核融合炉開発は世界各国がさまざまな方式でしのぎを削る。その中で日本が間違いなくリードしているのがヘリカル型の核融合だ。装置製造の加工の難しさから手を引いた国が多い中、日本は地道に研究を続け、研究機関からスピンアウトする形でスタートアップを立ち上げた。それがHelical Fusionだ。Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2026年6月号より)
田口昂哉 Helical Fusionのプロフィール
たぐち・たかや 京都大学大学院文学研究科修了。2011年みずほ銀行入行。JBIC、PwCアドバイザリー、第一生命、金融系スタートアップCOOなどを経て21年10月、HelicalFusionを共同創業、CEOに就任した。
サイエンスの段階からエンジニアリングに
―― 田口さんはヘリカル型の核融合炉の開発を行うHelical Fusion(ヘリカルフュージョン)のCEOですが、元々は銀行マンです。どういう経緯で核融合に取り組むことになったのですか。
田口 私は哲学を学びたくて京都大学文学部に進学、大学院まで進みました。修了後みずほ銀行に就職しますが、これは社会で多様な視点を吸収できる環境に身を置きたいと考えたためです。その後JBIC(国際協力銀行)に出向となり、国際的な大型プロジェクトにも携わりました。みずほ退職後はコンサルティング会社や生保会社を経由する中でスタートアップ企業と一緒に仕事をすることが増えていきます。
そして2021年、知人の紹介で核融合科学研究所(NIFS)の研究者と知り合います。NIFSは1980年代に設立され、長年ヘリカル方式の研究を続けてきました。世界最大級の実験装置も建造するなど、世界をリードする成果を上げてきました。
ところが少し前までの日本は、トカマク型一辺倒で、研究予算も重点的に配分されていました。それに危機感を覚えた核融合研のメンバーは民間として自ら資金を集めて研究をしようと考えたのです。でも彼らは研究者ですから資金調達の手段など知りません。そこで相談に乗っているうちに、お互い「一緒にやろう」ということになり、21年10月、NIFSからスピンアウトする形でヘリカルフュージョンが誕生し、私は共同創業者兼CEOとなりました。
―― それから5年がたち、日本のエネルギー政策において、核融合を取り巻く環境は激変、ヘリカル型にも注目が集まっています。
田口 まさに「潮目」です。ここ数年で最大の変化は、高市政権誕生をきっかけとして、フュージョンエネルギーに1千億円強の補正予算が組まれたことです。さらに重要なのは、そのうち民間向けとなる600億円の所管が、文部科学省から経済産業省(資源エネルギー庁)へと移った点にあります。
これは単なる研究開発のフェーズが終わり、国として社会実装・産業化へと舵を切ったという明確なメッセージです。かつては数十年先の夢だった核融合が、今や2030年代の実用化を目指す現実的な国家戦略へと昇格したのです。
―― 実用化に向けた現在地をどう捉えていますか?
田口 非常に手応えを感じています。核融合は「サイエンス(物理学)」の段階から「エンジニアリング(工学)」の段階へ移行しました。特にわれわれが採用しているヘリカル型は、プラズマを長時間閉じ込めるという、最も難しいサイエンスの部分がすでに見えています。あとは、これをどう装置として統合し、社会に実装するか。日本の得意とするものづくりの土俵にようやく持ってきた、という感覚です。
―― 改めて、ヘリカル型とはどのようなものか、他の方式と比較して教えてください。
田口 核融合は「人工太陽」を地球上につくる技術です。そのためには1億℃のプラズマを磁場で空中に浮かせる必要があります。現在、主流とされることの多いトカマク型は、プラズマ自体に巨大な電流を流して磁場をつくります。しかし、これだとプラズマが不安定になりやすく、難しい制御が必要です。
対してヘリカル型は、最初から磁石そのものを螺旋状に設置しておきます。最初からカゴが出来上がっているので、一度プラズマを入れれば安定して長時間維持できる。岐阜県にあるNIFSの実験施設では、すでに約1時間の連続運転を達成しています。トカマク型では数分、長くて20分程度の運転しか成功していません。しかもヘリカル型が1時間で止めた主な理由は電気使用の制限があったためです。原理上は無限に続けられる可能性を証明しました。
―― それほど優れているのに、なぜ世界は「トカマク型」に走ったのでしょうか?
田口 「研究対象として面白かったから」という側面があります。トカマクは温度が上がりやすい半面、不安定で、研究者にとっては乗りこなし甲斐のある暴れ馬です。一方のヘリカル型は、30年前にアメリカが挑戦しようとしましたが、その三次元の複雑な構造を工学的につくりきれず、断念してしまいました。その結果、欧米ではノウハウが失われ、今やヘリカル型を大型化できるエンジニアリング能力と実績を持っているのは、世界で日本のNIFSだけになってしまった。いわば、日本が30年間守り抜いた「世界唯一の武器」なんです。
パートナー企業の資金と技術に期待
―― 今後の具体的なスケジュールと、開発資金について伺います。実用化するには1兆円規模の投資が必要だと言われていますね。
田口 われわれはこれから2つのステップを踏みます。まずは30年前後の稼働を目指す実証装置「Helix HARUKA」。建設費は数百億円規模です。ここでは「プラズマ」「磁石」「壁(ブランケット=発熱する部分)」という、心臓部のコンポーネントが同時に成立することを証明します。 その次に控えるのが、商用発電所「Helix KANATA」です。こちらは直径30メートル級の巨大なプラントになり、建設費は1兆円規模を見込んでいます。
―― 1兆円という巨額資金をどう調達しますか?
田口 日本にはビル・ゲイツのような個人が150億円をポンと出す文化はありません。ですから、われわれはパートナーとの連携を重視しています。単に株の値上がりを待つ投資家ではなく、例えば「自分たちの技術で磁石を作りたい」「配管技術を生かしたい」という、実業を持つ企業。彼らに出資いただき、共にプロジェクトを成功させることで、将来的に彼ら自身のビジネスにもなる。こうした「金融」と「実業」を掛け合わせた調達を進めています。手応えは非常に良く、遠くないうちに具体的な発表ができるはずです。
―― IPOのタイミングについてはどうお考えですか?
田口 核融合の世界では「技術リスクが排除された瞬間」が最大の節目です。具体的にはHARUKAで実証が完了し、あとはKANATAを建てるだけだ、というフェーズがそれに該当します。そこまでいけば、マーケットからの信頼も一気に高まり、数兆円規模の時価総額も現実味を帯びてくるでしょう。
―― 競合他社の中には、部品販売や受託研究で早期の収益化を目指す企業もありますが、ヘリカルフュージョンはあくまで「発電所そのもの」にこだわっています。
田口 そこは譲れません。京都フュージョニアリングなどは、部品を海外に売るビジネスで先行しています。それはそれで素晴らしいことですが、われわれが目指すのはそこではありません。
部品や素材をどれだけ集めても、それをどう組み上げればエネルギーを生み出す装置になるかという設計図がなければ、発電所にはなりません。このインテグレーションのノウハウこそが、国家レベルの産業競争力の源泉です。われわれは、最初から寄り道をせず、一心不乱に「核融合プラントそのもの」を作れる唯一のプレーヤーを目指しています。
―― もし成功すれば、企業価値はどれほどになると考えていますか。
田口 数百兆円は下らないでしょう。エネルギーは人類のあらゆる活動の根源です。宇宙開発のスペースXが現在100兆円近い時価総額ですが、核融合はそれ以上のインパクトがあります。ロケットを飛ばした瞬間に100兆円の市場が生まれるわけではありませんが、核融合は稼働した瞬間に、数百年続く世界のエネルギー構造を塗り替えるからです。
核融合炉開発は地方創生にもつながる
―― 核融合については中国も研究を重ね、大きな予算を割いています。危機感はありませんか。
田口 ものすごくあります。現在地で言えば、ゴールを100として、われわれが80、中国が50くらいの差があるかもしれません。しかし、中国が50から100へ向かうスピードは尋常ではなく速い。われわれがのんびり歩いていれば、一気に追い越されます。先行者の利益を守るためにも、圧倒的なスピード感で走り続けなければなりません。
―― その先に、どのような社会を夢見ていますか?
田口 これまで、日本はエネルギー資源を輸入に頼ることで地政学的に弱い立場にありました。しかし、核融合が実現すれば、日本がエネルギーを生み出す技術の中心となることができます。さらに、これは地方創生にも直結します。核融合炉には、超耐熱部品、複雑な配管、超電導磁石など、日本の町工場や中堅企業が持つ世界トップクラスの技術が山ほど必要です。自分たちの技術が核融合に使えるんだと気づいた地域から、新たな雇用と産業が生まれる。1兆円のプラント建設費は、そのほとんどが日本の製造業へと還元される仕組みです。
核融合が実現したとき、世界から「エネルギーの制約」が消えます。そのとき、私たち人類は「何をしたいか」という問いを突きつけられるでしょう。今まで資源のために争い、コストのために諦めてきた未来。
その制約が解放された後、私たちはどのような社会を、国家を築きたいのか。核融合という新しい火を灯すことで日本を、そして人類を次のステージへ連れていきたい。あと10年、ぜひ期待していてください。