米国とイスラエルが2月28日、イランへの攻撃を開始したのに端を発した中東情勢の緊迫化は、日常生活を支える物流にも色濃く影を落としている。原油やナフサ(粗製ガソリン)の調達が難しくなり、燃油や原油由来資材の高騰を引き起こしているため、物流事業者が日々使うトラックなどの燃料や梱包資材の価格も急上昇。事業環境が厳しさを増している。文=『月刊ロジスティクス・ビジネス』編集長/藤原秀行(雑誌『経済界』2026年7月号より)
航行正常化予測を「7月」に後ろ倒し
原油などの海上輸送の要衝・ホルムズ海峡が3月初旬、事実上封鎖されたのに伴い、石油などを輸送する日本関係の船舶が多数、同海峡を含むペルシャ湾での長期間の停泊を余儀なくされている。4月28日には出光興産子会社が運航し、サウジアラビア産の原油を積んだタンカーがホルムズ海峡を通過してオマーンの公海に脱出したことが確認されるなど、独自にペルシャ湾から出ようと模索する各国の船舶の動きが見られるものの、外務省などによれば、4月30日時点でまだ約40隻の日本関係船舶が現地で足止めを強いられている。
商船三井は4月30日に発表した2026年3月期連結決算の関連資料で、ホルムズ海峡周辺の船舶航行がおおむね正常化する時期を今年7月と予想していると説明。それまでは4月末をめどに収束に向かうとの前提を示していたが、米国やイスラエルとイランの対立解消の時期が不透明なことを踏まえて後ろ倒しにした。
4月30日時点ではまだ米国やイスラエルとイランの間で明確な停戦合意の兆しは出ておらず、イランは米国以外の許可した船舶にホルムズ海峡通過を認める姿勢も見せているが、荷主企業や船舶運航のリスクをカバーする損害保険会社は安全を確認できないとして運航再開に慎重な姿勢を崩していない。海運会社としても独自の判断では動きにくい状況だ。
ペルシャ湾で長期の滞在を余儀なくされている船員の健康状態にも不安が広がる。海運関連の企業が参加している日本船主協会の長澤仁志会長(日本郵船会長)は4月29日、出光関連の船舶がペルシャ湾を出たのを受けてコメントを発表し、「今回の船舶に続いて、ペルシャ湾内に留め置かれている、わが国海上輸送を担う全ての船員と船舶が、一刻も早く安全かつ円滑に同湾内を脱出できるよう、引き続いてのご支援を、切にお願い申し上げる」と政府などに要請した。
今後も世界の海運会社の間でペルシャ湾の航行を回避する動きが続く公算が大きく、アフリカ大陸南端の喜望峰を回るなど代替ルートの選択をすれば輸送日数が伸び、目的地到着まで時間を要することが避けられない。運航する距離が伸びれば当然ながらコストアップにも直結するだけに、日本の海運事業者と荷主の双方にとっても当面、悩ましい日が続きそうだ。
物流でも導入広がる「燃料サーチャージ」
こうした直接的な影響を被っている海運業界以外の物流事業者にとっても、中東情勢の動向は決して見逃せない。物流業界も他の製造業などと同じく、中小零細企業が大多数を占めており、トラックなどに用いる軽油が値上がりすれば即経営に影響してくるためだ。
政府が燃料の価格高騰対策として、石油元売りへの補助金支給を再開したため、中東情勢が一気に緊迫化した直後の2月下旬から3月ほどの高い水準ではなくなったが、資源エネルギー庁のまとめによれば、4月27日時点の軽油の店頭価格は全国平均で1リットル当たり159・0円と、前年に比べればおおむね高い状況は変わっていない。運送事業者からは「自社のインタンク(敷地内に設けている自家使用のための燃料タンク)への調達分が制限されてしまい、なかなか必要な分を確保できない」といった悩みの声が相次ぐ。
帝国データバンクが3月18日に公表した試算によれば、トラックやバスなどの運輸業は燃料費が25年から1割上昇した場合、年間の支出は平均470・4万円増え、営業利益が平均で約28%減少し、約1割の運輸業者が新たに赤字へ転落すると見積もっている。さらに、燃料費の上昇幅が3割に拡大すれば、年間支出は約1400万円膨らみ、営業利益は約8割減と大きく落ち込むため、新たに赤字となる運輸事業者は約25%まで増えると予想している。4社に1社が赤字となる計算だ。燃料費の高騰が長期化すれば事業継続の断念に追い込まれる事業者が相次ぎかねない。
政府はトラックドライバーの長時間労働規制を強化した「物流2024年問題」やドライバー不足の問題への対策の一環として、運賃に加えて燃料費の上昇分に応じた料金を顧客から徴収する「燃料サーチャージ」の普及を促している。ただ、航空業界では広く定着しているのに対し、物流業界はこれまではどうしても荷主の立場が強く、運賃交渉の際にトラック運送事業者の側から燃料サーチャージの設定を言い出しにくい場面が多かった。
しかし、政府は運送事業者からコスト上昇分を運賃・料金に転嫁する要請があった場合に理由なく応じないのは独占禁止法に抵触する可能性があると指摘するなど、消極的な荷主を強くけん制している。今年3月27日には国交相と中小企業庁長官、公正取引委員会委員長が連名で、各種経済団体とトラック運送会社の業界団体・全日本トラック協会に対し、軽油など燃料の価格が高騰した際は、荷主や元請けのトラック運送事業者が運賃への価格転嫁の対応を進めるよう書面で要請した。
宅配大手のヤマト運輸も4月30日の26年3月期決算会見で、法人向けのサービスで燃料サーチャージを採用することを検討する意向を表明するなど、燃料費の上昇が沈静化するめどが立たない中、潮目は変わってきており、今後は燃料サーチャージを導入しようとする動きが広がりそうだ。
他にも、中東情勢の緊迫化は物流業界に波紋を広げている。その1つが梱包などの資材の価格上昇だ。特に、輸送・保管中に段ボールなどに入っている荷物に巻き付けて固定し、荷崩れを防いだり雨や汚れから守ったりする梱包用のポリエチレン製のストレッチフィルムの調達に懸念が広がっている。
最近は輸送現場の人手不足を受け、荷物を載せてフォークリフトで取り扱えるため積み降ろし作業が迅速になる専用の平台「パレット」の注目度が高まっている。パレットで輸送する際は頻繁にストレッチフィルムが使われており、物流現場には欠かすことのできない資材だ。
しかし、ポリエチレンの原料となるナフサが不足していることなどから、中東情勢の緊迫化の後、メーカーは相次ぎ値上げを発表。従来比で3割以上アップする例も目立った。大量の買い占めに対抗するため、EC事業者などの一部では出荷制限に踏み切る動きも出ている。さらに、ポリプロピレンが原材料で荷物の固定などに用いるバンドやテープも同じく在庫不足の懸念が高まっている。
倉庫事業者の業界団体、日本倉庫協会が会員企業にアンケートを実施したところ、回答社の約7割が中東情勢緊迫化の影響を受けていると認めており、燃料費の上昇に加え、ストレッチフィルムの不足を危惧する声が多く出たという。同協会は今後、政府・与党に対応を働き掛けていく構えだ。同協会が特定の資材に関して対応を求めるのは異例で、物流業界の懸念が強いことを物語っている。
このほか、プラスチック製パレット自体も、中東情勢緊迫化に起因する混乱が長引けば、物流現場への新規供給に支障が出かねない。あるパレットメーカーの幹部は「現状はパレット原材料の在庫をかなり厚めに確保しているが、どこまで通常通りの生産が続けられるかは何とも言えない」と表情を曇らせる。
5月以降、早期にホルムズ海峡の事実上の封鎖が解かれたとしても、滞留していたタンカーなどの船舶が日本に到着するには順調に行っても3週間程度は要する見通しだ。そのため、石油由来製品の流通の混乱が収まるのにも時間を要する。物流現場では代替製品の確保や使用量の適正化など、窮状を乗り切るための模索がしばらく続かざるを得ない。
輸送距離削減など効率化対応が必須に
政府は4月1日、荷主企業に物流効率化の取り組みを義務付ける規制強化を柱とした改正物流効率化法(新物効法)を全面的に施行した。物流業界では物流センターでトラックが荷積みや荷降ろしを長時間待たされたり、ドライバーが運転以外に荷物の仕分けなどの荷役も負担させられたりすることが常態化していて、物流現場の負荷が増す元凶となっていた。そのため、改正物効法は一定規模以上の荷主に対し、荷待ちや荷役の時間短縮とトラックの積載効率改善のための具体的な計画を策定、政府に報告することなどを義務付けた。さらに、28年度には改正貨物自動車運送事業法(トラック新法)に基づき、政府が燃料費や人件費を考慮して算定する「適正原価」を下回る水準でトラック運送事業者が仕事を受注することを禁じる制度が本格的にスタートする見通しだ。
もともと法規制強化の影響で、今後は運賃や物流サービスの代金の上昇が見込まれる素地ができていた。そこに今回の中東情勢緊迫化によるコストアップの動きが加わったことで、荷主は物流の効率化により真剣に取り組まざるを得なくなる。具体的には、商品をトラックで輸配送する際のルートを効率化して走行距離を短縮したり、1回の配送当たりの荷物量を増やすと同時に頻度を減らしたりといった工夫が必要だ。在庫の配置を見直して利用する賃貸物流施設の数を削減することなども候補になる。
既にスタートアップ企業や大手IT企業を中心に、AI(人工知能)を活用した輸配送ルート効率化支援などのサービスが多く展開されている。政府関係者は「そうした技術を生かすことで人材などのリソースや資金がどうしても不足する中堅・中小企業でも物流の効率化を図ることが可能になる」と、各種サービスの利用が広がることに期待を寄せる。効率化を図る上で不可欠な、荷主と物流事業者の連携が進む契機にもなりそうだ。