3月19日。発生から2週間余りに及んでいたアメリカ、イスラエルとイランの攻防の最中、アメリカで行われた日米首脳会談。メディアの前で高市首相がトランプ大統領からホルムズ海峡への艦船派遣を請われるか否かに注目が集まったが、高市首相は日米トップ会談の場で〝隠し球〟を投げた。文=羽富宏文(雑誌『経済界』2026年6月号より)

日米首脳会談の場で対米投資第2弾発表

 「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけ」

 高市氏が日米首脳会談の場でこう称えるとトランプ氏は満足げな表情を見せた。今回の日米首脳会談では、アメリカ側から軍事的な支援が同盟国にも迫られ、トランプ氏からは日本に対し艦船派遣などの軍事的支援が世界中のメディアの眼前で迫られるのではと注目が集まっていた。ところが大方の予想に反して、高市氏がトランプ氏から〝詰められる〟ことはなかった。それはなぜなのか。高市氏は首相として就任後、昨年秋にトランプ氏が来日した際にトランプ氏寄り、アメリカ寄りのパフォーマンスを見せた。今回の対米投資、ここから「布石が打たれていた」とみる声もある。

 関係者によると、会談前に対米投資案件についての前打ち報道が出始めていた頃、日本の対米投資にかかる共同文書の完成原稿はすでに出来上がっており、あとはそれぞれのトップの口から、その詳細が語られるのを待つのみだったという。そして、首脳会談の冒頭撮影後、両首脳の記者会見で関税合意に基づいた5500億ドル、日本円で約87兆円(注:会談時点の最大規模額)の対米投資第2弾が正式に発表されたのだ。

 対米投資第2弾は大きく3つある。日本の日立GEベルノバニュークリアエナジー(略称:日立GEベルノバ)が主体のアメリカ・テネシー州およびアラバマ州での「小型モジュール炉(SMR)」の建設に最大400億ドルを投資。さらにペンシルベニア州での天然ガス発電施設の建設に最大170億ドルを投資。そして テキサス州における天然ガス発電施設の建設に最大160億ドルを投資する(注:投資額はいずれも推定額)。

 とりわけ注目を集めたのは日立GEベルノバのSMR建設だ。ある政府関係者は「SMRは事故時のさまざまなリスクを軽減しつつ汎用性を高める理想の小型原子炉だ」と今回の投資案件に期待を寄せる。

 SMRとは通常の原子炉と比べて炉心が小さく、発生する熱量も少ないことが第一の利点だ。そして最大のメリットは「受動的安全機能」と呼ばれる冷却機能だ。東日本大震災の福島第一原発事故では地震と津波による電源喪失で炉心がメルトダウンし甚大な被害をもたらすこととなったが、SMRならば電源喪失があっても、受動的安全機能の働きにより、重力で制御棒が落ちて核反応が止まったり、自然対流で冷える構造になっていたりと事故時のリスクがかなり低減されたものになっている。

 共同文書でも「先進的なSMRの米国における画期的な商業化は次世代の大規模な安定電源をもたらし、アメリカ国民の電力価格を安定させるとともに、世界的な技術競争における日米のリーダーシップを強化するもの」と宣言するなど期待のプロジェクトと位置付けられた。

 もう一つ注目は第2弾と同時に発表された「海洋鉱物資源開発に関する協力覚書」だ。

 重要鉱物、とりわけ深海における重要鉱物の開発や確保に向けて、日米が協力して進めていくことが共同文書に明記されたのだ。中でも日本の一番のアピールポイントは「南鳥島沖のレアアース泥」である。アメリカ側も「日本がレアアース泥採鉱に係る世界初のシステム統合試験を成功させ、深海鉱物資源開発において世界一流の成果を挙げていることを認識(共同文書より抜粋)」し両国間協力を前進させる意向を示している。南鳥島のレアアース泥採鉱プロジェクトに関わる関係者は「日本のレアアース国産化への大きな支援要素」と歓迎した。

史上最大規模の投資へ SBG 孫正義氏のねらいは

 日米首脳会談翌日の3月20日、ソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長は米・オハイオ州での5千億ドル、日本円にして約80兆円の投資を表明した。

 この日、孫氏は米・オハイオ州パイクトンという「ラストベルト(さびた工業地帯)」の村に赴いていた。対米投資の一環として約333億ドルで建設するガス火力発電所の起工式に参加したのだ。そこで高らかに表明したのは「巨大AIデータセンターの建設構想」で孫氏も「史上最大規模の単一拠点投資」と胸を張った。日米21社による「ポーツマスコンソーシアム」が投資の主体となり、データセンターを軸とした産業集積地を整備するという。日本企業からはSBG以外に、住友電気工業、TDK、東芝、パナソニック ホールディングス、日立製作所、フジクラ、みずほ銀行、三井住友銀行、三菱電機、三菱UFJ銀行、村田製作所といった企業が名を連ねている。

 AIデータセンターは原発10基分とされる10ギガワットの電力を消費する計画で、敷地内に併設するガス火力発電所で「消費電力のすべてを自給自足する(孫氏)」といい、地域の電力需給への負荷を抑えるという。

 対米投資における孫氏の存在感は極めて大きく、関係者によれば「トランプ氏との相互の信頼関係は絶大」で、こうした関係性が対米投資という2国間の大プロジェクトにおいても孫氏の存在感を高めた形だ。

 そもそも孫氏はアメリカという超大国と関係が深い。孫氏は1974年、17歳の時に単身渡米。18歳でアメリカのホーリー・ネームズ大学に進学。77年にはカリフォルニア大学バークレー校に編入して、自動翻訳機を発明するなど発明家として頭角を現し、22歳で慣れ親しんできた米国の地で「Unison World」を起業する。

 アメリカンドリームを実力でつかんだ孫氏。アメリカという国への思い入れはとにかく強いようだ。

 トランプ氏が2025年に大統領に返り咲くと、真っ先に面会したのが孫氏だった。それに歩を合わせるように、アメリカへの投資をスピードアップさせていく。25年1月には全米にAIインフラ敷設で5千億ドルの投資を発表し、 8月にはインテルに20億ドル出資、 11月には米国のAI半導体会社を65億ドルで買収。 12月には米投資会社の買収を発表し、26年2月にはオープンAIに300億ドルの追加出資を発表した。

 「世界の中心は今圧倒的にアメリカ」と語る孫氏がここまで対米投資に前のめりになるのには「孫氏が描くAI構想のアメリカでの実現化がある」とする声もある。そのアメリカではデータセンターを筆頭にAI投資が経済を支える。ただ一方で1社が巨額投資を行うことへのリスクや、パートナー企業が定まらない中での投資案件発表には不安視する声もあるが、孫氏のアメリカとの太いパイプ役としての活躍はまだまだとどまることを知らない。

投資参画には町工場も具体化への課題は

 2月の対米投資第1弾では、大手企業のほかに全国各地の中小企業も政府の文書に名前を連ねている。その中には町工場の名前も。

 神奈川県平塚市。遠くに富士山が望める場所に精密板金加工を手がけるメーカー「タシロ」がある。2月初め、同社に1本の電話が入った。電話の相手先は「経済産業省の担当者を名乗った」と同社の田城功揮代表はいう。どのような依頼内容があったかについて田城代表は「先方(経産省)との機微なやりとりがあるため詳細はお答えできないが、現在も密に連絡を取り合っている」という。

 同社の何が経産省の目に留まったのか。タシロは1966年に自動車販売修理業として創業し、91年から精密板金加工を始めている。レーザーを用いた加工や「曲げ」と呼ばれる職人の技も駆使して、半導体製造装置の部品や工場・プラント向けの部品を製造している。現在の代表の功揮氏は三代目。神奈川県のロボット振興プロジェクトにも参画するなど、ものづくりマインドあふれる若手経営者だ。

 「うちのような町工場を選んでいただいて正直驚きました。今回のお声がけを機に日米のサプライチェーンを盛り上げていきたい」

 タシロのほか、名前があがった中小企業は皆きらりと光る技術等を持っているのは間違いなさそうだが、気になるのはその選定理由だ。タシロの田城氏も「第1弾公表の1週間ほど前に打診の連絡を受けた」という。どれくらいの企業にアプローチしどういった判断で複数社にまで絞り込んだのかは現時点で明らかにされていない。

 今回の対米投資案件は高市首相が昨年秋に就任して以降、加速した。トランプ氏は、安倍元首相と親交が深く、安倍氏と近しかった高市氏は、日米同盟強化・経済安保連携強化の路線をひた走っているという声もある。

 そうした軸にもとづいて進められた今回の対米投資。第1弾とあわせると日本が確約した投資額は総額17兆円を超える額となる。課題は「利益」と「負担」だ。各種報道によれば、今回の投資で得られる最終的な利益の分配は「米国が9割、日本が1割」とされている。さらに資金負担については、全てを日本側が持つスキームで、そのうち国際協力銀行(JBIC)による出資が1割、残り9割の負担は金融機関から融資を受けた民間企業による投資によって賄われることになるという。具体的には日米でつくる投資ファンドに日本の金融機関が融資する格好だ。ただ、あるシンクタンクの試算では、投資にかかる利子収入が見込めるため、実際には日本の利益は1割にはとどまらないという。それを差し引いたとしても投資の最終決定権はアメリカ側にあり、日本は不利である。ある金融機関幹部は「資金を出していくとしてもかなり無理がある」と嘆息する。

 こうした課題を犠牲にしてまで臨む、日米プロジェクトの要諦は今の日本に求められる「日米関係強化」と「経済安保連携強化」に他ならない。そして、日本企業が大中小含め進出するということは日本側にとっても「ものづくりの底力」を生かせるチャンスとなるだろう。