(雑誌『経済界』2026年6月号より)
常温核融合
1989年3月、衝撃的なニュースが世界を駆け巡った。米ユタ大学のマーティン・フライシュマン教授とスタンレー・ポンズ教授が記者会見を開き、簡素な装置、しかも常温で核融合反応を起こし、Q値1をクリアしたと発表したのだ。
その実験方法と理論は次のとおり。
重水を満たした容器にパラジウムの電極を入れ電気分解を行う。それで生じた重水素がパラジウムの結晶格子に吸蔵され、重水素の密度が高まると重水素同士が融合しエネルギーを放出する。
こんな簡単な方法でエネルギーを手に入れることができるなら、それまでの原子力発電や核融合の研究は何だったのか、ということになる。世間が色めき立たないはずがない。
当然世界中の研究者が追試験を行うが、「確認できない」という報告ばかり。たまに発熱するケースもあったが、同じことを繰り返しても同じような結果が出るとはかぎらなかった。科学の世界では再現性のない研究は意味がない。そのため測定ミスだったなどとの指摘が相次ぎ、徐々に騒ぎは収まっていく。同年11月には米エネルギー省の調査委員会は「恒久的なエネルギー源としての証拠はない」と発表。常温核融合は正式に否定された。
しかし常温核融合は死んでいなかった。一部の科学者が細々と研究を続けた結果、徐々にどのような反応が起きているのかが見えてきた。
ユタ大学の研究では、格子状のパラジウムの結晶の中で反応が起きると見られていたが、実際には金属のナノ粒子の表面で起きているという説が有力となっている。実際、日本の大学や前稿のクリーンプラネットなどでは、ニッケルなどの金属ナノ膜を使い、100%に近い確率で熱放出を確認している。
なぜ熱が出るのかはまだ不明なところも多いが、現象は間違いなく起きている、というのが常温核融合の現在地だ。ただし、最近の実験では、常温ではなく1千℃未満にまで加熱している。そのため常温核融合ではなく低温核融合という呼び方が一般的だ。
トカマク型などで核融合を起こすには1億℃の高温が必要になる。そのためプラズマを真空中に閉じ込めるための大型の施設が必要となる。しかし1千℃未満なら金属や耐火セラミックなどで容器をつくることで対応できる。設備の大きさも、必要な金額も高温核融合と低温核融合では天と地ほどの開きがある。
企業もこの技術への関心を高めつつある。
クリーンプラネットの株主には、三菱地所、三浦工業、三菱商事など、日本を代表する企業が名を連ねる。このほかに電力会社も出資している。
かつて常温核融合は「史上最大の科学スキャンダル」とも呼ばれた。しかしそれから37年の時を経て、再び脚光を浴びつつある。もしこれで実用化されることになれば「史上最大の科学リベンジ」となるのは間違いない。
最初に常温核融合が報じられた時、「一家に一台、核融合」と言われたものだ。それがもしかしたら現実のものとなろうとしている。
そのためにも技術の確立とともに、早急な理論的解明が待たれるところだ。
Photo:クリーンプラネット提供