(雑誌『経済界』2026年6月号より)

尾崎弘之 早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センターのプロフィール

尾崎弘之 早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター研究院教授 尾崎弘之

核融合はこれまでの基礎研究のフェーズを脱し、事業化の領域へと足を踏み入れました。

 かつては物理学者や基礎研究者が主役だったこの分野に、今やエンジニアやビジネスのプロフェッショナルたちが次々と参入しています。

 日本の核融合技術は、世界トップクラスにあります。1970年代から積み上げてきた基礎研究の蓄積があり、2007年に始動したITERプロジェクトでも、日本は主要なプレーヤーとして重要な役割を担ってきました。

 しかし、ここ数年で世界の勢力図は一変しました。当初、ITERという枠組みは「一国では背負いきれない巨大なプロジェクトを世界で協力して進めよう」という国際協力の象徴でした。ところが、着実に進むITERに対して、アメリカや中国が猛烈なスピードで独自開発を加速させたのです。そのため日本は安泰なトップランナーではなく、背後から迫る巨大な資本とスピードに脅かされる立場にあります。アメリカは、民間資金が主役で、年間数千億円規模、中国も国費で数千億円規模を投じている。お金とスピードがものを言うこの世界において、日本は今、瀬戸際に立たされています。

 2050年の実用化という目標に向けて、私たちは何をすべきか。 日本において重要な課題の一つは、サプライチェーンの維持と投資です。核融合は巨大なものづくりの集大成です。メーカーが長期的な設備投資を行い、部品を供給し続けなければ成立しません。しかし、政府のコミットメントは単年度の予算になりがちで、企業はリスクを取って長期の投資ができません。10年後、20年後もこのプロジェクトは続くという予見可能性を政府が提供する必要があります。

 また、人材の枯渇も看過できない問題です。世間の核アレルギーや大学の原子力学科改称などにより、若い研究者が減っています。核融合が就職先として魅力的な産業にならなければ、技術の継承は途絶えてしまいます。

 日本は、核融合を最も必要としている国です。エネルギー資源のほとんどを輸入に頼り、毎年20兆円近い国富を流出させています。中東情勢や国際政治にこれほどまでに振り回される国が、自前の人工太陽を手に入れる意味は計り知れません。もし、この技術開発から脱落すれば、将来的に生成AIのライセンス料を払うのと同じように、エネルギー供給の根幹を他国に握られ、莫大な対価を払い続けることになりかねません。これは単なる科学技術の問題ではなく、安全保障の根幹です。

 現在、日本には有望なスタートアップもいくつか出てきています。彼らに資金を供給し、同時にQST(量子科学技術研究開発機構)などが持つ長年の知見を分散させずに活用する。そうしたリスク低減と知見の集約を両立させる仕組み作りこそが、事業化への最短ルートです。

 高市政権の政治主導の動きや、産業界の関心の高まりなど環境は確実に改善しています。35年に実証プラントを動かし、40年代に発電を実現する。その計画が「絵に描いた餅」に終わるか、それとも「日本の救世主」になるかは今この瞬間からの10年の動きにかかっています。(談)