料を基に本誌作成