インドの自動車産業は、1982年、スズキがインド政府と合弁会社をつくったことで事実上始まった。以来40有余年で、インドは世界3位の自動車大国となった。そのインドでEV革命が進行中だ。それを勝機に捉える日の丸ベンチャーや王者スズキの動きを現地からレポートする。文=ジャーナリスト/永井 隆(雑誌『経済界』2026年6月号より)

1千万台の自動三輪車がEVに換わる大チャンス

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 「大きなチャンスが来ました」

 インドでEV(電気自動車)三輪車を展開するテラモーターズ(東京・港区)の子会社、テラモーターズ・インディア(西ベンガル州コルカタ)の上田晃裕マネージングディレクターは話す。

 大気汚染対策からデリー首都圏での三輪ディーゼル車の走行が、2026年12月末で禁止されるからだ。同地域の三輪ディーゼル車は、EVあるいはCNG(圧縮天然ガス)車に切り替わっていく。

 自動三輪車は、ほぼ全数が商用。主に乗り合いタクシーとして利用される。地方から都市部に出稼ぎに来た人、地方で職を求める人などがドライバーになって稼ぐ。

 現在インド国内で走行する内燃機関の自動三輪車は約1千万台あるとされ、ガソリン車とディーゼル車が半々と見られている。

 EV三輪車の市場規模は25年(暦年)で、約79・8万台(前年比15・4%増、中古車含む登録ベース)。マヒンドラ&マヒンドラ約9・6万台、バジャジ約7・9万台と続くが、四輪乗用車市場で4割のシェア(市場占有率)を持つマルチ・スズキ(ニューデリー)のような超大手はいない。14年に参入したテラモーターズは1・1万台だった。ただし、25年度(3月期)では1・3万台の見込みだ。

 EV三輪市場は、ピーク時には500社以上が参戦していて〝百花繚乱〟の様相だったが、現在は300社程度に落ち着いている。うち、上位15社ほどが先頭集団を形成し、市場の44%を取っている。

 テラモーターズは先頭集団に入っていて、EV三輪を生産する唯一の外資である。「現在は約30億円の売上規模ですが、50億円以上に伸ばしていきたい。販売台数も3万台から5万台にしていきたい」と上田氏。

 車両販売だけではなく、金融事業も展開。低所得者でもEV三輪をローンで購入して、乗り合いタクシーなどを開業できる仕組みを構築している。EV大手のテスラが富裕層を対象にした高級車からEVを普及させたのとは逆に、同社は貧困層をターゲットにして市場に入っている。一部の富める人たちの〝愛車〟ではなく、大多数の貧しき人々にとっての〝必要とされる働く車〟として展開しているのが特徴だ。

 「社会課題を解決することで成長する会社にしたい」と上田氏。拠点であるインド東部のコスタリカは、インドでも貧困層の多い地域だが、タクシーや運送業で起業して自活できる人が増えれば、地域経済は活性化し社会も安定していく。

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インドを拠点にEVのアフリカ輸出を目指すテラ

 さて、米・イスラエルによるイラン攻撃により、今インドではガソリン価格が高騰している。しかも、インドは日本のような原油備蓄がない。インド政府は3月、エネルギー価格高騰に対応し、ガソリン・軽油税の引き下げを発表した。だが、ガソリン価格高騰は、EV三輪車にさらなる追い風となりそうなのだ。

 EV三輪車には走行速度が時速25キロメートルに制限される低速車と、同55キロメートルの高速車とがある。ガソリン三輪車の価格は22万~23万ルピー。EV三輪の高速車は30万~40万ルピー。おおむね10万ルピー(約17万円)ほど車両価格に差がある。

 乗り合いタクシーは毎日、100キロメートル以上を走行する。電気代はガソリン価格よりも安い。仮に1カ月に25日稼働して計算すると、1年半から2年で購入価格の差は解消できてしまう。

 「四輪EVとは違って三輪は充電器の必要はなく、家庭の電源を使える。3時間充電で150キロメートル走行可能」と上田氏。

 四輪EV大手のタタ・モーターズは2月に低価格EV「パンチ」を発表し話題になった。車両だけの価格は64・9万ルピー(約110万円)。車載電池の利用料として1キロメートル当たり2・96ルピーを別途支払うシステムとした。上田氏は、「長距離を毎日走行するタクシーでの利用を狙った。やはりランニングコストの安さを突いた、理にかなったやり方」と指摘する。

 EVはガソリン車と比べれば、体積当たりでも、重量当たりでも蓄えられるエネルギーの総量は小さい(エネルギー密度が低い)。しかし、ガソリン車の場合、燃焼により発生するエネルギーの8割ほどを熱として捨ててしまっている。一方、EVはリチウムイオン電池に蓄えた電気の8割以上が、モーター駆動に使われる。つまりエネルギー効率において、ガソリン車をEVは圧倒する。

 少ないエネルギーを高効率に使え、エネルギーの消費量も少なくて済むという点から、EVは三輪車や日本の軽自動車など小さくて軽い車両に向く特性がある。

 テラモーターズは早ければ3年以内の、東証グロース市場へのIPO(新規株式公開)を目指している。調達した資金で生産体制を拡充。インドを生産拠点に、EV三輪をアフリカや東南アジアに輸出していく計画を持つ。「ベンチマークしているのは、マルチスズキ。スズキと同じ戦略を描いています」「インドでは『日本の会社です』と話すと、すぐに信頼を得られた。鈴木修氏のお陰なんです」(上田氏)。

インドのガリバー スズキの次の一手

 25年9月、インドでは間接税が改正されて、25年の乗用と商用を合わせた自動車販売量は過去最高の514万台だった。中国、アメリカに次ぐ世界3位の市場が、今やインドである。

 メインである乗用車市場は24年度で434万台(前年比4%増)の規模。このうちスズキの子会社であるマルチ・スズキは176万台(同100%)を販売しシェアは40・6%。2位現代自動車、3位タタモーターズ、4位マヒンドラ&マヒンドラと、いずれも10%台前半なので、マルチ・スズキは圧倒的な首位だ。

 スズキグループの世界生産量は、25年度の見込みで346万台(同5・2%増)。このうちインドが228万台(同8・5%増)と世界全体の66%を占める。ちなみに、日本は98万台(同1・1%減)で28%の構成比だ。また、上田氏が指摘したが、インドで生産したうちの33・3万台をアフリカ、中近東、日本などに輸出した。

 マルチ・スズキの竹内寿志社長は、「(1983年12月の)生産開始から年間200万台生産するまで40年かかった。しかし、次の200万台を6年から7年で実現させたい」と話す。早ければ2030年にインドの生産量は400万台を超える計算になる。  「いかに増産体制を確立していくかがポイント。今は車をつくれば売れる状態」(マルチ・スズキ首脳)。

 インド西部グジャラート州に5番目となる四輪組立工場を建設し、29年までの稼働を目指す。同州にあるハンサルプール工場では、今年7~9月に4番目の生産ラインを立ち上げ、年間75万台だった生産能力を年100万台としていく。新ラインでは今年1月に日本で、2月にはインドで発売したSUVでスズキ初のEV「eビターラ」を生産する。

 ハンサルプール工場の敷地内には、インドで唯一の車載用リチウムイオン電池(LIB)工場(スズキ、デンソー、東芝の合弁)が稼働する。ただし、ハイブリッド車(HV)用しか生産していない。

 大容量を求められるEV用は、中国の比亜迪(BYD)が生産する正極がリン酸鉄のLIB。リン酸鉄LIBは安全で安価、長寿命。だが、エネルギー密度が低い。多くのセルが必要となり、大きくて重くなってしまうが、はるばる中国から運んでいる。スズキの理念である「小少軽短美(小さく、少なく、軽く、短く、美しく)」に反しているのだ。

 このため、計画する新工場などでの内製に切り替える可能性は否定できない。  もっとも、スズキは遅れてしまっているEVよりも、実用的なCNG車に注力している。

 インド政府は、CNG車の普及を後押ししている。インドでは原油の9割を輸入に頼っているため、慢性的な貿易赤字に悩まされている。加えて、開戦以前から高騰を続けていたガソリン価格に国民は苦難を強いられている。その一方で、CNGは国内でも産出されていて、CNG車は既存のガソリン車にタンクを装着するだけで済む。EVのような電池やソフトウエアの難しい技術は必要ないし、車両価格はEVより格段に安い。

 CNG車はインド自動車市場の約2割を占める。マルチ・スズキはCNG車市場で約7割のシェアを持つ。マルチ・スズキの商品ラインアップは、商用車を含めて19車種。このうち15車種にCNG仕様がある。24年度には62万台を販売し、販売構成比は35%。20年度が約16万台で構成比12%と比較すると、伸びは大きい。

24年におけるインドEV市場(販売台数)が、全社合わせても9・9万台だったのと比べても大きい。

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牛糞燃料に見る 鈴木修の「魂」

 さらにスズキは、牛糞からCNGと同じ成分のメタンを取り出し燃料に利用する事業を始めている。

 グジャラート州に昨年末から2工場を開設。契約する近隣農家から定期的に集めた牛糞を発酵させ、メタンが成分のバイオガス(CGB)として工場併設のスタンドで販売している。CGBの販売価格は1キログラム当たり75ルピーで、CNGの同81ルピーよりも安い。

 農家からの買い取り価格は、牛糞1キログラム当たり1ルピー。一頭の牛から年間7万2千キログラムの牛糞が取れるため、農耕する牛が2頭いれば15万円弱の年間収入を農家は得られる。

 「CSRではなく、あくまで事業。いずれ、CGBの充填スタンドを全国に展開する」(スズキ首脳)

 インドの牛は草を食べる。草は光合成により二酸化炭素(CO2)を吸収するので、車両が走行中に排出するCO2と相殺される。したがって、牛糞はカーボンニュートラル燃料だ。化石燃料のCNGとは違う。また、草食の牛の糞は、それほど臭くはない。

 「たかが牛糞」と侮ることなかれ。スズキがこれだけ踏み込む背景には、一昨年12月、94歳で亡くなった鈴木修元相談役の次の言葉があった。

 『将来、インドは農村だ』

 スズキのバイオガス事業本部長を務める豊福健一朗常務役員が解説する。

 「インドの人口は14億人。このうち農村に住む10億人が、将来のスズキのお客さまという意味。いかに、農村に安くて良質な燃料を供給するか、いかにスズキがインドの農村に入り込んでいけるかが、ポイント。修相談役の意志があったから、バイオガス事業に本気で取り組んでいる」

 スズキは軽自動車「アルト」に800ccのエンジンを搭載した「マルチ800」をもって、自動車を含めた近代工業がなかったインドに入っていった。それから40余年が経過。スズキがインドで成功を収めた理由は、一部の富裕層だけを狙ったのではなく、民族も宗教も多様に交錯するマジョリティー(大衆)から支持を得たからではないか。高額な手の届かないクルマではなく、「少し頑張れば届くマルチ800」をクルマを必要とする人に供給していった。長期的な視座に立ってである。

 その姿勢は今も変わらない。10億人が豊かになるのに伴い、二輪車、四輪車、さらには車両燃料にも家庭用調理コンロにも使えるバイオガスを、いずれも最初は必要とされる社会インフラとして供与していく。

 鈴木修氏の魂は、インドの地に生き続けている。

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